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第24話 初めて、人間の世界に来てよかったと思えたのです!
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日頃から宿屋暮らしなのもあり、食材を保管しておくということをあまりしてこなかったのも影響している。携帯食を購入するのも、依頼で町を離れる場合に限定されていた。
町を拠点にしていれば、携帯食を購入しても使わずに駄目にしたりもする。有名な冒険者チームならともかく、カイルとサレッタは日常的に金欠だったので出費は可能な限り抑えていた。
「仕方ないわよ。明日になるまでの辛抱ね。ナナちゃんは大丈夫?」
「おかーさんと、おとーさんも食べていないのです。朝に食べたハンバーグと水あめの味を思い出して、我慢するのです」
「すまないな。その代わり、新しい町についたら好きなだけ食べていいぞ」
「本当なのです? それならナナは、またハンバーグを二つも倒してやるのです!」
「うふふ。それもいいけど、他のメニューも頼んでみるといいわ。人間の世界には、ハンバーグ以外にも美味しい料理があるのよ」
「なるほどなのです。出会うのが楽しみなのです。初めて、人間の世界に来てよかったと思えたのです!」
焚き火の前ではしゃぐナナに、カイルはそれまではよかったと思っていなかったのかと尋ねてみた。
「偉大などらごんだから仕方ないのですが、人間は皆、チラチラ見るだけでナナを無視したのです。誰も話しかけてはくれなかったのです。寂しかったのです」
寂しかったというのは、偽らざるナナの本音だろう。強まる孤独感に押し潰されそうになった頃、サレッタに声をかけられたに違いない。
実際にナナは、カイルの予想通りの展開を口にしていた。
「おかーさんは強引だったのです。ナナがほっといてほしいのですと言ったのに、無理やり宿へ連れていかれたのです。そこでおとーさんに会ったのです」
「そうだったのか。たまにはサレッタの強引さとお人好しぶりも役に立つんだな」
「よく言うわよ。カイルだって冷静ぶってるくせに、実は人一倍義理人情に厚い熱血君だったりするじゃない。なんやかんや文句を言ってたわりには、すぐナナちゃんを受け入れたしね」
「それは……まあ、そうだな。否定できないところはあるな。きっと、ナナがひとりぼっちだというところに反応しちまったんだろうな」
両親はいたが、期待されるのは働き手の役割のみ。幼い頃から農作業のことだけを教えられ、一緒に遊んでもらった経験はない。可愛がってすらもらえなかった。
故郷の村ではそれが当たり前だった。周りを見渡しても子供たちに笑顔はなかった。満足に食事も与えられず、成長する前に生涯を終える。そんな子供が大半だった中、厳しい環境をカイルが生き抜けたのはサレッタのおかげだった。
たった数秒でも誰かと会話できる時間は貴重で、何よりの癒しになってくれた。もしひとりぼっちだったなら、カイルも現在の年齢になる前に死んでいた。当時の状況を思い出すたび、あの村へは戻りたくないと強く恐怖する。
逃げるように村を飛び出したので、自分の家族を含めて、村がどうなったのかはわからない。サレッタも知らない。知ろうともしない。
「まあ、俺の性格はどうでもいいだろ」
「どうでもよくないわよ。子供は親の背中を見て育つんだから。ナナちゃんには、少しでもいい背中を見せてあげたいでしょ」
サレッタが言うと、ナナはにっこりと笑った。
「大丈夫なのです。おかーさんとおとーさんの背中は大好きなのです。頭の上も好きなのです」
「はは。それなら、あとでまたどらごんないとになるか」
「おとーさんがなりたそうなので、特別に許可してあげるのです」
焚き火を囲んで、皆で笑い合う。サレッタと二人だけの時も笑顔はあったが、今ほどではなかったように思える。ナナがひとり増えただけで、より雰囲気が明るくなった。不思議だが、嫌な感じはしない。
「最初は人間の町なんて嫌だったのです。でも、今は幸せなのです。ナナは、おかーさんやおとーさんと出会えて、本当に幸せなのです」
「私もよ」サレッタが言った。
「だとしたら、もっと嬉しくて幸せなのです。これからも、ずっと家族なのです!」
「そうだな。俺たちはずっと家族だ」
すんなりと出てきたキザな台詞にも、サレッタやナナはドン引きせずに笑顔で頷いてくれる。
会話もろくにない家庭環境で育ってきたカイルだけに、心の中で密かに憧れ続けた家族の形が目の前にあった。もしかしたら、サレッタも同じように思っているかもしれない。ドラゴンの里で虐められてきたというナナも。
「さて、空腹を誤魔化すためにも寝るか」
焚き火を消し、三人でテントの中に戻る。ナナを挟むように川の字になって眠る。昨夜に同じポジションを経験しているので、緊張も何もなくゆっくりと睡眠をとる。確証はないが、カイルはなんだか良い夢が見られるような気がしていた。
※
朝になり、テントを片づけて先を目指す。やはり追手はこない。
「このままだと楽なのにね」サレッタが言った。
カイルも同感だったので、無言で頷く。しかし執念深そうなエルローが自業自得とはいえ、自分の屋敷を燃やしたカイルたちを簡単に見逃すとは思えない。本気で、地の果てまで執拗に追いかけてきそうだった。
「心配しすぎても仕方ないか……って、ナナ? どうした。そんなに空を見て」
ふと気づけばナナが立ち止まり、じっと空を見上げていた。雲ひとつない青空が珍しいのかと思ったが、いつになく真剣な顔つきをしている。
改めてどうしたのか聞き、カイルも空を見る。隣ではサレッタも同様の姿勢をとっていた。
「あれ? なんだか空に黒い点が浮いてない?」
サレッタが指差した方を見る。カイルの目に映る青空にも、小さな黒い点が確かに存在した。
「あるな。一体、何なんだ」
小さな声で呟いた疑問に答えをくれたのは、自らをどらごんと呼称するナナだった。
「あれは……ブラックドラゴンなのです。どうしてこんなところにいるのです……?」
「ブラックドラゴン?」
恐れを抱くような呟きを発したナナの横顔を、カイルが見る。
いつも元気だったナナの顔面は青ざめており、毒舌連発が当たり前の生意気さもない。汗で前髪が額に張りつき、着ぐるみのどらごんの顔も恐怖で歪んでいるように見える。
「お、おい、ナナ……?」
「こ、こうしていてはいけないのです。おかーさん、おとーさん。ここでナナはお別れなのです」
「え!? どうしちゃったの、ナナちゃん」サレッタが驚きの声を上げた。
「あれはブラックドラゴンなのです。大変なのです。急いで戻るのです」
そう言うと、ナナはズボっと着ぐるみの中に手を突っ込んだ。内部に隠しポケットでもあったのか、そこから小さなワッペンみたいなものを取り出す。
事情を説明してほしかったが、カイルやサレッタに申し訳なさそうな顔を見せるだけで、ナナは取り出したばかりのアイテムを高々と掲げた。
直後にナナの全身がまばゆい光に包まれた。どんどんと眩しさを増し、目を開けていられなくなる。
ようやく光の勢いが弱まり、再び目を開けられるようになった頃には、もうナナの姿はどこにもなかった。
「ナナちゃん!? どこに行っちゃったの!?」
取り乱すサレッタ。ひとしきり周囲を探したあと、おもいきりカイルの肩を両手で掴む。
「ナナちゃんがいないよ! カイル、どうしよう!」
「落ち着け。ナナが言ってただろ、ここでお別れだって。多分だが、あのアイテムは使用者を転移させられるんだろ」
「転移って、どこへ!?」
「確証はないが、ナナの戻るという発言から考慮すれば、ドラゴンの里とやらだと思う」
カイルの推測がすべて当たっているとして、何故にいきなり去らなければならなかったのか。大きな原因は、はっきりしている。ブラックドラゴンとナナが呼んだ空にある黒い点だ。
「そういや、あの黒い点は……って、嘘だろ……」
空を見上げたカイルは、自分の声が擦れそうになっているのを聞いた。
視線の先、大きくなった黒い点が徐々に生物の形に変化しつつあったせいだ。
黒い点が形状を変えたわけではない。遥か大空の彼方にいた何者かが、人間の暮らす大地に近づきつつあるのだ。
「まさか……本当に、ドラゴン……なの?」
サレッタも驚愕の声を出す。信じられないものを見たとばかりに、声だけでなくカイルの肩を掴んでいる両手も震わせる。
「どらごんじゃなくて、ドラゴンだな。まさか実在してたとは……」
よく見えるというわけではないが、黒い点と思われたものの正体は判明した。大きな翼を広げ、青空を汚すように漆黒の巨体を披露し続けるのは、まさしくドラゴンだった。
「ブラックドラゴンか。奴は一体何をするつもりなんだ」
「待って、カイル。あのドラゴン、こっちに来るわ!」
「チッ!」
無駄かもしれないが、敵の目を誤魔化すために近くの茂みに身を隠す。ドラゴンなだけに狙いはナナで、一緒に行動していたカイルたちをターゲットにしている可能性も考えたからだ。
しかしブラックドラゴンは途中で方向を変える。最初からカイルたちなど目に入っていなかったとばかりに。
「あっちにはネリュージュがある。まさか、奴は人間の町を狙ってるのか!?」
考えられない事態ではない。この世界にある数々の伝承に、ドラゴンはもっとも多く登場する存在だ。時には善であり、時には悪の象徴として。
英雄を手助けしてくれる善のドラゴンであれば何の問題もない。しかし悪だった場合は大問題になる。伝承の中の悪いドラゴンは、大半が人間を根絶やしにしようとするからだ。
母なる大地を汚す愚かな人間を許せない。
本来はドラゴンが支配すべき世界で、我が物顔に振舞っているのが不愉快。
伝承があるだけ、ドラゴンが人間を滅ぼそうとする理由もあるが、すべては御伽噺みたいなものだとばかり思っていた。
カイルの読解力や想像力が足りないわけではない。この世界で生きる人間の中で、常にドラゴンに襲われる心配をして暮らす者など誰もいないのだから。
町を拠点にしていれば、携帯食を購入しても使わずに駄目にしたりもする。有名な冒険者チームならともかく、カイルとサレッタは日常的に金欠だったので出費は可能な限り抑えていた。
「仕方ないわよ。明日になるまでの辛抱ね。ナナちゃんは大丈夫?」
「おかーさんと、おとーさんも食べていないのです。朝に食べたハンバーグと水あめの味を思い出して、我慢するのです」
「すまないな。その代わり、新しい町についたら好きなだけ食べていいぞ」
「本当なのです? それならナナは、またハンバーグを二つも倒してやるのです!」
「うふふ。それもいいけど、他のメニューも頼んでみるといいわ。人間の世界には、ハンバーグ以外にも美味しい料理があるのよ」
「なるほどなのです。出会うのが楽しみなのです。初めて、人間の世界に来てよかったと思えたのです!」
焚き火の前ではしゃぐナナに、カイルはそれまではよかったと思っていなかったのかと尋ねてみた。
「偉大などらごんだから仕方ないのですが、人間は皆、チラチラ見るだけでナナを無視したのです。誰も話しかけてはくれなかったのです。寂しかったのです」
寂しかったというのは、偽らざるナナの本音だろう。強まる孤独感に押し潰されそうになった頃、サレッタに声をかけられたに違いない。
実際にナナは、カイルの予想通りの展開を口にしていた。
「おかーさんは強引だったのです。ナナがほっといてほしいのですと言ったのに、無理やり宿へ連れていかれたのです。そこでおとーさんに会ったのです」
「そうだったのか。たまにはサレッタの強引さとお人好しぶりも役に立つんだな」
「よく言うわよ。カイルだって冷静ぶってるくせに、実は人一倍義理人情に厚い熱血君だったりするじゃない。なんやかんや文句を言ってたわりには、すぐナナちゃんを受け入れたしね」
「それは……まあ、そうだな。否定できないところはあるな。きっと、ナナがひとりぼっちだというところに反応しちまったんだろうな」
両親はいたが、期待されるのは働き手の役割のみ。幼い頃から農作業のことだけを教えられ、一緒に遊んでもらった経験はない。可愛がってすらもらえなかった。
故郷の村ではそれが当たり前だった。周りを見渡しても子供たちに笑顔はなかった。満足に食事も与えられず、成長する前に生涯を終える。そんな子供が大半だった中、厳しい環境をカイルが生き抜けたのはサレッタのおかげだった。
たった数秒でも誰かと会話できる時間は貴重で、何よりの癒しになってくれた。もしひとりぼっちだったなら、カイルも現在の年齢になる前に死んでいた。当時の状況を思い出すたび、あの村へは戻りたくないと強く恐怖する。
逃げるように村を飛び出したので、自分の家族を含めて、村がどうなったのかはわからない。サレッタも知らない。知ろうともしない。
「まあ、俺の性格はどうでもいいだろ」
「どうでもよくないわよ。子供は親の背中を見て育つんだから。ナナちゃんには、少しでもいい背中を見せてあげたいでしょ」
サレッタが言うと、ナナはにっこりと笑った。
「大丈夫なのです。おかーさんとおとーさんの背中は大好きなのです。頭の上も好きなのです」
「はは。それなら、あとでまたどらごんないとになるか」
「おとーさんがなりたそうなので、特別に許可してあげるのです」
焚き火を囲んで、皆で笑い合う。サレッタと二人だけの時も笑顔はあったが、今ほどではなかったように思える。ナナがひとり増えただけで、より雰囲気が明るくなった。不思議だが、嫌な感じはしない。
「最初は人間の町なんて嫌だったのです。でも、今は幸せなのです。ナナは、おかーさんやおとーさんと出会えて、本当に幸せなのです」
「私もよ」サレッタが言った。
「だとしたら、もっと嬉しくて幸せなのです。これからも、ずっと家族なのです!」
「そうだな。俺たちはずっと家族だ」
すんなりと出てきたキザな台詞にも、サレッタやナナはドン引きせずに笑顔で頷いてくれる。
会話もろくにない家庭環境で育ってきたカイルだけに、心の中で密かに憧れ続けた家族の形が目の前にあった。もしかしたら、サレッタも同じように思っているかもしれない。ドラゴンの里で虐められてきたというナナも。
「さて、空腹を誤魔化すためにも寝るか」
焚き火を消し、三人でテントの中に戻る。ナナを挟むように川の字になって眠る。昨夜に同じポジションを経験しているので、緊張も何もなくゆっくりと睡眠をとる。確証はないが、カイルはなんだか良い夢が見られるような気がしていた。
※
朝になり、テントを片づけて先を目指す。やはり追手はこない。
「このままだと楽なのにね」サレッタが言った。
カイルも同感だったので、無言で頷く。しかし執念深そうなエルローが自業自得とはいえ、自分の屋敷を燃やしたカイルたちを簡単に見逃すとは思えない。本気で、地の果てまで執拗に追いかけてきそうだった。
「心配しすぎても仕方ないか……って、ナナ? どうした。そんなに空を見て」
ふと気づけばナナが立ち止まり、じっと空を見上げていた。雲ひとつない青空が珍しいのかと思ったが、いつになく真剣な顔つきをしている。
改めてどうしたのか聞き、カイルも空を見る。隣ではサレッタも同様の姿勢をとっていた。
「あれ? なんだか空に黒い点が浮いてない?」
サレッタが指差した方を見る。カイルの目に映る青空にも、小さな黒い点が確かに存在した。
「あるな。一体、何なんだ」
小さな声で呟いた疑問に答えをくれたのは、自らをどらごんと呼称するナナだった。
「あれは……ブラックドラゴンなのです。どうしてこんなところにいるのです……?」
「ブラックドラゴン?」
恐れを抱くような呟きを発したナナの横顔を、カイルが見る。
いつも元気だったナナの顔面は青ざめており、毒舌連発が当たり前の生意気さもない。汗で前髪が額に張りつき、着ぐるみのどらごんの顔も恐怖で歪んでいるように見える。
「お、おい、ナナ……?」
「こ、こうしていてはいけないのです。おかーさん、おとーさん。ここでナナはお別れなのです」
「え!? どうしちゃったの、ナナちゃん」サレッタが驚きの声を上げた。
「あれはブラックドラゴンなのです。大変なのです。急いで戻るのです」
そう言うと、ナナはズボっと着ぐるみの中に手を突っ込んだ。内部に隠しポケットでもあったのか、そこから小さなワッペンみたいなものを取り出す。
事情を説明してほしかったが、カイルやサレッタに申し訳なさそうな顔を見せるだけで、ナナは取り出したばかりのアイテムを高々と掲げた。
直後にナナの全身がまばゆい光に包まれた。どんどんと眩しさを増し、目を開けていられなくなる。
ようやく光の勢いが弱まり、再び目を開けられるようになった頃には、もうナナの姿はどこにもなかった。
「ナナちゃん!? どこに行っちゃったの!?」
取り乱すサレッタ。ひとしきり周囲を探したあと、おもいきりカイルの肩を両手で掴む。
「ナナちゃんがいないよ! カイル、どうしよう!」
「落ち着け。ナナが言ってただろ、ここでお別れだって。多分だが、あのアイテムは使用者を転移させられるんだろ」
「転移って、どこへ!?」
「確証はないが、ナナの戻るという発言から考慮すれば、ドラゴンの里とやらだと思う」
カイルの推測がすべて当たっているとして、何故にいきなり去らなければならなかったのか。大きな原因は、はっきりしている。ブラックドラゴンとナナが呼んだ空にある黒い点だ。
「そういや、あの黒い点は……って、嘘だろ……」
空を見上げたカイルは、自分の声が擦れそうになっているのを聞いた。
視線の先、大きくなった黒い点が徐々に生物の形に変化しつつあったせいだ。
黒い点が形状を変えたわけではない。遥か大空の彼方にいた何者かが、人間の暮らす大地に近づきつつあるのだ。
「まさか……本当に、ドラゴン……なの?」
サレッタも驚愕の声を出す。信じられないものを見たとばかりに、声だけでなくカイルの肩を掴んでいる両手も震わせる。
「どらごんじゃなくて、ドラゴンだな。まさか実在してたとは……」
よく見えるというわけではないが、黒い点と思われたものの正体は判明した。大きな翼を広げ、青空を汚すように漆黒の巨体を披露し続けるのは、まさしくドラゴンだった。
「ブラックドラゴンか。奴は一体何をするつもりなんだ」
「待って、カイル。あのドラゴン、こっちに来るわ!」
「チッ!」
無駄かもしれないが、敵の目を誤魔化すために近くの茂みに身を隠す。ドラゴンなだけに狙いはナナで、一緒に行動していたカイルたちをターゲットにしている可能性も考えたからだ。
しかしブラックドラゴンは途中で方向を変える。最初からカイルたちなど目に入っていなかったとばかりに。
「あっちにはネリュージュがある。まさか、奴は人間の町を狙ってるのか!?」
考えられない事態ではない。この世界にある数々の伝承に、ドラゴンはもっとも多く登場する存在だ。時には善であり、時には悪の象徴として。
英雄を手助けしてくれる善のドラゴンであれば何の問題もない。しかし悪だった場合は大問題になる。伝承の中の悪いドラゴンは、大半が人間を根絶やしにしようとするからだ。
母なる大地を汚す愚かな人間を許せない。
本来はドラゴンが支配すべき世界で、我が物顔に振舞っているのが不愉快。
伝承があるだけ、ドラゴンが人間を滅ぼそうとする理由もあるが、すべては御伽噺みたいなものだとばかり思っていた。
カイルの読解力や想像力が足りないわけではない。この世界で生きる人間の中で、常にドラゴンに襲われる心配をして暮らす者など誰もいないのだから。
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