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Ⅱ Proficiency
2-6 前夜祭
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「――時に、お前は男を知らないのか?」
三角形のピザ生地を口に運びつつ、バスローブを身に纏ったアルバトロスがふと呟く。
「…………はぁっ!?」
その対面でなく隣に腰掛けていたアンナは、丸々二秒ほどの間を空けてから、勢い良く大声をあげた。
「急になにっ!? ま、まさか、そろそろピザ食べ終わるから、その後で私を食べようって事じゃ……?」
「いや、特に他意はない。ただ、風呂に入る前も、出た後も、体を見る度に騒ぐから、ふとそうなのかと思っただけだ」
咀嚼を終え、アルバトロスはまた一枚のピザへと手を伸ばす。
「しかし、このピザというものはなかなかに美味いな。食文化の発達は非常に喜ばしい」
「ちょっと、私の処女の話もう終わり!? アルバにとって私の膜一枚はピザ一枚に負けるくらいの価値しかないの!?」
「なんだ、答えたくないわけではなかったのか。では、どうなんだ?」
「ど、どうって……それは、その……って、食べるのやめろーっ!」
怒りの絶叫に、アルバトロスの口元まで運ばれていた手が降りていく。
「悪かった。それほど重要な話だとは考えていなかった。改めて聞かせてもらおう」
「いや、その、そんなに見られるとそれはそれで話し辛いんだけど……」
「話したくないのであれば、それでも構わないのだが」
「それはそれでイヤ! もっと興味持って!」
手を濡れた布で拭いながら、アルバトロスが小さく溜息。
「……お前は、何と言うか面倒な女だな」
「ヒドいっ!? やっぱり今の時代、膜付きなんて面倒なだけなのね……」
「今の時代についてはお前の方が良く知っているだろう」
泣き崩れる真似をしてみせるアンナをよそに、アルバトロスは淡々と食事を続けていく。
「じゃあ、昔から処女の価値ってのは……って、もうピザ無くなってるし!」
「なんだ、まだ食べるつもりだったのか? それなら、また頼めばいいだろう」
「あ、それもそっか。いやー、この仕事って意外と役得だねー」
ショックを受けていた様子はどこへやら、一気に顔をほころばせたアンナは胸ポケットから取り出した携帯端末を目も向けずに弄り、すぐに中に戻した。
「そうだ、仕事と言えば、アルバにもちょっとやってもらう事があるんだけど」
そして、立ち上がると、ソファーの脇に放り出されていた鞄を手に取って戻って来る。
「明日は朝から夜まで一日アルバの転生のお祝いをやるみたいで、アルバには転生された時の格好で儀式だとかに付き合ってもらう事になりそうなんだけど」
「象徴として扱われるのであれば、それも道理だろうな」
アルバトロスの頷きは、鞄から取り出した書類を眺めていたアンナの目には入らない。
「それで、その間に、またこないだみたいな襲撃ごっこがある手筈になってて。時間は夜の七時三十七分、式典が終わってからの食事会、これはアルバは参加しなくてもいいんだけど、その切り替えで場所を移動する前の時間に三人組が襲ってくる、って事みたい」
「それを撃退する、という小芝居を演じれば良いと。だが、そんな場で俺が自ら動くのでは、同時に警備の杜撰さを披露する事にはならないか?」
「うん、それはそうなんだけど。まぁ、その時になったら一瞬だけアルバの警備担当を外れるつもりだから、あんまり心配しないでも平気かな」
「特にお前個人を心配していたわけではないのだが」
笑顔のアンナに視線を向け、呆れたような呟きが漏れる。
「まぁ、そういう事もあって、アルバにはできるだけ派手な呪文を使って場を沸かせてもらいたいんだけど、なんかいいのある?」
「派手な呪文、か。実用性を犠牲にすれば、それだけ演出に気を使う事はできるが……」
若干考える様子を見せながら、アルバトロスが言葉を続ける。
「そもそも、俺はこの時代において実戦に耐え得る魔術の水準を完全に把握しているわけではない。いくら小芝居、上手く襲撃者が倒れてくれる手筈であっても、あまりに不自然な形になっては観衆の目にもただの茶番としか映らないだろう」
「あー、なんだ、そんな事? それなら別にアルバの好きにやっちゃって大丈夫だよ」
不可解な表情のアルバトロスに、アンナはどこか苦笑にも見える笑みを向ける。
「アルバの時代はどうだったか知らないけど、この時代、特にこのマレストリ王国の一般的な国民は、魔術についての知識をほとんど持ってないから。やたらと芝居掛かった長い詠唱でもしない限り、大体何をしても平気じゃないかな」
「それだけ平和な国だという事か」
「正確には平和だった、なんだけどね。一応、今も戦争の真っ最中なんだけど、戦線が国土内にまで来ないからって、普段通りにしてられるくらいにはみんな平和ボケしてる」
アンナの声は、呆れを通り越して、嘲りを多量に含んでいた。
「だが、今回はそれが好都合なのだろう」
「まぁね。そもそも、見ただけでその魔術の有効性がわかるほど優れた魔術師なんかは騎士団にだってほとんどいないから、アルバくらいの腕があればどうにでもなるよ」
一段階ほど明るくなった声を聞き、アルバトロスはアンナをまっすぐに見つめる。
「俺くらいの腕、か。お前は、俺の力をどの程度だと見ているんだ?」
「いや、正直私もほとんどわかんないけどね。アルバが本気で戦うところなんて、0,01秒くらいしか見れてないし」
ともすれば皮肉の意にも取れる言葉に、アルバトロスが眉一つ動かさない事を確認してアンナは続ける。
「でも、あくまで予想だけど、悪くはないんじゃない。襲撃ごっこの時の呪文は発動も遅くはないし、威力もそれなりだったと思うよ。それに、あの変装呪文の完成度は、この時代にしても相当高いし。認定試験を受ければ、等級五から八の間くらいになるかな」
「随分と幅が広いな」
「だから、最初にわかんないって言ったじゃん」
「それはわかっている。文句を言っているわけではない」
頬を膨らませてみせるアンナを制すように、アルバトロスの右手が上がる。
「できれば正確な現在地点を知っておきたくはあったが、どちらにしろ目指すところは変わらない。頂点までの道程で、嫌でもその距離はわかるだろう」
「……頂点」
当然のように言い捨てたアルバトロスの言葉を、アンナは嗤うでもなく復唱した。
「うん、私も結構そういうの好きだな。よって、この私が稽古してあげよう」
「……ふっ、稽古、か。なるほど、そういうのも面白いのかもしれないな」
返事と共に、アルバトロスの口から小さな笑い声が漏れる。
「あーっ、もしかして馬鹿にしてる? 一応言っとくけど、私、結構強いんだからね。昔どれだけ強かったのか知らないけど、アルバだって余裕で倒せちゃうんだから」
「いや、そういうわけではない。ただ、今の状況が少し可笑しく感じただけだ」
怒ったように睨みつけた先、アルバトロスに穏やかな笑みを返され、アンナの表情もまた笑みへと変わっていく。
「そっか、それなら許してあげよう」
円弧を描いた瞳、そして唇は、しかし次の瞬間には大きく開かれる。
「それより、アルバ、笑うとかわいいっ! ちょっとだけ抱きしめていい?」
「許可を得ずに実行するな。離れろ」
机を挟んでいたはずの二人の距離は、すでに零。
アンナの腕の中でアルバトロスの笑みは完全に消え、憮然とした表情へと変わっていた。
「あぁっ、笑ってって言ってるのに。よーし、じゃあ、笑うまで離さないぞー」
「いいから離れろ。俺は47だぞ」
「もうそれ嘘だって聞いたしー。後、体が23歳って言うのも嘘でしょ? この肌の感じとか、どう考えてももっと若いもんっ」
「あぁ、もう面倒臭い……кyк」
悪態と共に吐き捨てられた低い声に呼応して、アルバトロスを中心に水が弾ける。
「わっ……だから危ないってば!」
急速に飛び退いたアンナの前、部屋を濡らす事なく洪水は消えていった。
「俺なんて余裕なんだろう? 稽古をつけてくれると言ったじゃないか」
「もしかして根に持ってる!? やっぱり、アルバって結構子供だよねっ!」
「ほう、児戯に過ぎないとまで言うか。いいだろう」
「言ってないから! ねぇ、聞いてる!?」
再度、水流に追われるアンナの叫びの中、宅配ピザ到着の連絡を告げるベルの音が掻き消されていた事に二人が気付いたのは、それから数分後の事だった。
三角形のピザ生地を口に運びつつ、バスローブを身に纏ったアルバトロスがふと呟く。
「…………はぁっ!?」
その対面でなく隣に腰掛けていたアンナは、丸々二秒ほどの間を空けてから、勢い良く大声をあげた。
「急になにっ!? ま、まさか、そろそろピザ食べ終わるから、その後で私を食べようって事じゃ……?」
「いや、特に他意はない。ただ、風呂に入る前も、出た後も、体を見る度に騒ぐから、ふとそうなのかと思っただけだ」
咀嚼を終え、アルバトロスはまた一枚のピザへと手を伸ばす。
「しかし、このピザというものはなかなかに美味いな。食文化の発達は非常に喜ばしい」
「ちょっと、私の処女の話もう終わり!? アルバにとって私の膜一枚はピザ一枚に負けるくらいの価値しかないの!?」
「なんだ、答えたくないわけではなかったのか。では、どうなんだ?」
「ど、どうって……それは、その……って、食べるのやめろーっ!」
怒りの絶叫に、アルバトロスの口元まで運ばれていた手が降りていく。
「悪かった。それほど重要な話だとは考えていなかった。改めて聞かせてもらおう」
「いや、その、そんなに見られるとそれはそれで話し辛いんだけど……」
「話したくないのであれば、それでも構わないのだが」
「それはそれでイヤ! もっと興味持って!」
手を濡れた布で拭いながら、アルバトロスが小さく溜息。
「……お前は、何と言うか面倒な女だな」
「ヒドいっ!? やっぱり今の時代、膜付きなんて面倒なだけなのね……」
「今の時代についてはお前の方が良く知っているだろう」
泣き崩れる真似をしてみせるアンナをよそに、アルバトロスは淡々と食事を続けていく。
「じゃあ、昔から処女の価値ってのは……って、もうピザ無くなってるし!」
「なんだ、まだ食べるつもりだったのか? それなら、また頼めばいいだろう」
「あ、それもそっか。いやー、この仕事って意外と役得だねー」
ショックを受けていた様子はどこへやら、一気に顔をほころばせたアンナは胸ポケットから取り出した携帯端末を目も向けずに弄り、すぐに中に戻した。
「そうだ、仕事と言えば、アルバにもちょっとやってもらう事があるんだけど」
そして、立ち上がると、ソファーの脇に放り出されていた鞄を手に取って戻って来る。
「明日は朝から夜まで一日アルバの転生のお祝いをやるみたいで、アルバには転生された時の格好で儀式だとかに付き合ってもらう事になりそうなんだけど」
「象徴として扱われるのであれば、それも道理だろうな」
アルバトロスの頷きは、鞄から取り出した書類を眺めていたアンナの目には入らない。
「それで、その間に、またこないだみたいな襲撃ごっこがある手筈になってて。時間は夜の七時三十七分、式典が終わってからの食事会、これはアルバは参加しなくてもいいんだけど、その切り替えで場所を移動する前の時間に三人組が襲ってくる、って事みたい」
「それを撃退する、という小芝居を演じれば良いと。だが、そんな場で俺が自ら動くのでは、同時に警備の杜撰さを披露する事にはならないか?」
「うん、それはそうなんだけど。まぁ、その時になったら一瞬だけアルバの警備担当を外れるつもりだから、あんまり心配しないでも平気かな」
「特にお前個人を心配していたわけではないのだが」
笑顔のアンナに視線を向け、呆れたような呟きが漏れる。
「まぁ、そういう事もあって、アルバにはできるだけ派手な呪文を使って場を沸かせてもらいたいんだけど、なんかいいのある?」
「派手な呪文、か。実用性を犠牲にすれば、それだけ演出に気を使う事はできるが……」
若干考える様子を見せながら、アルバトロスが言葉を続ける。
「そもそも、俺はこの時代において実戦に耐え得る魔術の水準を完全に把握しているわけではない。いくら小芝居、上手く襲撃者が倒れてくれる手筈であっても、あまりに不自然な形になっては観衆の目にもただの茶番としか映らないだろう」
「あー、なんだ、そんな事? それなら別にアルバの好きにやっちゃって大丈夫だよ」
不可解な表情のアルバトロスに、アンナはどこか苦笑にも見える笑みを向ける。
「アルバの時代はどうだったか知らないけど、この時代、特にこのマレストリ王国の一般的な国民は、魔術についての知識をほとんど持ってないから。やたらと芝居掛かった長い詠唱でもしない限り、大体何をしても平気じゃないかな」
「それだけ平和な国だという事か」
「正確には平和だった、なんだけどね。一応、今も戦争の真っ最中なんだけど、戦線が国土内にまで来ないからって、普段通りにしてられるくらいにはみんな平和ボケしてる」
アンナの声は、呆れを通り越して、嘲りを多量に含んでいた。
「だが、今回はそれが好都合なのだろう」
「まぁね。そもそも、見ただけでその魔術の有効性がわかるほど優れた魔術師なんかは騎士団にだってほとんどいないから、アルバくらいの腕があればどうにでもなるよ」
一段階ほど明るくなった声を聞き、アルバトロスはアンナをまっすぐに見つめる。
「俺くらいの腕、か。お前は、俺の力をどの程度だと見ているんだ?」
「いや、正直私もほとんどわかんないけどね。アルバが本気で戦うところなんて、0,01秒くらいしか見れてないし」
ともすれば皮肉の意にも取れる言葉に、アルバトロスが眉一つ動かさない事を確認してアンナは続ける。
「でも、あくまで予想だけど、悪くはないんじゃない。襲撃ごっこの時の呪文は発動も遅くはないし、威力もそれなりだったと思うよ。それに、あの変装呪文の完成度は、この時代にしても相当高いし。認定試験を受ければ、等級五から八の間くらいになるかな」
「随分と幅が広いな」
「だから、最初にわかんないって言ったじゃん」
「それはわかっている。文句を言っているわけではない」
頬を膨らませてみせるアンナを制すように、アルバトロスの右手が上がる。
「できれば正確な現在地点を知っておきたくはあったが、どちらにしろ目指すところは変わらない。頂点までの道程で、嫌でもその距離はわかるだろう」
「……頂点」
当然のように言い捨てたアルバトロスの言葉を、アンナは嗤うでもなく復唱した。
「うん、私も結構そういうの好きだな。よって、この私が稽古してあげよう」
「……ふっ、稽古、か。なるほど、そういうのも面白いのかもしれないな」
返事と共に、アルバトロスの口から小さな笑い声が漏れる。
「あーっ、もしかして馬鹿にしてる? 一応言っとくけど、私、結構強いんだからね。昔どれだけ強かったのか知らないけど、アルバだって余裕で倒せちゃうんだから」
「いや、そういうわけではない。ただ、今の状況が少し可笑しく感じただけだ」
怒ったように睨みつけた先、アルバトロスに穏やかな笑みを返され、アンナの表情もまた笑みへと変わっていく。
「そっか、それなら許してあげよう」
円弧を描いた瞳、そして唇は、しかし次の瞬間には大きく開かれる。
「それより、アルバ、笑うとかわいいっ! ちょっとだけ抱きしめていい?」
「許可を得ずに実行するな。離れろ」
机を挟んでいたはずの二人の距離は、すでに零。
アンナの腕の中でアルバトロスの笑みは完全に消え、憮然とした表情へと変わっていた。
「あぁっ、笑ってって言ってるのに。よーし、じゃあ、笑うまで離さないぞー」
「いいから離れろ。俺は47だぞ」
「もうそれ嘘だって聞いたしー。後、体が23歳って言うのも嘘でしょ? この肌の感じとか、どう考えてももっと若いもんっ」
「あぁ、もう面倒臭い……кyк」
悪態と共に吐き捨てられた低い声に呼応して、アルバトロスを中心に水が弾ける。
「わっ……だから危ないってば!」
急速に飛び退いたアンナの前、部屋を濡らす事なく洪水は消えていった。
「俺なんて余裕なんだろう? 稽古をつけてくれると言ったじゃないか」
「もしかして根に持ってる!? やっぱり、アルバって結構子供だよねっ!」
「ほう、児戯に過ぎないとまで言うか。いいだろう」
「言ってないから! ねぇ、聞いてる!?」
再度、水流に追われるアンナの叫びの中、宅配ピザ到着の連絡を告げるベルの音が掻き消されていた事に二人が気付いたのは、それから数分後の事だった。
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