ただ美しく……

桐条京介

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第2話 感じた運命

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 交際経験はゼロでも、生まれてこれまで誰も好きにならなかったわけじゃない。小学生の頃、人並みに初恋もしている。とはいえ、告白したりすることもなく、想い続けただけで終わった。

 小学生にとって容姿の良し悪しは、残酷なまでに交友関係へ影響する。当初こそ、仲良くなろうと話しかけたりもしたが、親しくなるどころか、避けられるケースが多かった。

 入学当時から、平均を大きく上回る体重。さらには、子供の頃から、一度も綺麗だと称されたことのない顔。唯一の救いは、声だけはわりと良い部類に入る点だった。けれど前述の2つがある限り、焼け石に水だ。むしろ容姿と声が合ってないと、気持ち悪がられる要素になってしまった。

 そうした過去の出来事もあり、すっかり恋愛へ臆病になった。小学校3年生の時に出会った親友――轟和美も、似たような経験をしていた。

 入学からの2年間で、いじめられてはいなくとも、浮いた存在になりつつあった。同様の立場だった2人が同じクラスになれば、仲良くなるのは必然の流れで、新しいクラスになって数日も経たないうちに、昔からの親友みたいな存在になっていた。

 ひとりだと辛い出来事も、2人なら耐えられた。色々と話せる友人がいるだけで、想像以上に精神的苦痛が軽減された。それがわかって以来、私は無理に様々な同級生と仲よくしようとは考えなくなった。

 部活が必須だった中学生の頃は、まったく人気のなかった科学部に2人で所属した。顧問の教師も名ばかりで、わざわざ科学室へ指導しにきたりもしない。活動内容は、放課後に2人でおしゃべりするだけだった。

 両者ともに成績優秀ではなかったため、無難な高校を選んで受験した。今はその高校に所属する学生として、日曜日以外は毎日通っている。

 学校へ行きたいくない日は、それこそ数えきれないぐらいあったが、和美をひとりにするわけにはいかない責任感だけで皆勤賞を続けた。恐らく、相手も同様の気持ちなはずだ。それだけ、お互いが必要だという証拠だった。

「でも……私なんかじゃ、無理だよね……」

 チャレンジする前に、諦めの気持ちがやってくる。バラ色の人生を送れるなんて思ってもないので、ある意味、仕方のない展開だった。けれど思いを共有してると考えていた親友の反応は違った。

「駄目だよ、杏里ちゃん。せっかくなんだから、頑張ってみようよ」

 落ち込んだ巨体を2つ並べて帰るつもりが、予想外に途中で立ち止まる。
 よもやの展開に驚きすぎて、私は言葉を失った。適当な気持ちで励ましてるわけでないのは、涙ぐんでいる瞳を見ればわかる。

「私、一生懸命、杏里ちゃんを応援するよ!」

 握られた両手に伝わる温もりと真剣な言葉には、和美の感情がこれでもかというぐらいに詰め込まれていた。

「私、頑張ってみる」

 親友の熱い気持ちに背中を押された私は、力強くそう宣言した。
 いつまでも、このままでいいはずがない。それを和美も感じているのだろう。これは私ひとりの問題ではなく、いわば2人の戦いだった。これからの人生に明るい希望の火を灯すためにも、避けては通れない試練なのだ。

「うんっ! さすが杏里ちゃんだよ」

 グッと拳を握り、私以上に力を入れている。悪く言えばブサイクと呼ばれている女性が、自らに夢を持てるかどうかの瀬戸際なのだ。和美でなくとも、気合が入るというものだった。

 まずは興味を覚えた男性が、どこの誰かを知る必要がある。一番手っ取り早いのは、昼休みに仲良く会話をしていたクラスのアイドル的存在の美少女に尋ねることだった。

 けれどろくに話をした経験のない――しかも、学級内でも浮いている存在の私や和美に、教えてくれるとは思えなかった。

 男性陣には顔だけでなく、性格も良いと評判だが、あんなのは演技してるだけにすぎない。確かに優しくて綺麗な女性も数多く存在する。けれどクラスで一番の美女は、そうしたタイプではなかった。

 媚を売られたら、すぐに騙される大半の男子とは違い、同性の私にはよくわかる。女の勘と言うべきか、直感で理解できるのだ。

 立ち止まったままでどうしようか悩んでいると、ここでも親友の轟和美が、私へ道筋を示してくれた。

「私が、なんとかするよ!」

 バストは脂肪の塊とはよく言ったもので、体型はどうであれ巨乳に入る和美が胸を叩いても、ドンとは鳴らなかった。とはいえ、任せてという意思は十二分に伝わってきた。
 こちらに具体的な策がない以上、相手に頼るのがよりベターなのは考えるまでもない。

「大丈夫なの?」

 親友を信用していても、当然心配にはなる。確認した私に和美が見せたのは、自信たっぷり――ではなく、戸惑い気味の表情だった。

「が、頑張る!」

 なんとかすると言ったはいいものの、和美本人にも当てはないのだ。それでも頑張ろうとしているのは、私のためであると同時に、親友の未来を占うという意味も含まれてるからだろう。
 ブスと呼ばれ続けてきた私たちにも、一般的に言うところの春がやってくるのか。それとも、余計な夢を見てはいけないのか。それがはっきりする。

「じゃあ……お願いね」

 本来なら、自分でアクションを起こすべきなのだが、今回は相手の好意へ甘えることにした。

 運命共同体は言いすぎだが、それに近い状態で目の前に立ちはだかっている壁に挑む。首尾よく攻略できたあかつきには、次は私が全力で和美の役に立つつもりだった。

 それが親友というものだ。他人はどうかわからないが、少なくとも私はそう信じている。

   *

 私――東雲杏里にとって、初めての恋になる。

 小学生時代の淡い思い出は別にして、ひとりの男性に心奪われたのは、思春期を過ぎてからは経験がないような気がする。

 果たして、親友の轟和美は本当になんとかできるのか。帰り道の途中にあるいつものところで別れて、ひとり自宅へ戻ってきてからは、ずっとそのことばかり考えていた。

 普段なら待ちわびる夕食も喉を通らず――という展開にはならなかったが、量は心もち減少していたように思える。といっても、両親ともに特に心配していなかったので、もしかしたら気のせいかもしれない。
 とにもかくにも、お風呂に入って自室へ戻ってからも、和美の成果が気になっていた。

 そして、翌日――。

 先日別れた場所で親友を待つ。私と和美は毎日一緒に登下校をしており、ここで待ち合わせている。何か不都合があった場合は、それぞれの携帯電話へ連絡することになっていた。

 待ち合わせ場所に、まだ和美はいない。取り出した携帯電話で、現在の時刻を確認する。いつもの時間には達しておらず、少しばかりとはいえ余裕がある。
 どうやら楽しみにしすぎて、私が早く来てしまったみたいだ。昨夜もきちんと眠れてはいるが、睡眠時間は少なかった。

 布団に入ったのはいつもと同じでも、今朝はずいぶん早く目が覚めた。まだ親友がやってくる気配はないので、立ったままで待とうと決める。
 その間、暇なので少し考え事をする。そういえば、私はいつから布団で寝るようになったんだっけ?

 幼い頃はベッドを使っていた。寝相も悪くないので、ベッドから落ちた経験はない。なのに何故、高校生となった現在では布団を使用しているのか。
 答えは簡単。ベッドでは不都合が生じるようになったからだ。小学生の頃から太っていた私は、年齢の上昇とともに体重を増加させた。

 そんなある日の夜。
 私はバキッという音で目を覚ました。増量する一方のウエイトに耐え切れなくなり、ベッドが壊れたのだ。以来、ベッドは危険だということで、私だけ布団を使用するようになった。別にベッドでなければ眠れないというような繊細な性格ではないので、今日まで快適に過ごしている。

 そんな想い出をふり返っている間に、待ち人が道の先からやってくるのが見えた。肉眼で私の姿を確認した親友が、巨体を揺らして駆け寄ってくる。
 お互いに運動に向いている体型ではないので、すぐ側まで来た和美は何かを言うより先に、はぁはぁと肩を忙しげに上下させている。

「ご、ごめんね、杏里ちゃん。待ったでしょ」
「ううん。今来たばかりだし、謝る必要はないよ。だって、時間どおりじゃない」

 たまたま私が待ち合わせ場所に早く到着しただけの話で、親友の和美に悪い点は何ひとつなかった。
 親友もさして気にしてない様子で「うん」と頷く。一方の私はといえば、例の男性の調査がどうなったのか、気になって仕方なかった。

 一刻も早く知りたいのに、奥手な性格が邪魔をしてなかなか尋ねられない。どうにかしたいと思っても、生まれもっての性格だけにいかんともし難い。するとこちらの心情を察してくれたのか、相手から切り出してきてくれた。

「昨日の話なんだけど、あの男の人が誰かわかったよ」
「え、もう!?」

 驚きのあまり、私は素っ頓狂な声を発してしまった。期待していたのはもちろんだが、よもやこんなに早く結果が出るとは思っていなかった。
 まことに失礼ながら、少なく見積もって数日。下手をすれば、何の成果も上がらないのではないかと考えていた。

 なにせ和美とは、親友だけに小学校時代から一緒。ともに友人も少なく、ほぼ全員が共通の知人になる。なので知り合いに尋ねたとしても、満足する回答が得られる人物かどうかは私にもわかる。

 というより、そんな友達がいるのなら、昨日相談していた際、真っ先に「あの子に聞いてみようよ」という話になる。そうならなかったのは、私だけでなく、和美にも情報通の知り合いがいなかった事実に他ならない。

 それらの理由もあって、楽しみにしつつも、あまり期待をしてなかったのだ。ところが、私の予想はものの見事に裏切られた。これぞまさしく、嬉しい誤算だった。

「和美、凄いじゃない」
「えへへ。でも、凄いのは、私じゃないんだけどね」
「どういうこと?」

 詳しく事情を聞いてみると、思わぬ事実が判明した。なんと和美の父親が、例の男子生徒の父親と同じ会社に勤めているみたいなのだ。
 以前に社員旅行にも家族として同行したことがあり、その時の写真を見せてもらって、和美は昨日の昼休みに私たちの教室へ来ていた男の子だとわかったらしかった。

「私もビックリしたよ。夕食の席で、いきなりお父さんに、そう言えば誰々って知ってるかって、その男性の名前を聞かれたの」

 すでに名前を知っていながら、誰々とボカすあたり、和美もなかなかの演出家だ。
 父親に質問されても、異性の情報に詳しくない親友はもちろん知らなかった。そこで確か写真があったはず……という流れになったのだと教えてくれた。

 まさに物語みたいな偶然だが、この世には事実は小説より奇なりなんて言葉もある。乙女チックなタイプではないのだが、この時、私は確かに運命を感じた。
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