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第14話 ご馳走は正義なのです

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 今日は依頼を探しに来たわけではないので、カイルは他の二人と連れ立って受付を目指す。

 すると受付カウンターへ行く途中で、誰かが口笛を吹いた。そちらを見ると、該当者と思われる男が軽く右手を上げた。どうやら、女と子供連れなのをからかっているわけではなさそうだ。

 それでは、どうして口笛なんか吹いたのか。悩んでいると、盗賊らしい恰好の男が軽そうな口調で声をかけてきた。

「昨日の見てたぜ。そこにいる嬢ちゃん、凄えんだな。俺らのチームに加えたいくらいだぜ」

 どうやらカイルの知らない間に、昨夜の盗賊との一件がかなりの人間に知れ渡っていたらしい。

 冒険者として成功するのに大事なのは情報。冒険者になりたての頃、あまりに頼りなさそうだったカイルとサレッタに、初めて行った辺境国家の冒険者ギルドの受付の中年男性がアドバイスしてくれた。

 以降、カイルは依頼を受ける前に入念な下調べをするようになった。サレッタが盗賊技能を中心に鍛えているのも、情報を得やすくするためだ。

 カイルたちよりレベルが上と思われる冒険者チームは情報の入手もより早い。独自の情報網を持っているケースが多いためだ。

「えっへん。もっと褒めてもいいのです」

 得意げに胸を張るナナに、他の冒険者たちが「いいぞ」と拍手を送る。野次を飛ばしているわけではなく、素直に賞賛していた。

 情報と同時に強さも冒険者にとっては必要不可欠なことから、強者には素直に賞賛が送られる。名前や顔を知られておけば、万が一の事態に協力を頼みやすくなるという狙いもある。

 裏に打算的な考えがあろうとも、陰湿な対応をされるよりはマシなので、褒められて調子に乗っているナナをそのままにしておく。

 ナナには保護者同然のサレッタがついているし、何より他の冒険者に相手をしてもらっている間に、カイルが受付と会話できる。

「ええと……捕らえた盗賊に賞金が出てるって、衛兵に聞いたんだけど」

「それでは登録証をお預かりできますか?」

 担当してくれた女性に、革鎧の中から取り出した登録証を手渡す。これがカイルの、冒険者としての身分を証明してくれる唯一のものだった。

 登録証は冒険者となった時点でギルドが発行してくれる。これがないと、冒険者ギルドで依頼を受けられない。

 代表者に冒険者がいれば、冒険者以外の者が手伝おうとも自由だ。しかし同行者に何かあった場合、当たり前だがギルドは一切関与しない。

 冒険者であれば、ある程度の覚悟はできている。けれど一般人では、違う場合がある。とりわけ、遺族が騒ぎ出すケースは意外と多いのだ。

「確認しました。ありがとうございます」

 軽く頭を下げた受付の女性が、登録証を返してくれる。

「カイルさんですね。確かにネリュージュの衛兵から、盗賊を捕らえたとの証言を頂いております。従いまして、規定通りに賞金をお支払いさせていただきます」

 女性の目配せを受け、隣に立っていた男性が後ろに移動する。ドアを開け、個室に入る。

 鍵などが厳重にかけられているので、恐らくは重要書類や金銭が保管されているのだろう。

 もっとも、それがわかったところで、盗みに入るような愚か者はいない。そんな真似をしてバレたりすれば、ギルドから全冒険者に緊急の強制依頼が出される。

 全冒険者を相手に逃げ切れるわけがないし、下手をすれば命を落とす可能性もある。王国や帝国などでさえも、冒険者ギルドと全面的に事を構えるのは避けるくらいだ。

 冒険者ギルドの方も、必要以上に各国の政治に深入りしない。それゆえに各国にギルドを作るのを許可され、今のところは友好的な関係が築けている。

 受付カウンターに戻ってきた男性が、賞金の総額ですと布袋を置いた。小さいものだが、中に硬貨が詰まっているのがわかる。

 礼を言って受け取り、中身を確認する。直後、カイルは驚きで目を見開いた。布袋の中に金貨が入っていたのだ。

 金貨が一枚あれば、贅沢をしない限りはひとりなら三カ月。ナナを含めて三人でも一ヶ月は暮らせる。

 冒険者としてレベルが低いカイルには、銀貨すらも滅多に触る機会がない。銀貨一枚でも頑張れば、ひとりで十日くらいは生活できる。なので、庶民の間で使われるのは銅貨が大半だ。

 布袋の中には金貨が二枚。銀貨が十枚。銅貨が五十枚ほど入っていた。

 これまでの人生で持った経験のない大金に、腰が抜けそうになる。賞金がかけられている悪人の中にはもっと高いのがうよいよいるので、熟練の冒険者にはさほどでないかもしれないが。

 布袋を大事に懐へしまうと、やいのやいの騒がれて得意になっているナナの頭を軽く撫でた。

「終わったの?」

 こちらを向いたナナに引っ張られるように、視線を向けてきたサレッタに聞かれた。

「ああ、バッチリだ。朝飯を食いに行こうぜ」

 カイルの上機嫌さの理由がすぐに思い当たったらしく、サレッタも嬉しそうにする。誰だって貧乏は嫌だ。

 普段よりにこにこ度合いを増したサレッタに腕を引かれ、訳がわからないような感じながらも、ナナも笑顔になる。

 冒険者ギルドから大通りに出ると、早速カイルは飯にしようと提案する。

「どうせなら、大通りにある飯屋にでも入ってみるか? 滅多にできない贅沢ってやつだ」

「ちょっと。賞金ってそんなに入ったの?」

 他の通行人に聞かれたりしないよう、驚くサレッタに金額をこっそり耳打ちする。

 普段の依頼の報酬といえば銅貨ばかり。その日の宿泊費用や食費、アイテムの補充費に回せばすっからかんになる。そんな生活をこれまで送ってきた。だからこそ、サレッタも信じられないといわんばかりの反応を見せる。

「ご、豪華な食事は私もしてみたいけど、いきなりそんな贅沢をしていいの?」

「ある程度は貯金に回すさ。けど、この賞金はそもそもナナのおかげで得られたものだ。それなら、ナナを歓迎するためにも一回くらいは美味いものを食おうぜ」

「そ、そうね。ナナちゃんもそれでいい?」

 サレッタに尋ねられたナナは、楽しそうな笑顔で頷く。

「ご馳走は正義なのです。丸ごと食べるのはお魚さんです? 鳥さんです? それとも猪さんです?」

 口端からかすかに涎を垂らしながら聞いてくるナナを前に、カイルだけでなくサレッタもきょとんとする。

 すぐにナナの事情を思い出したサレッタが、そうかとばかりに呟く。

「ナナちゃんはドラゴンの里の出身だもんね。食事もドラゴン寄りで当然よね」

「ドラゴン寄りの食事って何だよ……魔獣でも食べるのか?」

 聞いたカイルに、そんなわけないとばかりにナナがぷんすか怒る。

「お魚さんやお肉、それに木の実とかも食べるのです。皆は一匹とか食べるのに、ナナは少ししか貰えなかったのです。だから、おもいきり食べてみたいのです!」

「そうだったのね。わかったわ、ナナちゃん。皆でおもいきり食べましょう!」

「待て、サレッタ。気合を入れるのはいいが、そんなに食べるんなら高級店はキツいだろ。支払いが足りませんじゃ済まないしな」

 質より量を求めるのであれば、一流店でなくとも構わない。だが、いつもより多少は店のランクを上げたい。

 カイルが選んだのは、大通りから多少逸れた道にある外装が良さげな店だった。レストランというわけではないが、大衆食堂みたいな雰囲気でもない。丁度、その中間あたりといった感じだ。

 普段は大衆食堂ばかり利用するだけに、一流店でなかろうとも緊張する。分不相応だと追い出されたりしないだろうか。不安を抱きつつも、カイルが先頭で店に入る。

 薄い茶色のロングスカートをはき、袖の長い白いブラウス姿の女性が出迎えてくれる。大衆食堂にはない歓迎の仕方だ。

 こちらへどうぞと言われ、席に案内される。周囲には、下品な口調で怒鳴り合ってる者はひとりもいない。

 貴族とまではいかないが、それなりに身なりもよさそうな者が客の大半だ。中級より上の一般家庭。そこそこ稼いでいる商人。あとは装備のしっかりした冒険者らしきチームだ。

 まだまだレベルが下位のカイルには不似合いな店だが、たまにはいいだろうと無理やり自分を納得させる。何より、結果的に命を救ってくれたナナを少しでも喜ばせてあげたかった。それでなくとも昨夜、迂闊なからかいで彼女の心に傷をつけてしまったのだ。

「普段はぶっきらぼうな感じなのに、カイルって意外と優しいよね。もしかして、クールを演じてるだけだったりして」

 くすくす笑うサレッタにうるさいと言い返す。別にクールぶってるわけではなく、単純に誰かへ素直な優しさを向けるのが苦手なだけだった。ひねくれ者ともいう。

「俺のことはいいから注文しろよ。そういや、ナナは人間の文字を読めるのか?」

「もちろんなのです。ナナは優秀などらごんなので、ばっちりなのです。ところで、これは何ていうご馳走なのです?」

 丸テーブルに座り、ナナから見て左隣にいるサレッタにメニュー表の一部分を指で示して問いかける。

 ばっちりと言っていたわりには読めていないような気もするが、その辺を指摘したら虐めと言われそうなので黙っておく。

 メニュー表をナナと確認していたサレッタが、子供のように無邪気な笑みを見せる。何を食べようかとわくわくしている感じだ。

「ねえ、ナナちゃんはお魚とお肉、どっちが好き?」

「もちろん、お肉なのです。どらごんは肉食なのです」

「魚に肉、木の実まで食べるんなら雑食という感じだけどな。なんだか人間に近いようなイメージになってきたぞ」
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