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君だけの○○だから

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「……黒瀬、くん……」
「……この人に、指一本でも触れた奴。今正直に名乗り出たら――半殺し程度で許してやるよ」

 ――まさか、本当に助けにきてくれるなんて。

 ゆったりとした足取りで歩いてくる黒瀬くんの顔には、いつもの不敵な笑みも浮かんでいなければ、普段の余裕そうな雰囲気も、その面影すら感じない。今にも喉元に噛みついてきそうな……獰猛さを感じる、獣のような形相をしていた。

「やぁ、皇慎二の忠犬くん。呼び出したのは若頭の方だったんだけど……まぁ、君にも会いたいと思っていたからね。ちょうど良かったよ」
「……」
「実は君に、話があってね。単刀直入に言うけど、正式にウチの組に入る気はないかな? ウチの方が金払いもいいし、君ほどの実力があれば、組の幹部として伸し上がるのも簡単だと思うよ?」
「……」
「あぁ、それに、君が望むなら…「さっきからお前さ、何? ……ウルセェよ」

 糸目の男性の言葉を遮った黒瀬くんの口調は、いつもよりずっと低くて、荒っぽい。

「何か勘違いしてるみたいだけど、俺は皇組の犬になった覚えはねーよ。お前らのくだらねー揉め事に巻き込むな。死にたいのか?」
「ははっ、噂通りの狂犬ぶりだな。君を飼い慣らすことができれば、さぞや組のために貢献してくれるんだろうな」
「はっ、馬鹿じゃねーの。俺を飼い慣らせるとしたら……んなことできるのは、この世で一人だけだよ。俺は――その人だけのモノだから」

 目が合った黒瀬くんは表情を和らげて、私を安心させるように微笑んだ。

「ふっ、ハハハッ! それじゃあ、この女がコッチ側にいる限り、お前は俺たち葛木組の言いなり、……!」

 糸目の男性の言葉が、そこで途切れた。
 何故なら、物凄いスピードで駆けてきた黒瀬くんが、躊躇なく飛び蹴りをしたからだ。
 「ガハッ」と声にならない声を漏らしながら、男性は勢いよく吹っ飛んでいく。そして、倉庫の奥の方に積まれていた鉄製のタンクの山に、派手な音を響かせて突っ込んだ。

「……おい、お前ら」
「ヒィッ……!」
「さっさとその薄汚ねぇ手、どかせよ」

 私を取り囲んでいた男たちは呆然としていたけれど、黒瀬くんの一睨みで、サッと顔色を悪くする。

「うっ……うるせぇ! カタギの餓鬼が口出ししてんじゃねーぞ!」
「兄貴に手ぇ出した落とし前は、きっちり付けてもらうからな!」
「そうや!」
「いくぞお前ら! 餓鬼一人だ!」

 けれどスキンヘッドの男の声を皮切りにして、他の者たちも奮い立つように声を上げながら立ち上がり、一斉に黒瀬くんに向かっていった。
 でも黒瀬くんは多数相手にも一切怯むことなく、向かってきた男たちを軽々とあしらったり、見ているだけでも痛そうな蹴りや拳を容赦なくふるっている。
 黒瀬くんの表情は、瞳孔が開き、口許には笑みを浮かべている。まるで……喧嘩することを楽しんでいるみたいだ。

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