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第22話 早く貢物を献上するのです

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 良くない噂を知ってはいても、証拠がなければカイルたちを援護できない。それなりの証拠があっても、衛兵たちは見ないふりをしてエルローに従わなければならない可能性もある。

 話し合いで解決するのは難しいが、逃がしてはもらえないだろうか。そう思って、カイルは交渉のような真似事を続けている。相手側に有利な状況であれば聞いてはもらえないが、形勢がひっくり返りそうな今であれば話も変わる。

「表立って協力してもらう必要はありませんよ。俺は強引に突破するだけです」

「……ネリュージュを脱出できたとしても、エルロー殿の力で周辺のお尋ね者にされてしまうぞ」

「覚悟してますよ。しばらく拠点にはしてましたが、故郷というわけでもないですしね。ほとぼりが冷めるまでは帝国で活動します」

 いかにリシリッチ商会が強大だとしても、帝国でも同様の力を行使できるとは思えない。帝国には帝国の商会があり、王国の商会が乗り込んできたらいい顔をしないだろう。同じ商人なだけに、金でカイルたちを追い詰める依頼をするかもしれないが。

 その時はその時で、とりあえずは今をなんとかしなければならない。

「ナナが盗賊を倒した時のような炎の壁を作った攻撃を行えば、そちらの被害も大きくなります。俺としては衛兵さん方と全面的に争いたくないんですよ」

 カイルが衛兵に攻撃したのはエルローから逃げるためであり、衛兵がカイルを捕らえたがっているのはエルローに要請されたからだ。

「だが、君が本当に犯罪者なのであれば見逃すわけにはいかん」

「では、強引にいかせてもらいます」

 ナナに火を吐かせ、衛兵を威嚇しながら中央突破を図る。大きくロングソードを振り回すカイルを避けるように、取り囲んでいた衛兵が道を開ける。

 すでに包囲網は完全でなくなっている。盾を構え直して体勢を変えれば、カイルのロングソードやサレッタの投げナイフに狙われる。

 全員で一斉に動けば数で劣るカイルたちには勝てるだろうが、衛兵にも少なくない被害が出る。町の有力者であるエルローの命令であろうと、命を捨てるという選択は簡単にできない。

「何をしている! 逃がしたら責任問題だぞ!」

「王国に報告するのか? 国を守るべき兵士は無能の集まりだって」

「ちいいっ! いちいち生意気な小僧だ。わかってるのか! ネリュージュから逃げたところで、お前に安息の地などないのだ。どこまでも追いかけて、私をコケにした罪を償わせてやる!」

「勝手にこっちを悪者にするなよ。元はといえば、お前が俺を気絶させて、サレッタとナナを誘拐したのが騒動の原因だろうが!」

「そんなのは知らんな! 何者かに襲われて、気を失っていたお前たちを自宅へ連れ帰り、治療してやっただけだ!」

「誰がそんな理由を信じるんだよ! 治療したいなら、回復魔法を使える神官がいる神殿へ運べいいだろうが!」

 金銭の支払いが発生するものの、頼めば神官が回復魔法をかけてくれる。一般人でも利用しやすいように価格は低く抑えられている。冒険者をしているカイルたちであれば、払えると判断して神殿へ連れていく。それが一般人の行動だ。

 しかしエルローは迷わず、サレッタとナナを自宅へ運び込んだ。同じく気絶中のカイルは放置したままで。

 声高に非難してやっても、エルローはまったく気にしない。だが、話を聞いていた衛兵は違うようだ。訝しげな視線をエルローへ向け始める。証拠はなくとも、態度でどちらの言い分が正しいのか理解しつつあるみたいだった。

 本来ならここでエルローが捕縛される側へ回るのだが、金とコネで権力を有している男に迫る衛兵は誰もいない。衛兵の隊長格が不機嫌そうにしているのを見ると、エルローの癒着相手はもっと上の人物なのだろう。

「言いたいことがあるなら、おとなしく捕まって裁判で証言すればいいだろう。そうしないのは、お前にやましい気持ちがあるからだ!」

「金で操作された裁判に何の価値があるんだよ。この分じゃ、ネリュージュも長くないな。腐敗して死んじまう!」

「金で仕事をする冒険者のくせに、ずいぶんと青臭いではないか。ひとついいことを教えてやる。この町が腐敗して死んでも、私は平気なのだよ。金で作った黄金の船に乗って逃げるからな。町と一緒に朽ち果てるのは貧乏人だけだ。お前のような連中だよ!」

 周囲には一般人もいる中、大声で叫んだエルローは改めて衛兵たちを見た。

「お前たちはそんな貧乏人になりたいのか。違うだろ? 私に従えば、もしもの場合は一緒に連れて行ってやる。黄金の船でな。はーっはっは!」

 どのような性格だったとしても、エルローが金持ちだという事実は確かだ。正義感に燃える人物ならいざ知らず、衛兵の何人かは目の色を変える。

 エルローに気に入られて、衛兵よりも給料の良さそうな用心棒にでもなりたいのだろうか。

「貧乏人は黙って金持ちの命令に従っていればいいんだ! 何も考える必要はないのだよ!」

 さぞかし冷たい視線を集めるかと思いきや、衛兵以外の野次馬は拍手すらしそうな雰囲気を漂わせている。

 考えてみれば、ここは金持ちが集まる居住区。一般人の野次馬だとカイルが思っていた連中は、エルローのお仲間だったのである。

 道理で貧乏人をコケにしても非難せず、そうだとばかりに頷くわけだ。改めて金持ちが嫌いになったカイルは、エルローを無視して脱出に集中しようとする。

 だが、ここで思いもよらない人物が怒りを露わにした。カイルに肩車されているナナだ。

「貧乏人、貧乏人とうるさいのです。どらごんから見れば、同じ人間でしかないのです。そしてナナは、とりあえず茹蛸が嫌いです!」

「また私を茹蛸などと……もう絶対に許さんぞ!」

「その台詞はナナのなのです。食らうのです!」

 そう言うとナナは空を見上げ、高々と火を吐いた。夜空を焼き尽くすように放たれた真っ赤な炎が、まるで一本の柱みたいに伸びていく。

 天空へ届こうとするかのように真上へ伸びていく柱。誰もが何事だと見上げる中、唐突に炎の柱が傘を開くように変化した。

 星々の輝きを奪い取った炎の粒が夜空に広がる。綺麗だと声を上げる者は誰もいない。星のごとく散らばった炎の欠片が、一斉に大地へと降り注いできたからだ。

 慌てた衛兵たちは盾を真上に構えて炎の雨を防ぐ。無差別な広範囲攻撃に思えたが、大地に落下してくる炎の飛礫は器用に一般人を避けていた。

「まさか……雨のようになった炎でも、正確に狙いをつけられるのか?」

 呆然と呟くカイルにも、すぐ後ろにいるサレッタにも、当然のように炎の雨は襲ってこない。執拗に襲い掛かっている相手は衛兵やエルローの手下ばかりだ。とりわけ激しい炎の豪雨にさらされているのは、エルローたちである。

 衛兵たちにも降り注いでいるが、勢いと量がまるで違う。強いと思われる側近たちも、自分の身と雇い主を守るので手一杯だ。

 炎の壁だけでなく、こんな必殺技まで持っていたのか。ナナという不思議少女の実力に、改めて驚愕する。

「ナナちゃん……凄い……」

「ああ。これなら、なんとか逃げられるな」

 ナナは上を向いて炎を吐き続けているが、肩車をしているカイルは正面を見られる。炎の雨の降る位置もコントロールできるなら、巻き添えを食らう心配をしなくて済む。

 一方で被害にあっている衛兵たちは、盾を傘代わりに使いつつも、降り注ぐ炎から目を離すわけにはいかない。風の影響でいきなり横向きになったりしたら、炎の飛礫が全身に直撃してしまう。

 まさかナナが飛礫となった炎までコントロールできると思っていないので、衛兵たちは隊長も含めて混乱しきっている。今なら容易に包囲網を突破できる。

 妨害しようとする者はおらず、ナナを肩車したままで衛兵の横を通り抜ける。

「サレッタ! このまま町を出る。夜だけに魔物が徘徊してるかもしれない。周囲を警戒してくれ」

 盗賊技能を持つサレッタの方が、より広範囲で索敵できる。

「任せて。カイルはナナちゃんをお願いね」

「おう。なんたって、俺はどらごんないとらしいからな」

 普段利用する町の出入口には衛兵が立っているので、民家をすり抜けるようにして町の外に出る。

 ここでナナも火を吐くのをやめる。追手を牽制するために、今の今まで頑張ってくれていたのだ。

「ナナ、お疲れ様。助かった」

「素直にお礼を言えるのはいいことなのです。では、早く貢物を献上するのです」

「貢物?」

 首を捻るカイルの後頭部を、両手でナナが揺さぶる。

「カイルのお願いを聞いたら、くれると言ったのです。さあ、よこすのです!」

 ようやくナナの言いたいことを理解する。水あめが欲しいのだと。

 もちろんと返事をするつもりだったカイルの表情が曇る。水あめが売っているのは町中の屋台通りだ。脱出した現在では買いに戻るのは難しい。

 どうしようか悩んだ末に、カイルはポケットに入っていた物を取り出した。布で包んでいるので、中に何があるのかはナナやサレッタにはわからない。

「む!? これは……瓶っぽいのです。き、期待が高まるのです!」

「まさか、事前に買っておいたの? 凄いじゃない、カイル。ナナちゃん、よかったわね」

 サレッタの言葉に、笑顔で頷くナナ。二人に見えないように、顔色を悪くするカイル。

 やがて布を開いたと思われるナナの手が止まった。様子を目で確認していないのでわからないが、どうやら指が震えているようだ。

 何故なのかは確認しなくともわかる。カイルがナナに手渡した布の中に入っていたのは、水あめの瓶は瓶でも空だったからだ。

「これは一体、何なのです?」

 頭上からカイルに降り注いできたのは厳しい冬山を連想させる、とても冷たい声だった。

「こ、公園に落ちてたぞ。駄目だろ、きちんとゴミ箱に捨てないと。注意しようと思って、持ってきたんだ。これからは気を付けるんだぞ」

「わかったのです。ではカイルの頭に捨てるのです。繰り返し何度も捨てるのです」

「や、やめろ! それは捨てると言わないだろ。殴ろうとしてるだろ! 後頭部は駄目だ。まだ怪我が治ってないんだぞ」

 サレッタとナナが誘拐される際、恐らくはエルローの手の者にカイルは後頭部を攻撃された。その影響で、まだ痛みが残っているのだ。
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