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Ⅳ ―魔剣『回』―
4-1 囚われの
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「……ははっ」
目覚めて最初に零れたのは、力無い笑みだった。
その意味はわからない。思うところはいくらでもあるが、その中のどれが笑みとして表に出たのかまでは、自分でも判別が付かなかった。
それに、今の俺には自身の感情を分析している余裕などない。すべき事は現状の把握、そしてこれから取るべき行動の選択だ。
「聞いてもいいか? どうして俺は生きている」
「知るか。むしろ、お前のようなものが生まれてきた理由など、私が知りたい」
鉄格子越しの返答は、棘のある声。聞き覚えのあるそれは、リースを元教官に持ち俺達を総司令部まで案内した女兵士、ラフナ・ミラゼフのものだった。
「哲学の話じゃない。あのままなら、俺は人造魔剣の、クーリアの力で死んだはずだ」
「何を言っているのかわからないが、お前は囚人で私は監視役だ。質問に答えてくれるなどと勘違いはしない方がいい」
「なるほど、ここは牢屋か。参考になった」
「……っ、貴様」
ラフナへと軽く挑発を飛ばすと、その効果はすぐに現れた。元から隠しもしていなかった不機嫌な声が更に怒気を帯び、正直怖いくらいだ。
それに、わかった事は他にもある。
ラフナは、クーリアの名前にこれといった反応を見せなかった。
「まぁいい。貴様の出来の悪い脳味噌でも、いずれはここが牢である事くらいは気付いていただろう。あえて一つ付け加えるとすれば、貴様が生きてこの牢を出る事はないが」
「それは困ったな。日に当たらないのは健康に悪そうだ」
「ふざけていられるのも今の内だ。すぐにでも拷問吏が到着する。そうなれば、私はこの場を去り、二度と貴様の忌々しい面を見ずに済む」
「もしそうなら、悪い事は言わないから、今の内に俺の顔を良く見ておいた方が良い。後でもっと見ておけばよかったと後悔するだろうからな」
「……くだらない戯言を」
脅迫にも軽口が止まらない事を悟ったか、ラフナは歪めた顔を逸らし俺から視線を外す。
とは言え、俺の方にもそれほど余裕があるわけではない。
鉄格子の牢の中、両腕は後ろで枷を嵌められ、懐に隠していた短剣も奪われている。辛うじて腰の鞘だけは残っているのは、脅威にはならないと判断されたためだろうか。どちらにしろこの状況から脱出するのは困難で、このままでは拷問を受ける事になるが、一介の『何でも切る屋』でしかない俺に拷問への耐性などあるわけもない。
自分の命を人より若干軽く見積もっているのは認めるが、痛いのも辛いのも人並みに苦手で怖い。囚われた身とはいえ、今は鉄格子越しだから虚勢を張ってもいられるが、実際に拷問などされる事になればすぐに泣き喚く羽目になるだろう。
「お前は俺を拷問しないのか? もしくは、できないのか」
「……貴様の問いに答える事はない、と言ったはずだ」
「違う、逆だ」
「逆……? 何が言いたい?」
「言った通りの意味だ。お前から俺に拷問……は嫌だけど、質問はないのか? もし何かあるなら答えてやる」
現状、俺に取れる行動は目の前のラフナと言葉を交わす事くらいだ。そして問うても答えが返って来ないというなら、残った手はこちらが答えるくらいしかない。
「信じると思うのか? 私が、貴様の言葉を」
「聞きたい事がないなら、別にそれでいい。そうなったら俺にはする事も無いから、返って来ない質問を延々続ける事になるだろうけどな」
「……………………」
俺の答えに、ラフナは目を細め押し黙る。もちろん、俺のかわいらしい脅しに恐れを成したわけはない。ラフナには、俺に聞きたい事があるのだ。
「……貴様達の目的は何だ?」
少しの間を置いて、ラフナは俺に問いを投げかけた。
「金だ」
「ふざけ――いや、聞いた私が馬鹿だった」
俺の答えが的外れである事に気付いたラフナは怒りを浮かべかけるも、直後には落胆と諦観の吐息を漏らした。
「ふざけてもいなければ嘘でもない。少なくとも俺は、リース・コルテットに雇われてこのハイアット市に足を運んだ傭兵でしかない」
「それこそくだらん。上官が……コルテットが貴様のような脆弱な傭兵を雇うものか」
話を切られてはたまらない、とこちらから一歩踏み込むも、ラフナの反応は意外に冷静なものだった。苛立っていたように見えたが思いのほか冷静なのか、あるいは最初から俺の話の運び方が間違っていたのか。
「リースの選択を俺に言われても困るな」
とは言え、方針を今更変えるわけにもいかない。
「どちらにしろ、俺達の仕事はもう終わりだ。俺が捕まった以上、残りの二人は諦めて切り上げる。そう考えれば……まぁ、たしかにリースが俺達を雇ったのは失敗だった」
「お前の仲間は、仲間も依頼人も捨てて逃げるのか?」
「だろうな。俺としては助けに来てほしいところだけど、あくまで俺達は全員が金と仕事の関係だ。わかっていて死地に飛び込む馬鹿はいない」
言葉を紡ぎながら、俺は引きが弱い事を悟っていた。これでは話が終わり、その後に仕切り直してラフナが問いを続けてくれる保証はない。
「強いて言うなら、リース自身が事を片付けてくれる可能性に賭けるくらいか。どの道、彼女だけは後には退けない」
「……いいだろう、聞いてやる」
今度は踏み込みすぎたか、俺の思惑はラフナに読まれていた。
「リース・コルテットの目的は何だ? 彼女は――指導員はどうして軍に牙を剥いた?」
それでも、ラフナは好奇心に勝てなかった。
なら、それでいい。後はどう話を運ぶかだ。
「重要なのは場所だ。リースは、あえて国防軍本部を出てこのハイアット市に侵入した」
「御託はいい。要点だけを――」
「ハイアット軍事都市は、人造魔剣の研究のために一から作られた街だ」
事実を口にしたのは、賭けだった。
「……つまり、指導員の目的は人造魔剣だと?」
「違う」
「貴様――」
「お前の思っている未完成の人造魔剣とは違う。このハイアット市には、すでに強力な兵器として完成した人造魔剣が存在する。リースの目的はそれを破壊する事だ」
一息に言い切ったのは、勢いで押し切るためもあるが、それ以上にラフナの反応を見るのが怖かったからだ。
この説得は、ラフナが人造魔剣の事情を知らない事を前提としたものだ。つまり、ここでの反応次第で説得の可否が、少なくとも否の場合には確定する。
「……完成した、人造魔剣?」
そして、浮かんだ反応は疑念だった。
「ハイアット軍事都市は外部、リロス国防軍の本部にすら隠れてその人造魔剣の研究を進めてきた。つまり、軍に背いたのはこのハイアット市の方で、リースは国防軍の主流派としてそれを止めに来た立場だ」
だから、ここで畳み掛ける。
「…………」
俺の告げた真実に、ラフナは黙り込んでしまう。相手に落ち着かれるのは俺としては望むところではないが、それ以上に続ける言葉も思い浮かばない。
「……なら、なぜ指導員は身柄を追われている? あの人が軍の指示でこのハイアット市に送り込まれたのだとしたら、お前達のような傭兵ではなく軍の手勢を従えていたはずだ」
「軍はハイアット市の造反も、人造魔剣の存在も内密に処理するつもりだった。だから、俺達は表向きには軍の命令で動いている部隊ではない。おそらく公に部隊を動かすのはそれが失敗した後、そうなった時に切り捨てるためにも、この潜入は少数でなおかつ部外者が主体の方が都合がいい、って事なんだろうな」
「成功したら儲け物、程度の捨て駒という事か」
「まぁ、そういう言い方もできるな」
実際には俺もリースと軍の関係を完全に把握しているわけではないが、推測が全くの的外れというわけでもないだろう。
「それを私に伝えて、貴様はどうしたい?」
「俺達に付け、ラフナ・ミラゼフ」
促される形になったのは不本意だが、説得のタイミングはここしかない。囚われた俺がここからある程度以上の勝算を持って逃げ出すためには、今のところラフナを味方に付ける以外の手段はないのだ。
「国防軍本部に目を付けられた以上、ハイアット軍事都市はすでに泥舟だ。お前が人造魔剣の陰謀に関わっていなかったとしても、その時が来れば巻き込まれる可能性は否めない。逆に俺達に付いて作戦の成功に貢献すれば、これ以上ない手柄になる」
「……下らないな。そもそも、私に貴様を信じる理由がない」
「なら、どうして俺に話を聞いた?」
ラフナの嘲笑から間を置かず、更に言葉を重ねる。
「わかっているはずだ。リースが軍を裏切るはずはないと」
断言に、根拠などはない。
結局のところ、これは賭けだった。
如何に上手く言葉を弄したとしても、それだけでラフナを味方に付ける事ができるというわけではない。俺からラフナに与えられるものなどほとんど存在せず、要求を呑ませるまで対価を積み続けるような手段が取れるわけもない。
だから、俺が賭けたのはただ一点。
ラフナがリースの事を強く信頼しており、なおかつ彼女の窮地を救いたいと考える場合にのみ、ラフナが俺達の側に付く可能性が生まれる。
「……………………」
俺の言葉を受けて、というよりも自分の中での整理を付けるためだろうか。ラフナは沈黙の中で目を閉じた。
正直、ここまでは上手く行き過ぎているくらいだ。だが、それでも――
「――なるほど、興味深い話ではあったね。ただし、いくつか間違いもある」
静寂を切り裂いたのは、男の声。
ラフナの右手、牢の中からは死角となっていた場所から姿を現したのは、これで三度目の対面となる青年剣使、アンデラ・セニアだった。
要するに、俺は餌を撒かれていたという事らしい。与し易い、少なくとも俺がそう考えるであろうラフナを見張りに付け、説得のために自ら情報を吐き出させる。アンデラ、あるいは彼に指示を出した者の目論見はそんなところだろう。
「……なるほど」
鸚鵡返しの納得は、だが半分以上が虚勢だった。
囚われの身、主導権のない状況。このような可能性も当然想定していてしかるべきだっただろう。だとしても、希望の芽が摘まれた事に変わりはなく、そこに落胆を覚えずにいられるほど俺の精神は強くはなかった。
「ここで全ての間違いを正すつもりはないけど、あえて一つだけ訂正しておこう」
ラフナを手でこの場から去らせて一歩、牢に触れるか触れないかの距離まで近付くと、アンデラは項垂れかけた俺に目線を合わせて静かに告げた。
「君には依頼以外の目的がある。そうだろう? シモン・ケトラトス」
そして彼の呼んだ名前は、紛れもなく俺の本名だった。
目覚めて最初に零れたのは、力無い笑みだった。
その意味はわからない。思うところはいくらでもあるが、その中のどれが笑みとして表に出たのかまでは、自分でも判別が付かなかった。
それに、今の俺には自身の感情を分析している余裕などない。すべき事は現状の把握、そしてこれから取るべき行動の選択だ。
「聞いてもいいか? どうして俺は生きている」
「知るか。むしろ、お前のようなものが生まれてきた理由など、私が知りたい」
鉄格子越しの返答は、棘のある声。聞き覚えのあるそれは、リースを元教官に持ち俺達を総司令部まで案内した女兵士、ラフナ・ミラゼフのものだった。
「哲学の話じゃない。あのままなら、俺は人造魔剣の、クーリアの力で死んだはずだ」
「何を言っているのかわからないが、お前は囚人で私は監視役だ。質問に答えてくれるなどと勘違いはしない方がいい」
「なるほど、ここは牢屋か。参考になった」
「……っ、貴様」
ラフナへと軽く挑発を飛ばすと、その効果はすぐに現れた。元から隠しもしていなかった不機嫌な声が更に怒気を帯び、正直怖いくらいだ。
それに、わかった事は他にもある。
ラフナは、クーリアの名前にこれといった反応を見せなかった。
「まぁいい。貴様の出来の悪い脳味噌でも、いずれはここが牢である事くらいは気付いていただろう。あえて一つ付け加えるとすれば、貴様が生きてこの牢を出る事はないが」
「それは困ったな。日に当たらないのは健康に悪そうだ」
「ふざけていられるのも今の内だ。すぐにでも拷問吏が到着する。そうなれば、私はこの場を去り、二度と貴様の忌々しい面を見ずに済む」
「もしそうなら、悪い事は言わないから、今の内に俺の顔を良く見ておいた方が良い。後でもっと見ておけばよかったと後悔するだろうからな」
「……くだらない戯言を」
脅迫にも軽口が止まらない事を悟ったか、ラフナは歪めた顔を逸らし俺から視線を外す。
とは言え、俺の方にもそれほど余裕があるわけではない。
鉄格子の牢の中、両腕は後ろで枷を嵌められ、懐に隠していた短剣も奪われている。辛うじて腰の鞘だけは残っているのは、脅威にはならないと判断されたためだろうか。どちらにしろこの状況から脱出するのは困難で、このままでは拷問を受ける事になるが、一介の『何でも切る屋』でしかない俺に拷問への耐性などあるわけもない。
自分の命を人より若干軽く見積もっているのは認めるが、痛いのも辛いのも人並みに苦手で怖い。囚われた身とはいえ、今は鉄格子越しだから虚勢を張ってもいられるが、実際に拷問などされる事になればすぐに泣き喚く羽目になるだろう。
「お前は俺を拷問しないのか? もしくは、できないのか」
「……貴様の問いに答える事はない、と言ったはずだ」
「違う、逆だ」
「逆……? 何が言いたい?」
「言った通りの意味だ。お前から俺に拷問……は嫌だけど、質問はないのか? もし何かあるなら答えてやる」
現状、俺に取れる行動は目の前のラフナと言葉を交わす事くらいだ。そして問うても答えが返って来ないというなら、残った手はこちらが答えるくらいしかない。
「信じると思うのか? 私が、貴様の言葉を」
「聞きたい事がないなら、別にそれでいい。そうなったら俺にはする事も無いから、返って来ない質問を延々続ける事になるだろうけどな」
「……………………」
俺の答えに、ラフナは目を細め押し黙る。もちろん、俺のかわいらしい脅しに恐れを成したわけはない。ラフナには、俺に聞きたい事があるのだ。
「……貴様達の目的は何だ?」
少しの間を置いて、ラフナは俺に問いを投げかけた。
「金だ」
「ふざけ――いや、聞いた私が馬鹿だった」
俺の答えが的外れである事に気付いたラフナは怒りを浮かべかけるも、直後には落胆と諦観の吐息を漏らした。
「ふざけてもいなければ嘘でもない。少なくとも俺は、リース・コルテットに雇われてこのハイアット市に足を運んだ傭兵でしかない」
「それこそくだらん。上官が……コルテットが貴様のような脆弱な傭兵を雇うものか」
話を切られてはたまらない、とこちらから一歩踏み込むも、ラフナの反応は意外に冷静なものだった。苛立っていたように見えたが思いのほか冷静なのか、あるいは最初から俺の話の運び方が間違っていたのか。
「リースの選択を俺に言われても困るな」
とは言え、方針を今更変えるわけにもいかない。
「どちらにしろ、俺達の仕事はもう終わりだ。俺が捕まった以上、残りの二人は諦めて切り上げる。そう考えれば……まぁ、たしかにリースが俺達を雇ったのは失敗だった」
「お前の仲間は、仲間も依頼人も捨てて逃げるのか?」
「だろうな。俺としては助けに来てほしいところだけど、あくまで俺達は全員が金と仕事の関係だ。わかっていて死地に飛び込む馬鹿はいない」
言葉を紡ぎながら、俺は引きが弱い事を悟っていた。これでは話が終わり、その後に仕切り直してラフナが問いを続けてくれる保証はない。
「強いて言うなら、リース自身が事を片付けてくれる可能性に賭けるくらいか。どの道、彼女だけは後には退けない」
「……いいだろう、聞いてやる」
今度は踏み込みすぎたか、俺の思惑はラフナに読まれていた。
「リース・コルテットの目的は何だ? 彼女は――指導員はどうして軍に牙を剥いた?」
それでも、ラフナは好奇心に勝てなかった。
なら、それでいい。後はどう話を運ぶかだ。
「重要なのは場所だ。リースは、あえて国防軍本部を出てこのハイアット市に侵入した」
「御託はいい。要点だけを――」
「ハイアット軍事都市は、人造魔剣の研究のために一から作られた街だ」
事実を口にしたのは、賭けだった。
「……つまり、指導員の目的は人造魔剣だと?」
「違う」
「貴様――」
「お前の思っている未完成の人造魔剣とは違う。このハイアット市には、すでに強力な兵器として完成した人造魔剣が存在する。リースの目的はそれを破壊する事だ」
一息に言い切ったのは、勢いで押し切るためもあるが、それ以上にラフナの反応を見るのが怖かったからだ。
この説得は、ラフナが人造魔剣の事情を知らない事を前提としたものだ。つまり、ここでの反応次第で説得の可否が、少なくとも否の場合には確定する。
「……完成した、人造魔剣?」
そして、浮かんだ反応は疑念だった。
「ハイアット軍事都市は外部、リロス国防軍の本部にすら隠れてその人造魔剣の研究を進めてきた。つまり、軍に背いたのはこのハイアット市の方で、リースは国防軍の主流派としてそれを止めに来た立場だ」
だから、ここで畳み掛ける。
「…………」
俺の告げた真実に、ラフナは黙り込んでしまう。相手に落ち着かれるのは俺としては望むところではないが、それ以上に続ける言葉も思い浮かばない。
「……なら、なぜ指導員は身柄を追われている? あの人が軍の指示でこのハイアット市に送り込まれたのだとしたら、お前達のような傭兵ではなく軍の手勢を従えていたはずだ」
「軍はハイアット市の造反も、人造魔剣の存在も内密に処理するつもりだった。だから、俺達は表向きには軍の命令で動いている部隊ではない。おそらく公に部隊を動かすのはそれが失敗した後、そうなった時に切り捨てるためにも、この潜入は少数でなおかつ部外者が主体の方が都合がいい、って事なんだろうな」
「成功したら儲け物、程度の捨て駒という事か」
「まぁ、そういう言い方もできるな」
実際には俺もリースと軍の関係を完全に把握しているわけではないが、推測が全くの的外れというわけでもないだろう。
「それを私に伝えて、貴様はどうしたい?」
「俺達に付け、ラフナ・ミラゼフ」
促される形になったのは不本意だが、説得のタイミングはここしかない。囚われた俺がここからある程度以上の勝算を持って逃げ出すためには、今のところラフナを味方に付ける以外の手段はないのだ。
「国防軍本部に目を付けられた以上、ハイアット軍事都市はすでに泥舟だ。お前が人造魔剣の陰謀に関わっていなかったとしても、その時が来れば巻き込まれる可能性は否めない。逆に俺達に付いて作戦の成功に貢献すれば、これ以上ない手柄になる」
「……下らないな。そもそも、私に貴様を信じる理由がない」
「なら、どうして俺に話を聞いた?」
ラフナの嘲笑から間を置かず、更に言葉を重ねる。
「わかっているはずだ。リースが軍を裏切るはずはないと」
断言に、根拠などはない。
結局のところ、これは賭けだった。
如何に上手く言葉を弄したとしても、それだけでラフナを味方に付ける事ができるというわけではない。俺からラフナに与えられるものなどほとんど存在せず、要求を呑ませるまで対価を積み続けるような手段が取れるわけもない。
だから、俺が賭けたのはただ一点。
ラフナがリースの事を強く信頼しており、なおかつ彼女の窮地を救いたいと考える場合にのみ、ラフナが俺達の側に付く可能性が生まれる。
「……………………」
俺の言葉を受けて、というよりも自分の中での整理を付けるためだろうか。ラフナは沈黙の中で目を閉じた。
正直、ここまでは上手く行き過ぎているくらいだ。だが、それでも――
「――なるほど、興味深い話ではあったね。ただし、いくつか間違いもある」
静寂を切り裂いたのは、男の声。
ラフナの右手、牢の中からは死角となっていた場所から姿を現したのは、これで三度目の対面となる青年剣使、アンデラ・セニアだった。
要するに、俺は餌を撒かれていたという事らしい。与し易い、少なくとも俺がそう考えるであろうラフナを見張りに付け、説得のために自ら情報を吐き出させる。アンデラ、あるいは彼に指示を出した者の目論見はそんなところだろう。
「……なるほど」
鸚鵡返しの納得は、だが半分以上が虚勢だった。
囚われの身、主導権のない状況。このような可能性も当然想定していてしかるべきだっただろう。だとしても、希望の芽が摘まれた事に変わりはなく、そこに落胆を覚えずにいられるほど俺の精神は強くはなかった。
「ここで全ての間違いを正すつもりはないけど、あえて一つだけ訂正しておこう」
ラフナを手でこの場から去らせて一歩、牢に触れるか触れないかの距離まで近付くと、アンデラは項垂れかけた俺に目線を合わせて静かに告げた。
「君には依頼以外の目的がある。そうだろう? シモン・ケトラトス」
そして彼の呼んだ名前は、紛れもなく俺の本名だった。
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