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第29話 だから戦うのです
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思うところは多々あるが、それでも反対者に周囲を囲まれる中で、懸命に我が子を守ろうとしたことに変わりはない。そうでなければ、ナナもじーじと呼んで懐いたりはしなかっただろう。ただほんの少し不幸だっただけだ。
俺たちと同じように。心の中でひと言だけ呟いてから、カイルはじーじとの会話を継続する。
「ナナが近くに来たようなら教えてくれ。俺たちが説得して一緒に逃げる。ネリュージュの住民には申し訳ないが、俺程度じゃ愛する妻と娘を守るので精一杯だ」
ムードのないプロポーズだったにもかかわらず、受け入れてくれたサレッタ。毒舌を吐きながら、おとーさんと呼んでくれる血の繋がっていないナナ。二人を守るためなら、自分はどうなっても構わないと本気で思った。
「そうしてくれ。お前たちを守るためにブラックドラゴンと対峙したら、ナナは最後の手段を使うかもしれぬ」
「最後の手段?」不安そうな声を出したのはサレッタだ。
「そうだ。ドラゴンは自らの肉体を武器防具に変化することができる。その武器防具に身を包んだ者は最強の力を得る。わずかな時間だけだがな。人間の世界で英雄と呼ばれ、ドラゴンを倒した者は例外なくこの力を手にしている」
「それなら実際にブラックドラゴンと戦わなくとも、そうした形で協力してもらえれば……!」
希望が見えたと声を弾ませるサレッタの前で、じーじは表情を変えずに顔を左右に振った。
「ドラゴンの変化した武器防具が強力なのは、自らの命を与えているからだ。それでも超強力な効果を発揮できるのは三十分程度だろう。それ以降は武器防具から輝きが消え、ドラゴンの命が失われる。武器防具は残り、従来の強力な効果は得られなくなるが、それでも人間の鍛える武器防具に比べれば圧倒的に上だ。今でも人間の王国に宝として保管されていたりするほどだ」
説明を聞き終えたサレッタは、一転して黙ってしまった。
ブラックドラゴンを倒せるかもしれないが、ナナや他のドラゴンの命を犠牲にすると言われれば、お願いしますなどとはとても言えない。カイルもそうだ。
「ブラックドラゴンは強力だ。遥か昔には、別のブラックドラゴンが人間の世界を滅ぼしかけた。その際は、我々レッドドラゴンにまで牙を剥いたため、ドラゴン同士の戦争に発展したらしい。勝つには勝ったが、一体のブラックドラゴンを倒すために、犠牲になったレッドドラゴンは二桁を超える。当時のマスタードラゴンも犠牲になった。危うく絶滅しかけたほどだという話が、今も里に伝えられている。恐るべき外見とともにな」
人間との混血でも里の出身だけに、ナナもブラックドラゴンについては教えられていたのだろう。だからこそ、それらしい姿を見つけるなり大変だと、カイルやサレッタと別れてまで追い出された里へ助力を求めに行った。
「私は里を守る役目がある。それに私が手を貸したところで、ブラックドラゴンには敵わぬ。仮にナナのためを思い、武器防具となりお前に力を貸したとしても、倒したあとが問題になる。混血のナナが生き残り、マスタードラゴンたる私が犠牲になったと知れば、里のドラゴンが人間に牙を剥くかもしれぬ。それでは解決するどころか、脅威の対象が変わるだけだ」
仮に里の同意が得られたとしても、一度は絶滅危機にまで追いやられたブラックドラゴンと不必要に戦うのは避けたいとじーじは付け加えた。
人間との共闘を提案したいところだが、生憎とカイルにそんな権限はない。国に申し出たとしても、一冒険者の戯言と片付けられかねない。さらにいえば、強大なドラゴン側にとって、人間と組むのにあまりメリットを感じないという問題もある。
「他の人間には悪いが、やっぱりナナとサレッタを連れて逃げるしかなさそうだ」
「それがいい。ブラックドラゴンの位置などについては、私が教えてやろう。そうすれば、上手く逃げられるはずだ。そうして時間を稼げ。もし奴が我等の里へ牙を剥くのなら、その時は全力でやり合わなければならない。お前たちはナナを連れ、その時に我等が勝つのを祈っていろ。その前に寿命が尽きるかもしれんがな」
ドラゴンの血を引いてはいても、ナナは人間に近い。そのため、年の取り方は人間と変わらないらしかった。
「なかなか気難しそうに見えて、根は素直で優しいドラ――いや、どらごんだったな。ともかく、ナナをよろしく――」
そこまで言ったところで、突然にじーじの動きが硬直した。直後にネリュージュの町から衝撃音が発生する。
「な、何だ!? ネリュージュで何が起こってるんだ!」
「……ナナ? まさか、ブラックドラゴンの気配に隠れる形になって、気付けなかったのか!?」
驚愕するじーじには悪いが、今は原因が何かを悠長に考えている場合ではなかった。
「どういうことだ! ナナがブラックドラゴンのとこにいるってのかよ!」
答えを聞く前に、カイルは駆け出していた。サレッタも追ってくる。じーじは動かない。辛そうに唇を噛んでいるだけだ。
何かを考えるより先に両足を動かす。恐怖よりも不安が大きい。何故なら、じーじはナナがブラックドラゴンに勝てないと断言していた。
「ナナっ!」
おもいきり叫ぶ。ネリュージュの町の中央。大きな広場には、ブラックドラゴンと対峙する小さな少女がいた。
着ぐるみ姿で仁王立ちし、真っ直ぐに目の前のブラックドラゴンを睨みつける。
すでに一度炎をぶつけあったのか、カイルが逃げ出した頃よりも周囲の炎の勢いが増している。
「おとーさんも、おかーさんも、こっちに来てはいけないのです。町の外で少しだけ待っているのです。悪いドラゴンは、誇り高きどらごんのナナが退治してやるのです!」
「人間の娘が身の程を考えぬ、くだらない遊びをしているだけかと思ったが、どうやら違うようだな。ククク。それにしても、我を退治するだと? 面白いぞ。ナナとか言ったな。できるなら、やってみるがいい」
言い終わるなり、ブラックドラゴンは漆黒の炎を吐くために口を開く。
ナナも負けじと口を開き、ほぼ同じタイミングで炎を吐き出した。見るからに不気味な真っ黒い炎と、見慣れたナナの業火がぶつかり合う。
互いの炎が相手のを押し返そうとする。負けたら自分のも含めて、二つ分の炎を浴びてしまう。ナナの頬に緊張の汗がひと筋流れた。
一方のブラックドラゴンは余裕そのもの。緊張感溢れる戦闘を行っているはずなのに、火を吐きながらでも鼻歌を歌いかねないほどだ。
どんどんナナは苦しそうになっていくのに、ブラックドラゴンは変わらない。それどころか、吐く息の量が増えたような気がした。
逆流するように押し寄せる炎を前に、ナナは身動きが取れないでいる。このままでは危ない。
その場にサレッタを残し、危険を顧みずにカイルは走った。着ぐるみ姿のどらごんに突進し、黒い炎が飲み込む前にダイブしてナナを身体ごと強制的に移動させる。
一瞬でもナナを助けるのを迷ったり、躊躇していればカイルも一緒に消し炭になっていた。そういうタイミングだった。
「おとーさん、危ないのです!」
「それはこっちの台詞だ。逃げるぞ、ナナ。まともに戦って、勝てる相手じゃないだろう!」
両肩を掴んで強い口調で言うも、ナナは承諾してくれなかった。
「逃げても無駄なのです。ブラックドラゴンは凶悪なのです」
「わかってるよ。それでも逃げるんだ。他の人間には申し訳ないが、俺はナナとサレッタがいればいい!」
泣き叫ぶような情けない顔になるのも構わず、懇願するようにカイルは自分の想いをすべてぶつけた。
「おとーさん……ナナ、とっても嬉しいのです。でも、だから戦うのです」
「どうして!?」
「ナナ、おとーさんやおかーさんと一緒に、人間の町で暮らしてみたいのです。美味しいご飯を食べたり、たくさん遊んだりするのです。そして、たまにはじーじに会いに行くのです。えへへ。今からとても楽しみなのです」
「ナナ……!」
こんな時まで笑顔を浮かべるナナを見て、カイルの両目から涙がこぼれた。
ナナがおとーさんと呼んでくれるのなら、その想いに応えたい。立ち上がったカイルは、ナナの前に進み出てロングソードを抜いた。
「何の真似だ、人間。自害をしたいのなら、自らの首を斬り落とせばよかろう」
「自害? 冗談だろ。殺す相手はお前だよ、ブラックドラゴン。娘だけを戦わせてたまるかよ」
「おとーさん、駄目なのです! 危険なのです!」
「知ってるわよ」駆け寄ってきたサレッタが笑う。「だから戦うの。ナナちゃんと――娘と一緒にね」
「おかーさんまで」
瞳に浮かんだ涙を、立ち上がったナナが着ぐるみの袖でぐしぐしと拭った。
「二人とも大バカなのです! でも……ありがとうなのです」
「クク。人間が二人増えたところで、我に勝てると思ったのか。ずいぶんとおめでたい脳みそを持っているようだな」
高笑いするブラックドラゴンに、ナナは勢いよく人差し指を向ける。
「大好きなおとーさんとおかーさんを笑うのは許さないのです! どらごんの誇りにかけて、ナナが倒してやるのです!」
かぱっと開いた口から火を吐いたまま、その場をグルグルと回転し始める。盗賊を倒した時に見せた炎の壁を作るつもりなのだろう。
瞬く間に作られていく炎の壁を、ブラックドラゴンが面白そうに眺める。勝利を確信しているからこその余裕ぶりだった。
防御と攻撃を兼ね備えた炎の壁が完成し、早速ナナが内部から大きな火の玉を発射する。大砲でも放たれたような豪音が、ネリュージュの町に響く。
「この程度の攻撃が我に通じると本気で思っているのか? 本当に笑わせてくれる」
通常の炎よりも単純な破壊力を増していると思われる火の玉が、盾のように広げられたブラックドラゴンの片翼であっさり防がれる。
爆音とともに発生した衝撃の強さとは裏腹に、敵の翼ひとつ押し込めない。繰り返しナナが火の玉を放っても、結果は変わらなかった。
「気は済んだか? 炎の力からしてただの人間ではないようだが、我と戦うには力不足であったな」
ニヤリとしたブラックドラゴンが、巨大な尾を水平に振るう。盾の役目を果たしている炎の壁をあっさり粉砕し、狙ったように中にいたナナだけを吹き飛ばす。
空高く登ろうとしていた炎の壁が掻き消え、ブラックドラゴンの尻尾による攻撃をまともに食らったナナが地面を転がる。
「うあ、あ……ぎ、い、痛い……の、です……」
ドラゴンとの混血で火を吐く能力はあっても、肉体の強度は人間とさほど変わらない。着ぐるみしか着用していないナナにとって、ブラックドラゴンの一撃はあまりにキツすぎる。
「我に勝てぬのはわかったであろう。泣いて謝ってみるか? 許してはやらぬがな」
「うるさい、のです……ナナは、まだ……負けて、いない……のです……」
痛みを堪え、震える両足で懸命にナナが立ち上がる。ふらふらで、すでに勝敗は決してるも同然だった。
俺たちと同じように。心の中でひと言だけ呟いてから、カイルはじーじとの会話を継続する。
「ナナが近くに来たようなら教えてくれ。俺たちが説得して一緒に逃げる。ネリュージュの住民には申し訳ないが、俺程度じゃ愛する妻と娘を守るので精一杯だ」
ムードのないプロポーズだったにもかかわらず、受け入れてくれたサレッタ。毒舌を吐きながら、おとーさんと呼んでくれる血の繋がっていないナナ。二人を守るためなら、自分はどうなっても構わないと本気で思った。
「そうしてくれ。お前たちを守るためにブラックドラゴンと対峙したら、ナナは最後の手段を使うかもしれぬ」
「最後の手段?」不安そうな声を出したのはサレッタだ。
「そうだ。ドラゴンは自らの肉体を武器防具に変化することができる。その武器防具に身を包んだ者は最強の力を得る。わずかな時間だけだがな。人間の世界で英雄と呼ばれ、ドラゴンを倒した者は例外なくこの力を手にしている」
「それなら実際にブラックドラゴンと戦わなくとも、そうした形で協力してもらえれば……!」
希望が見えたと声を弾ませるサレッタの前で、じーじは表情を変えずに顔を左右に振った。
「ドラゴンの変化した武器防具が強力なのは、自らの命を与えているからだ。それでも超強力な効果を発揮できるのは三十分程度だろう。それ以降は武器防具から輝きが消え、ドラゴンの命が失われる。武器防具は残り、従来の強力な効果は得られなくなるが、それでも人間の鍛える武器防具に比べれば圧倒的に上だ。今でも人間の王国に宝として保管されていたりするほどだ」
説明を聞き終えたサレッタは、一転して黙ってしまった。
ブラックドラゴンを倒せるかもしれないが、ナナや他のドラゴンの命を犠牲にすると言われれば、お願いしますなどとはとても言えない。カイルもそうだ。
「ブラックドラゴンは強力だ。遥か昔には、別のブラックドラゴンが人間の世界を滅ぼしかけた。その際は、我々レッドドラゴンにまで牙を剥いたため、ドラゴン同士の戦争に発展したらしい。勝つには勝ったが、一体のブラックドラゴンを倒すために、犠牲になったレッドドラゴンは二桁を超える。当時のマスタードラゴンも犠牲になった。危うく絶滅しかけたほどだという話が、今も里に伝えられている。恐るべき外見とともにな」
人間との混血でも里の出身だけに、ナナもブラックドラゴンについては教えられていたのだろう。だからこそ、それらしい姿を見つけるなり大変だと、カイルやサレッタと別れてまで追い出された里へ助力を求めに行った。
「私は里を守る役目がある。それに私が手を貸したところで、ブラックドラゴンには敵わぬ。仮にナナのためを思い、武器防具となりお前に力を貸したとしても、倒したあとが問題になる。混血のナナが生き残り、マスタードラゴンたる私が犠牲になったと知れば、里のドラゴンが人間に牙を剥くかもしれぬ。それでは解決するどころか、脅威の対象が変わるだけだ」
仮に里の同意が得られたとしても、一度は絶滅危機にまで追いやられたブラックドラゴンと不必要に戦うのは避けたいとじーじは付け加えた。
人間との共闘を提案したいところだが、生憎とカイルにそんな権限はない。国に申し出たとしても、一冒険者の戯言と片付けられかねない。さらにいえば、強大なドラゴン側にとって、人間と組むのにあまりメリットを感じないという問題もある。
「他の人間には悪いが、やっぱりナナとサレッタを連れて逃げるしかなさそうだ」
「それがいい。ブラックドラゴンの位置などについては、私が教えてやろう。そうすれば、上手く逃げられるはずだ。そうして時間を稼げ。もし奴が我等の里へ牙を剥くのなら、その時は全力でやり合わなければならない。お前たちはナナを連れ、その時に我等が勝つのを祈っていろ。その前に寿命が尽きるかもしれんがな」
ドラゴンの血を引いてはいても、ナナは人間に近い。そのため、年の取り方は人間と変わらないらしかった。
「なかなか気難しそうに見えて、根は素直で優しいドラ――いや、どらごんだったな。ともかく、ナナをよろしく――」
そこまで言ったところで、突然にじーじの動きが硬直した。直後にネリュージュの町から衝撃音が発生する。
「な、何だ!? ネリュージュで何が起こってるんだ!」
「……ナナ? まさか、ブラックドラゴンの気配に隠れる形になって、気付けなかったのか!?」
驚愕するじーじには悪いが、今は原因が何かを悠長に考えている場合ではなかった。
「どういうことだ! ナナがブラックドラゴンのとこにいるってのかよ!」
答えを聞く前に、カイルは駆け出していた。サレッタも追ってくる。じーじは動かない。辛そうに唇を噛んでいるだけだ。
何かを考えるより先に両足を動かす。恐怖よりも不安が大きい。何故なら、じーじはナナがブラックドラゴンに勝てないと断言していた。
「ナナっ!」
おもいきり叫ぶ。ネリュージュの町の中央。大きな広場には、ブラックドラゴンと対峙する小さな少女がいた。
着ぐるみ姿で仁王立ちし、真っ直ぐに目の前のブラックドラゴンを睨みつける。
すでに一度炎をぶつけあったのか、カイルが逃げ出した頃よりも周囲の炎の勢いが増している。
「おとーさんも、おかーさんも、こっちに来てはいけないのです。町の外で少しだけ待っているのです。悪いドラゴンは、誇り高きどらごんのナナが退治してやるのです!」
「人間の娘が身の程を考えぬ、くだらない遊びをしているだけかと思ったが、どうやら違うようだな。ククク。それにしても、我を退治するだと? 面白いぞ。ナナとか言ったな。できるなら、やってみるがいい」
言い終わるなり、ブラックドラゴンは漆黒の炎を吐くために口を開く。
ナナも負けじと口を開き、ほぼ同じタイミングで炎を吐き出した。見るからに不気味な真っ黒い炎と、見慣れたナナの業火がぶつかり合う。
互いの炎が相手のを押し返そうとする。負けたら自分のも含めて、二つ分の炎を浴びてしまう。ナナの頬に緊張の汗がひと筋流れた。
一方のブラックドラゴンは余裕そのもの。緊張感溢れる戦闘を行っているはずなのに、火を吐きながらでも鼻歌を歌いかねないほどだ。
どんどんナナは苦しそうになっていくのに、ブラックドラゴンは変わらない。それどころか、吐く息の量が増えたような気がした。
逆流するように押し寄せる炎を前に、ナナは身動きが取れないでいる。このままでは危ない。
その場にサレッタを残し、危険を顧みずにカイルは走った。着ぐるみ姿のどらごんに突進し、黒い炎が飲み込む前にダイブしてナナを身体ごと強制的に移動させる。
一瞬でもナナを助けるのを迷ったり、躊躇していればカイルも一緒に消し炭になっていた。そういうタイミングだった。
「おとーさん、危ないのです!」
「それはこっちの台詞だ。逃げるぞ、ナナ。まともに戦って、勝てる相手じゃないだろう!」
両肩を掴んで強い口調で言うも、ナナは承諾してくれなかった。
「逃げても無駄なのです。ブラックドラゴンは凶悪なのです」
「わかってるよ。それでも逃げるんだ。他の人間には申し訳ないが、俺はナナとサレッタがいればいい!」
泣き叫ぶような情けない顔になるのも構わず、懇願するようにカイルは自分の想いをすべてぶつけた。
「おとーさん……ナナ、とっても嬉しいのです。でも、だから戦うのです」
「どうして!?」
「ナナ、おとーさんやおかーさんと一緒に、人間の町で暮らしてみたいのです。美味しいご飯を食べたり、たくさん遊んだりするのです。そして、たまにはじーじに会いに行くのです。えへへ。今からとても楽しみなのです」
「ナナ……!」
こんな時まで笑顔を浮かべるナナを見て、カイルの両目から涙がこぼれた。
ナナがおとーさんと呼んでくれるのなら、その想いに応えたい。立ち上がったカイルは、ナナの前に進み出てロングソードを抜いた。
「何の真似だ、人間。自害をしたいのなら、自らの首を斬り落とせばよかろう」
「自害? 冗談だろ。殺す相手はお前だよ、ブラックドラゴン。娘だけを戦わせてたまるかよ」
「おとーさん、駄目なのです! 危険なのです!」
「知ってるわよ」駆け寄ってきたサレッタが笑う。「だから戦うの。ナナちゃんと――娘と一緒にね」
「おかーさんまで」
瞳に浮かんだ涙を、立ち上がったナナが着ぐるみの袖でぐしぐしと拭った。
「二人とも大バカなのです! でも……ありがとうなのです」
「クク。人間が二人増えたところで、我に勝てると思ったのか。ずいぶんとおめでたい脳みそを持っているようだな」
高笑いするブラックドラゴンに、ナナは勢いよく人差し指を向ける。
「大好きなおとーさんとおかーさんを笑うのは許さないのです! どらごんの誇りにかけて、ナナが倒してやるのです!」
かぱっと開いた口から火を吐いたまま、その場をグルグルと回転し始める。盗賊を倒した時に見せた炎の壁を作るつもりなのだろう。
瞬く間に作られていく炎の壁を、ブラックドラゴンが面白そうに眺める。勝利を確信しているからこその余裕ぶりだった。
防御と攻撃を兼ね備えた炎の壁が完成し、早速ナナが内部から大きな火の玉を発射する。大砲でも放たれたような豪音が、ネリュージュの町に響く。
「この程度の攻撃が我に通じると本気で思っているのか? 本当に笑わせてくれる」
通常の炎よりも単純な破壊力を増していると思われる火の玉が、盾のように広げられたブラックドラゴンの片翼であっさり防がれる。
爆音とともに発生した衝撃の強さとは裏腹に、敵の翼ひとつ押し込めない。繰り返しナナが火の玉を放っても、結果は変わらなかった。
「気は済んだか? 炎の力からしてただの人間ではないようだが、我と戦うには力不足であったな」
ニヤリとしたブラックドラゴンが、巨大な尾を水平に振るう。盾の役目を果たしている炎の壁をあっさり粉砕し、狙ったように中にいたナナだけを吹き飛ばす。
空高く登ろうとしていた炎の壁が掻き消え、ブラックドラゴンの尻尾による攻撃をまともに食らったナナが地面を転がる。
「うあ、あ……ぎ、い、痛い……の、です……」
ドラゴンとの混血で火を吐く能力はあっても、肉体の強度は人間とさほど変わらない。着ぐるみしか着用していないナナにとって、ブラックドラゴンの一撃はあまりにキツすぎる。
「我に勝てぬのはわかったであろう。泣いて謝ってみるか? 許してはやらぬがな」
「うるさい、のです……ナナは、まだ……負けて、いない……のです……」
痛みを堪え、震える両足で懸命にナナが立ち上がる。ふらふらで、すでに勝敗は決してるも同然だった。
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