魔剣使われに告ぐ

玄城 克博

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Ⅳ    ―魔剣『回』―

4-3 表層の交渉

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「人造魔剣『回』は、一見してただ一組の魔剣と剣使にしか見えない」
 俺の中で情報の処理が、納得が済むよりも先にアンデラは言葉を重ねる。
「ただし、魔剣『回』とクーリア・パトスの間には、目に見える形ではない何か、おそらく超常の力の一種による結びつきが存在する」
「……結びつき?」
 いまだに思考が追いつかない俺は、鸚鵡返しのように問いを繰り返すしかなかった。
「クーリア・パトスは常に魔剣『回』を携えている必要がある。必ずしも肌に触れている必要があるというわけではないけど、一般に『持っている』と認識されるような状態を保ち続けなくてはならない」
 ふざけた条件だが、事が魔剣についてでは不可思議はむしろ常だ。そう考えれば、人が触れる事で力を引き出される超常の剣が、常に人と触れた状態を保つ事で融合体という形を保つというのは一種の道理であるようにも感じられる。
「そして、もし剣からクーリア・パトスが引き離された場合だけど」
「引き離されたら、どうなる?」
 アンデラの継いだ言葉で、自分がそんな疑問にすら思い至っていなかった事に気付く。
「まず、それだけで即座に死ぬという事はない、と言っておこうかな」
 心なしか、安堵を感じるのも遅い。そして、その前にアンデラは更に続きを口にする。
「人造魔剣『回』の構成物が引き離された場合、両者は完全に動きを停止する。剣は他者が手に取っても力を発揮する事はなく、クーリア・パトスは一種の休眠状態に陥るらしい。そして、それは剣が彼女の手元に戻るまで続く」
「でも、だとしたら――」
「そう、休眠状態に陥った状態のクーリア・パトスに自力で剣を取る事は不可能だ。必然的に彼女は常に剣を携帯し続ける必要を迫られる事になる」
 それは、俺の記憶とも一致していた。ある時期からクーリアが常に魔剣『回』を持ち歩いていた事を、俺は覚えている。
「……だから、クーリアを諦めろって?」
 アンデラの言葉が本当か嘘かは、まだ俺には判別が付かない。一定の説得力と整合性こそあるものの、それだけで真実と断じるのは嘘と決めつけるのと同じくらいに思考停止だ。
 そして、そもそも。アンデラの語った人造魔剣の真相が事実であったとしても、俺がクーリアを諦める理由としては弱すぎる。クーリアが常に魔剣『回』を携えている必要があるとしても、不便こそあれ共に過ごすのが不可能というほどではない。
「僕と君の目的は、相反するものではない。君が最終的にクーリア・パトスの解放を望んでいるのなら、それは僕の目指すところでもある」
「回りくどい言葉を――」
「だけど、それは今じゃない」
 俺の抗議を撥ね付け、アンデラは更に言葉を紡ぐ。
「クーリア・パトス、そして人造魔剣『回』は、現在このハイアット市の敷地を出る事はできない」
「……だろうな」
 俺とてアンデラが、国防軍過激派が素直にクーリアを解放してくれるなどとは欠片も期待していない。だからこそ、アンデラとのこの対話は奇妙なものだった。
「いや、違う」
 しかし、アンデラは俺の理解を否定した。
「人造魔剣には、クーリア・パトスと魔剣『回』の他にもう一つの構成要素がある」
「構成要素?」
「クーリア・パトスは魔剣『回』から離れられないのと同じように、このハイアット市を離れる事ができない。一歩でも街の外に出た途端、彼女は一切の生命活動を停止する」
 それは、俺の知らない事情だった。
「嘘だな」
 そして、それはアンデラの失策だ。
「そう思われても仕方がないだろうね。ただ、事実だ」
「俺はクーリアの参加した実験資料を見た」
 ここまでアンデラから明らかな嘘は見い出せずにいたが、この件に関してはこちらに確固たる根拠がある。以前に目にした資料には、聞いた事もない場所でのクーリアの実験参加の事実が記されていた。クーリアがハイアット市を出られないとすれば、当然ながら実験地に足を運ぶ事もできなかったはずだ。
「……そうか、そこまで知っていたのか」
 驚きと悔しさの入り混じったような表情で、アンデラは呟く。
「それがクーリア・パトスの、人造魔剣の力だ。魔剣『回』が剣を中心に空間を回す力だとすれば、人造魔剣『回』は回転の中心を別の場所、確認できている限りでは最大で海を越えたザジンナ諸島の一角にあるナイラス砂漠にまで移し変える事ができる」
「その理屈で通すのは諦めたらどうだ?」
「考えてみてほしい。旧ハイアット市、ケトラトス家が人造魔剣を造ったのには目的があるはずだ。例の人造魔剣は、ハイアット市から奪われる可能性を消しながら、その上であらゆる場所に攻撃を仕掛けるために造られた。そう考えるのが最も自然だと僕は思う」
 アンデラの話は、理屈としてはあり得ないわけではないが、あくまでそれだけだ。鵜呑みにするには怪しいところがあまりに多い。
「お前の要求は何だ、アンデラ・セニア。お前は俺とどう交渉して、どう決着を付けたい?」
 だから、今しかないと感じた。
 事の真偽はともかくアンデラが望む会話の流れを乱された今、主導権を握るには今この時にそれを切り出すしかない。
「……僕から君への要求は、君の仲間を含めたハイアット市への侵入者と国防軍の対立の解消だけだ。交渉の材料として用意できるのは、君の身柄の解放。そして君が望むのなら、このハイアット市内でクーリア・パトスと共に過ごす事を許可しよう」
「それは、俺にとって都合が良すぎるな。クーリアを連れて逃げられると思わないのか?」
「言っただろう、クーリア・パトスはハイアット市を出られない。それは、彼女自身もすでに知っている事だ」
 この期に及んで辻褄を合わせに来るが、結局のところ俺はアンデラを信じない。
 なぜなら、国防軍には俺の望みを叶える必要がない。対立の解消、クロナとナナロ、そしてリースを説得するという目的は真実でもあり得るが、それが達成された後の国防軍過激派には俺に対価を支払う必要はない。踏み倒すのであれば条件などどうにでも提示できるわけで、つまりはここでの交渉条件など無意味だ。
「わかった、交渉を呑もう」
 だが、俺はアンデラの提案に頷いた。
 交渉を守る必要はない、それは俺も同じ事だ。少なくとも、牢に囚われ続けるしかない現状よりは、何かが動く可能性に賭けた方がマシだろう。
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