上 下
16 / 32

第16話 大事なのは目の前にある、甘いにおいのするとろとろなのです!

しおりを挟む
「俺に何か用ですか?」

「もちろんですよ、カイルさん」

 教えてもいない名前を言われたことにより、カイルの中で警戒感が高まる。それでなくとも、すでに良い印象は受けていない。まだ特別に何かされたわけではないが、生理的に受け付けないのだ。

 どうしてなのか自分なりに理由を考えてみると、すぐに原因に思い当たる。似ているのだ、雰囲気が。故郷の村を度々訪れては、村の子供たちを連れて行った商人の連中に。

「どうして俺の名前を知ってるんですかね、商人さんは」

 商人と言われた男は、軽く目を細めた。油断ならない奴とカイルを警戒している感じではない。その程度はわかるかという見下した態度だ。

「情報が大切なのは冒険者も商人も同じです。一夜にして有名人になった素晴らしいお方を、商人たる私が知らないはずがありません」

 褒められているのか、バカにされているのか。わざとらしく仰々しいポーズで挨拶をしてくる商人が、カイルの目には胡散臭く見えて仕方ない。

 不快だからとぞんざいに追い返して、あとで報復されるような事態になるのは避けたい。魔法を使えるメンバーがいないカイルたちにとって、店で売ってもらえる回復ポーションなどのアイテムは重要だ。

 店にそうしたアイテムを卸すのが商人なのである。たくさんの店と取引をするようになってくると、商人組合に属しながら商会と名乗るグループへ発展する。ここ、ネリュージュにも有名な商会が幾つかあったはずだ。

「自己紹介が遅れました。私はエルロー・リシリッチと申します。小さな商会をやらせてもらっている、しがない商人です」

 エルロー・リシリッチと名乗った男の自己紹介には、一部嘘があった。商会の会長というのは確かだろうが、しがない商人とはいえない。

 リシリッチ商会という名前は、経済情報に疎いカイルでも聞き覚えがある。交流が盛んなネリュージュにおいても有名な商会だ。

 各道具屋には、必ずといっていいくらいにリシリッチ商会の商品が置いてある。もっとも、カイルはあまりリシリッチ商会の商品は好きじゃないので、回復ポーションにしても他の商会のを利用していた。

「名前は知ってます。残念ながら、商品を利用したことはありませんが」

 挑発気味な発言になっても、エルローは感情を露わにしたりしない。だからこそ、相手が何を考えているのかわからない。商人にとっては必要不可欠な能力かもしれないが、会話相手からすれば不気味だった。

「では是非、今度ご使用なさってみてください。我が商会の商品は、自信を持ってお勧めできるものばかりですので」

 確かに愛用者も数多くいるみたいだが、カイルにそのつもりはない。リシリッチ商会のアイテムは、いちいち高そうなのだ。回復用ポーションの小瓶ひとつとってみても、デザインに凝っているというか、成金趣味みたいなものが多い。

 それが好みな者ならいいが、そうでなければ他を選ぶだろう。とはいえ、他の商会の似たような商品と比べて別に高価なわけではなかった。

「商品のセールスをするために、俺に声をかけたんですか? だったら無駄ですよ。自慢じゃないですが、弱小冒険者ですからね」

「またまた。そんなに御謙遜なさらないで結構ですよ。昨夜の賞金がかけられていた盗賊の捕縛劇は見事だったと聞いています。特に、着ぐるみ姿の少女は凄かったようですね」

 情報は大切だと言い、カイルの名前も知っている。加えて有名な商会のトップであれば、昨夜の出来事の詳細を知っていても不思議はない。

 問題は、どうしてカイルに近づいてきたかだ。実力を評価して、なんて理由でないのは確かだった。注意深く動向を窺おうとしても、洞察力にさほど優れているわけでもないカイルには難しい。となれば、会話から相手が何を狙っているのかを探るしかなかった。

 故郷の村で人身売買が行われていたからかもしれないが、基本的にカイルは商人という人間が好きではなかった。信用できないと言っていい。何の狙いもなく近づいてきたとは思えない。

 相手を探るような会話戦を仕掛けたところで、勝ち目がないのはわかりきっている。だからこそ単刀直入に、前に立つ男へカイルは質問をぶつける。

「何が狙いですか?」

 長々と会話をするつもりはない。サレッタとナナは後ろを振り返らずに、二人で屋台を楽しんでいる最中だ。カイルもすぐに合流したかった。商人とくだらない話をしているよりは、ずっと有意義な時間が過ごせる。

「カイルさんは、ずいぶんとせっかちな方なのですな。冒険者をなさっているだけに、もっと慎重な人物かと思っていました」

「ご期待に添えずに申し訳ない。何分、田舎の出身なものでね。用がないなら、俺は行かせてもらいますよ」

「よろしいでしょう。では、こちらも簡潔に用件を述べさせていただきます。カイルさんと昨夜、一緒に盗賊を捕らえたという少女を紹介してもらいたいのですよ」

「お断りします」

 即答だった。金儲けしか頭にないような男に、ナナを紹介したらどんな目にあわせられるか想像に難くない。言葉巧みに騙して、火を吐く姿を見世物にしてもおかしくないのだ。

 本当にドラゴンの里出身かどうかは別にして、ナナにこの世界での一般常識が不足しているのは確かだ。共に行動することになったからには、危険から守ってやりたいとカイルが思うのは当然だった。

 それに、ナナが悲しむ結果になれば、サレッタも悲しむ。笑顔の似合う幼馴染に、そんな顔をさせるのも嫌だった。

「カイルさんは、何か誤解をなさっているようですね。私はただ、その少女と知り合いになりたいのです。冒険者として、人脈を増やしておいても損はありますまい。それにカイルさんやお連れの女性には、しっかりとした謝礼もお支払いさせていただきます。関係者全員が幸せになれる提案だと思うのですが」

「返事はもうしたはずです。急ぐので失礼しますよ」

 面倒くさそうに背を向けるカイルに、エルローはゾッとするような声で呟くように言った。

「やれやれ。せっかちすぎると身を滅ぼしますよ? 少しは人の話を聞くべきです」

 顔だけを相手に向けて、吐き捨てるように言う。

「それは、話を聞かないと俺を殺すと脅してんのか? だったら怖いから、冒険者ギルドに依頼を出しておかなきゃな」

 冒険者組合は冒険者をまとめる性質上、不正や癒着を極端に嫌う。賄賂を受け取った人物がいたら即解雇だ。それどころか、見せしめに処分されかねないほど厳しい。

 そのため、ギルド職員となるには、品行方正で実績を残した元冒険者がなるケースが大半なのである。カイル程度の実力と実績で引退しても、声をかけるそぶりすら見せられないだろうが。

「脅すなんてとんでもない。私は親切心から、忠告をさせてもらっただけです」

「そいつはどうも」

 すでにカイルは、相手に対して丁寧な口調を使うのをやめていた。知り合ったばかりだが、エルローという男がどういう人間か、わかりかけてきたからだ。

 ひと言で例えるなら、金の亡者だ。金のにおいに敏感で、儲かると知れば自分の家族でも商品にする。そんな雰囲気が全身から放たれている。関わるのは危険だと、本能も警告してくる。

 これ以上は会話もしたくないので、背中を向けてエルローの前から歩き去る。後ろから刺されないように警戒をしながら。

 エルローは追ってこなかった。何かを仕掛けてくる様子もない。人目があるので控えたのだろうか。そのうちに人混みにまぎれたカイルは、エルローの姿を確認できなくなった。

 衛兵も多く見回っている町で、名の知れた商会のトップが堂々と悪事を働くのは難しい。賄賂でも渡して、衛兵と仲良くなっていれば話は別だが。

 冒険者ギルドは厳しい規定があるものの、王国についてはどうかわからない。貴族が政治に関与したりもしているだけに、水面下の駆け引きなどはかなり過酷そうだとカイルは勝手に想像していた。

 カイルには縁のない世界の話なのでたいして気にしてこなかったが、腐敗しきっていて商人と癒着しまくっているのならかなり問題だ。町中でエルローが何かを仕掛けてきたとしても、衛兵の助けを期待できないことになる。

 気にしすぎで終わってくれるのを祈り、カイルは水あめの屋台で立ち止まっているサレッタとナナに近づいた。

「あ、やっときた。どこに行ってたの。お金持ってるのはカイルなんだから、はぐれたら駄目よ」

 冒険者ギルドで受け取った金銭入りの布袋は、カイルが持ったままだった。結構な大金なのでサレッタと分担して持つつもりでいたが、道端でやる行為ではない。夜になればどこぞの宿屋に泊まると思うので、そこで分けるつもりだった。

「悪かったな。わけのわからない商人に絡まれてたんだ」

「わけのわからない商人?」

 サレッタが首を傾げる。

 簡単に説明しようとしたが、その前にナナが声を上げた。

「その話は後回しなのです。大事なのは目の前にある、甘いにおいのするとろとろなのです!」

 どうやらナナは、水あめというのを見たことがないみたいだった。

 カイルが「食べてみるか?」と尋ねたら、即座にナナは首を縦に振った。何度も繰り返し、もの凄い勢いで。

 きっとすぐにでも食べたいと思っていたのに、カイルがいなかったせいでサレッタに買ってもらえなかったのだろう。少しだけ申し訳なく思い、店主に水あめをひとつ注文する。

 代金を支払い、受け取った水あめをナナに渡す。

 肉球のついた両手で、透明な水あめの入った小瓶をナナが大事そうに抱える。

「うわあ……いいにおいなのです。えへへ。ありがとうなのです」

 素直にお礼を言われると、買ってあげてよかったと嬉しくなる。ナナのおかげで得られた賞金も同然なので、多少の贅沢には喜んで応じてあげたかった。

 サレッタもカイルと同じ気持ちだったようで、はしゃぐナナを見て楽しそうにしている。

 蓋のない小瓶の中には、細長いスプーンがひとつ入っている。それを使って、中身の水あめを食べるというか舐めるのだ。食べた経験のあるサレッタに教えられたナナは早速、瞳をキラキラさせて実践する。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯
ファンタジー
誰でもよかった系の人に刺されて笠鷺燎は死んだ。(享年十四歳・男) んで、あの世で裁判。 主文・『前世の罪』を償っていないので宇宙追放→次元の狭間にポイッ。 襲いかかる理不尽の連続。でも、土壇場で運良く異世界へ渡る。 なぜか、黒髪の美少女の姿だったけど……。 オマケとして剣と魔法の才と、自分が忘れていた記憶に触れるという、いまいち微妙なスキルもついてきた。 では、才能溢れる俺の初クエストは!?  ドブ掃除でした……。 掃除はともかく、異世界の人たちは良い人ばかりで居心地は悪くない。 故郷に帰りたい気持ちはあるけど、まぁ残ってもいいかなぁ、と思い始めたところにとんだ試練が。 『前世の罪』と『マヨマヨ』という奇妙な存在が、大切な日常を壊しやがった。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

転校してきてクラスメイトになったのが着ぐるみ美少女だった件について

ジャン・幸田
恋愛
 転校生は着ぐるみ美少女? 新しいクラスメイト・雛乃は着ぐるみ美少女のマスクを被り一切しゃべることがなかった!  そんな彼女に恋をした新荘剛の恋の行方は? そもそも彼女は男それとも人間なのか? 謎は深まるばかり! *奇数章では剛の、偶数章では雛乃の心情を描写していきます。 *着ぐるみは苦手という方は閲覧を回避してください。予定では原稿用紙150枚程度の中編になります。

前世は大聖女でした。今世では普通の令嬢として泣き虫騎士と幸せな結婚をしたい!

月(ユエ)/久瀬まりか
ファンタジー
伯爵令嬢アイリス・ホールデンには前世の記憶があった。ロラン王国伝説の大聖女、アデリンだった記憶が。三歳の時にそれを思い出して以来、聖女のオーラを消して生きることに全力を注いでいた。だって、聖女だとバレたら恋も出来ない一生を再び送ることになるんだもの! 一目惚れしたエドガーと婚約を取り付け、あとは来年結婚式を挙げるだけ。そんな時、魔物討伐に出発するエドガーに加護を与えたことから聖女だということがバレてしまい、、、。 今度こそキスから先を知りたいアイリスの願いは叶うのだろうか? ※第14回ファンタジー大賞エントリー中。投票、よろしくお願いいたします!!

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました

ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。 そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。 家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。 *短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

処理中です...