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あつあつシチューと苺のケーキ

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 そのまま有難くカクテルを頂いていれば、マスターの肩に凭れ掛かった黒瀬くんが、よろよろと覚束ない足取りで歩いてくる。

「……お姉さん、本当にきてくれたんだ」
「そりゃあ、約束したし……きますよ」
「……うん。ありがとう」

 いつもの作り物みたいに綺麗な笑い方じゃない、ふにゃりと笑った黒瀬くんの表情が少しだけ幼く見えて、何だか少し、ドキッとしてしまう。
 マスターから黒瀬くんを受け取って、カクテルの代金を支払おうとすれば「椿の送り賃だよ。足りないくらいだろうけど、受け取ってくれ」とタクシー代まで手渡してくれた。

「椿の分は貸しだからな」
「……えぇ、マスターってばケチだな」
「当たり前だろ。いいから、さっさと帰って休め」

 マスターに見送られるまま店外に出て、近場まで呼んでおいたタクシーに乗り込む。

「黒瀬くん、家の場所言える?」
「んー……」

 熱があるせいで眠たいのか、とろんとした目をしている黒瀬くんは、いつもよりゆったりとした口調で何とか住所を口にした。行き先を聞いた運転手は、直ぐに車を発進させる。
 そして、夜の街を走ること十数分ほどで、タクシーは停車した。

「……ええっと……此処で、間違いないんだよね?」

 運転手さんに代金を支払って、車から下りる。
 目の前にあった二階建ての建物は――言い方は悪いが、驚くほどのボロアパートだった。正直、何か霊的なものが出てきそうな雰囲気まで漂っているし、二階に続く外階段は今にも崩れ落ちてきそうだ。
 私の肩に凭れ掛かっている黒瀬くんに問いかけるけど、返答は「んー……」とはっきりしない。意識はもう、半分夢の中みたいだ。

「……あの、すみません。もう少し乗せてもらってもいいですか?」

 黒瀬くんを連れたまま再びタクシーに乗り込み、運転手に別の行き先を告げる。発進した車内で揺られながら「ふぅ」と吐息を漏らし、車窓の外を見つめぼうっとしながら考えるのは、隣で眠っている黒瀬くんのことだ。

 ――マスターにも家まで送り届けてほしいと言われただけで、別に私がお節介を焼く必要はないって、分かってるんだけど。でも……。

「(……放っておけないんだよなぁ)」

 自分でも何故ここまでしているのか分からないけど、やっぱりあの家に黒瀬くんを一人残していくことには不安が残ってしまって。
 隣ですぅすぅと寝息を立てている綺麗な横顔を見ながら、私は何故か、この前見た彼の寂しそうな笑顔を思い出してしまった。

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