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第17話 二人で内緒話はずるいのです

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 粘つく蜜に絡みつかれながら、せっせと舐め取る。まるで子熊が手のひらについた蜂蜜でも舐めているかのような、平和かつ微笑ましい光景だった。

「焦らなくても大丈夫よ。うふふ。水あめも気に入ってくれたみたいね」

「ふにゅにゅ。甘いのです。里では、こんなに甘いのは食べたことがなかったのです。水あめは正義なのです」

 溶けた頬が地面に落ちていくのではないかと思えるくらい、ナナの表情は蕩けきっていた。甘さの象徴ともいえる水あめの魅力に、すっかりやられてしまったようだ。

「ハンバーグと水あめは、ナナの定番メニューになりそうだな」

「毎日の食事はすべて、ハンバーグと水あめでいいのです。代わりに、カイルには人参をあげるのです。感謝するのです」

「駄目に決まってるだろう」

「あうう。水あめを食べてる時に、ちょっぷはやめてほしいのです」

 口周りを水あめでベトつかせたナナが、涙目でカイルに抗議してくる。

「ははは。悪い、悪い。ナナがあまりにも幸せそうだったからな」

「否定できないのです。ハンバーグと水あめの魔力は、尋常ではないのです」

 恐れ入った? とサレッタが笑顔で問いかければ、負けじとナナも笑顔で降参なのですと返す。

 ふとカイルは思う。自分たちの育った村も、お金さえあればこんなふうに年の近い子供たちと笑い合えていたのかと。

 すべては過去の話であり、過ぎ去った日々は決して戻らない。理解しているからこそ、とても悲しくなる。

「……カイル、どうかしたのです?」

 ひとりで考え事をしていたらしい。気がつけば、ナナが覗き込むようにしてカイルを見上げていた。

「ああ……貧乏は嫌だなって思っただけさ」

「貧乏というのは、お金がないということなのです。それなら心配無用なのです。カイルの代わりに、ナナが稼いであげるのです!」

 胸の位置で握り拳を作るナナに、後ろからサレッタが抱きつく。

「さすがナナちゃん。甲斐性なしのカイルとは大違いね!」

「悪かったな。甲斐性がなくて」

 言いながら、皆で笑う。

「せっかくだし、公園にでも行くか。今日くらいはのんびりしてもいいだろ」

 町の中には広場がある。静かな場所で、散歩に利用する人も多い。

 冒険者として日銭を稼がなければならないカイルは、利用した経験はほとんどなかったが、安直に子供なら公園を喜ぶのではないかと思ったのである。

 郊外にあり、昨夜、カイルたちがテントを張った方とは丁度真逆あたりだ。ネリュージュの町は周囲を草原に囲まれているため、自然も多い。石と木と緑が融合された町としても有名だった。

 中央や屋台通りとは違い、賑やかさはない。その分だけ落ち着ける。草木に興奮したわけではないだろうが、水あめを持ったナナが楽しそうに公園内を駆けまわる。

 転ばないようにね、とサレッタが言った。見つめる姿は、娘を愛する母親そのものだ。ずいぶんと長く一緒にいるが、こんなにも母性本能が強い女性だとは思わなかった。若干の驚きと、奇妙な新鮮さをカイルは覚えた。

「サレッタは子供好きだったんだな? すぐにでも欲しいと思うか?」

 なんとなしに聞いただけだったのだが、瞬間的にサレッタは顔を真っ赤にした。湯気でも吹き出しそうな勢いだ。

「な、な、何を急に……そ、それは、まあ、あの、その……ま、まさか、こんなところで……で、でも、さすがに……」

「……何でそんなに混乱してるんだ?」

「カイルが混乱させてるのよ! だ、大体、どういう意味よ!」

「若いうちに子供を産んで、一緒に過ごしたいのかという意味だよ」

「そ、それは……そう、かな。で、でも、カイルと一緒に冒険者をしてるのも楽しいよ!」

 汗までかき始めたサレッタが、真っ赤に染まった顔の前で両手を振る。

 呟くように「そうか」と言ったカイルに、今度はサレッタが質問をしてくる。

「そう言うカイルはどうなのよ。すぐにでも子供が欲しいの?」

「どうだろうな。ナナを見て、子供がいたらあんな感じなのかとイメージは沸いたけど……難しいな。そもそも、相手もいないしな……」

「ああ、そう……はあ」

「ん? どうしたんだ。大きなため息をついて」

「昔からだけど、カイルの鈍感ぶりに呆れ果ててたのよ。ま、そこが長所でもあるんだけどね」

 そういえば、カイルは昔からサレッタによく鈍感だと言われていた。

 カイル自身は特にそんな風に思ったことはなかったが、幼馴染のサレッタ曰く、絶対にそうらしい。

 自分のどこが鈍感なのだろうと本気でカイルが思っていると、水あめのスプーンを口に咥えたナナがとことこと歩いてきた。

「二人で内緒話はずるいのです。仲間外れは駄目なのです」

「そうだな。じゃあ、ナナに聞いてみよう。俺は鈍感なのか?」

 尋ねたカイルの前で小首を傾げ、ナナはひと言「わからないのです」と答えた。

 ナナとカイルが出会って、まだ一日も経過していない。それで鈍感だと断言されたら、さすがに少しショックを受ける。

「ナナちゃんに何を聞いてるのよ。それより、水あめは食べ終わったみたいね。瓶を捨てるついでに、手を洗ってこようね」

 やはり母親らしいサレッタの言葉に、ナナは素直に頷く。

 そこで待っててと言われたカイルは頷き、黙って立ちながら、先ほどのサレッタとのやりとりを考える。

 どうして自分が鈍感なのだろう。サレッタと交わした会話といえば、子供が欲しいかどうかというものだけだ。

 サレッタは慌てていたが、どうしてあんなにも顔を赤くして恥ずかしがったのかがわからない。子供が欲しければ、頷いて作りたいと言えばいいだけではないか。

 そこまで考えて、カイルはハッとする。子作りをするには相手が必要だ。その際にサレッタが思い浮かべたのは誰だったのか。そして自分自身の質問の言葉の少なさにもようやく気付く。

 なんてことだと頭を抱えたくなる。あれではまるで、子供が欲しかったらカイルが子作りを手伝うと言っているようなものではないか。

「だから、サレッタは顔を赤くしたのか。それに俺を鈍感だとも……まいったな。サレッタとはずっと一緒にいるし、嫌いではない、よな。じゃ、じゃあ……だ、駄目だ。考えてるだけで、なんだか恥ずかしくなってくる……!」

 サレッタが強く赤面した理由がようやくわかった。確かにこれは恥ずかしい。戦闘中でも経験がないほど、心臓がバクバクしている。サレッタとナナが戻ってきた時、まともに顔を見られるかが不安になる。

 道理で鈍感と事あるごとに言われるわけだ。まったくもってその通りだしな。心の中で呟いて、カイルは苦笑した。その後、なんとか平常心を取り戻そうとし、顔を上げて動きが止まった。

 視線の先で、ナナとサレッタが何者かに囲まれている。まさか昨夜倒した盗賊の仲間が、報復にきたのだろうか。猛然とダッシュしようとして、後頭部に強烈な衝撃と痛みが発生した。

 薄れゆく意識の中で最後に目にしたのは、囲んでいる男たち相手に火を吐くナナの姿だった。

     ※

「……ぐ、うう……」

 後頭部がズキズキと痛む。覚ましたばかりの目が、痛みで勝手に閉じそうになる。

 熱を持ったように疼く部分を、軽く手で撫でる。どうやら血は出ていないみたいだが、こぶができている。

 何者かがサレッタやナナを襲い、不意を突いてカイルを気絶させたらしい。

 ゆっくりと上半身を起こし、周囲の状況を確認する。場所は公園。どうやらカイルはうつ伏せに倒れて、気を失っていたようだ。

 懐に手を入れて硬貨の入った布袋を確認する。盗まれてはいない。取り出して中身を見てみるも、やはり減ったりしていない。

「となると、狙いはナナか……?」

 顔を上げてみれば案の定、一緒に公園へきていたはずのナナとサレッタの姿が見当たらない。

 犯人が昨夜に倒した盗賊の仲間だったとして、目的が報復ならカイルだけを残してはいかないだろう。

 痛む後頭部を左手で押さえながら、カイルは立ち上がる。足を動かし、気絶する前に見た光景を思い出す。複数の男たちに囲まれ、ナナが口から火を吐いていた。

 友好的な人物を相手に火を吹くのは、隣にサレッタがいる状況ではありえない。二人――カイルも含めれば三人は襲われたと断定して間違いなさそうだ。

 サレッタが標的なら、幼馴染のカイルを放置していくだろうか? 言うことを聞かせるために、さらったりするのではないか。それとも黙ってついてくる代わりに安全を約束したので、あえて公園に残されたのか。

 考えても答えは見つからないが、恐らくサレッタ目的の誘拐ではないだろうと思えた。理由はメリットがないからだ。

 何の自慢にもならないが、カイルとサレッタのチームは名声などないに等しい。恨みを抱かれるほどの活躍は昨夜以外にした経験はないし、整った顔立ちではあるものの、サレッタは誰もが手に入れたがるほど極上の美人でもない。いくら考えてもさらう理由が見つからない。

 その一方、ナナに関しては別だ。珍しい着ぐるみで全身を包み、外見は可愛らしい少女なのに口からを火を吐く。珍しさの塊みたいな存在であり、現に今日、カイルは商人のエルローからナナを紹介してほしいと頼まれた。

 ここまで考えれば、賢者でなくとも犯人の目星はつく。商人のエルロー・リシリッチだ。カイルに紹介してもらえなかったのを受けて、強硬手段に出た。

 迂闊だった。商会について興味はなく、情報を集めたりしていないので、エルロー・リシリッチの評判まではわからなかった。唯一得ていた情報は、有名な商会のトップだということくらいだ。

 そんな人物が、目的のためなら人さらいまでするような極悪人だとはさすがに思っていなかった。会話をして、金の亡者っぽいのはなんとなく肌で感じていたが。
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