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朝、朝食の席にて

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「なるほど、マサヤ殿の状況は解りました。それで、リアの方はどういうことなんですか?」



 僕達二人はイライラとしているライラの前で正座をさせられ、尋問を受けていた。



「わ、私はその……寝ているマサヤの顔を見ていたら気持ちよさそうだなって思って、ついつい潜り込んじゃって……」



「ついつい、ではありませんわ! なんでそんな二人だけでうらやま……ゴホン。淑女が殿方のベッドに忍び込むなんて破廉恥な真似、わたくしの家にいる間は禁止ですからねッ!!」



「ご、ごめんなさい、ライラ」



 しゅーんとしたリアに、ライラもちょっと言い過ぎたと思ったのか、慌てたように付け足した。



「そ、そんなに人恋しいならわたくしと一緒に寝ればいいじゃありませんか!」



 するとリアは首を傾げて逆に問い返した。



「え? でも昨日はリイラと一緒に寝たんだよね?」



「あうっ……そうでした……」



 今朝の衝撃が強すぎてすっかり消し飛んでしまったのか、ライラは肩を落とすと大きな溜息をついた。



「もういいですわ。それより、朝食ですので食べに行きますわよ」



「あれ? ちょっと待って、何でライラはマサヤの部屋に来たの?」



「えっ? で、ですから朝食のお誘いに来たのですわ」



 すると今まで大人しくしてたリアの目がキラリと光った……気がした。



「そんなの普通メイドさんに頼むよね? ライラ、もしかしてあなた……」



 増々不審を募らせるリアに、今度はライラがおどおどとし始める。



「な、何も私がマサヤ殿を起こしに来たとかそういうことではありませんわ!!」



 すっかり自爆してるライラに、リアはカッとなった。



「ずるい! ライラも人のこと言えないじゃない! ライラだってマサヤのベッドに入って一緒に寝るつもりだったんでしょ!」



 問い詰められ、ライラはがんがん墓穴を掘っていく。目がぐるぐる回って自分でも何を言っているのか解らないような状態なのだろう。だから僕はこの次の言葉は聞かなかった事にしてあげた。



「そんな事しませんわ!! と、と、殿方のベッドなど……ただマサヤ殿の寝顔を拝見しようかなって……わーっ! 今のはなしですわ!」



「マサヤは私のパートナーなんだから! 取っちゃダメ!」



「と、取るだの何だのなどというお話はしておりません! マサヤ殿とはまだ知り合ったばかりですし……」



 チラッとこちらに視線を向けて、恥じらうライラは凶悪に可愛かった。しかしその視線をリアがインターセプト! がるるるとうなって威嚇する。もうどうしたものかと呆れていると、メイドさんが一人やってきて、困ったような顔で呟いた。



「僭越ながら、皇帝陛下をお待たせするわけには参りませんのでお急ぎくださいますよう……」



「「「あっ」」」



 まさか皇帝陛下より後に来ましたなんて通るはずがないだろうことは容易に想像がつく。僕達は急いで食堂へと向かうことになった。



 食堂につくと、そこには本来なら顔立ちの整ったイケメンなのだろうが、仏頂面で座っているやたら体格のいい青年と、メガネを掛けて本を読みふける少年、そしてリイラがいた。謹慎処分とはいえ今朝は特別に同席することを許されたのだ。リイラはかなり居心地悪そうにしていたが、ライラが入ってきた姿を認めるとぱっと笑顔を咲かせる。



「お姉さま!」



 次いで、仏頂面の青年がライラに不満をぶつける。



「ふん、やっと来たか」



「……」



 少年だけは顔も上げずに本をめくり続けている。



「遅れてごめんなさい。こちらはお客人の勇者リアと勇者カガリ殿よ。リアの方はもう皆知っているわね」



「姉上、昨晩の一件についてお訊ねしたい! そこにいる愚妹の事もだ!」



 青年だと思っていたら、どうやら彼が武闘派で噂の第一皇子らしい。リイラを指差して吠えている。



「食堂で大声を上げないで。きちんと説明いたします」



 しかしライラはそんな第一皇子を軽くいなして、席についた。僕とリアも指定された席へと案内され、着席する。



「皇帝陛下がいらっしゃるまでに簡潔に説明します。リイラは魔族に洗脳されていました。それを正し、洗脳を解いて本日は彼女の心の弱さの原因となった健康の問題を異世界の勇者殿が解決してくれる手はずとなっております」



 静かに説明をしたライラに対し、第一皇子は机をバンっと勢い良く叩く。



「到底そのような説明で納得出来るわけがない! そこの愚妹はあろうことか私と手を組んで謀反の片棒を担がせようとしたのだぞ! 無論、一蹴してやったがな!」



 どうやら第一皇子は武闘派とはいえそこまでバカではなかったようだ。例の執事は説得に失敗したらしい。



「ハルマン兄さん、静かにしてよ。読書に集中出来ない」



 そんな第一皇子に、少年が苦言を呈する。



「ポルス! お前がそんな調子だからそこの愚妹が調子に乗るんだぞ!」



「僕には関係ないことだよ。どうせ皇位継承権もあってないようなものだし、僕は研究者になるんだから」



 弟の余りにも興味のなさぶりに、ハルマン皇子は首を振って頭を抱えた。



「情けない……それでも我がルーラン皇家の血筋を名乗るのか」



「だから名乗らないって言ってるじゃない。僕はそのうち皇家から出るんだから。リイラ姉さんが何を考えてたって僕には関係ないよ」



「ポルス!」



 怒鳴られ、ポルス皇子もいい加減腹に据え兼ねたのか本を閉じてハルマン皇子に言い返した。



「兄さん、なら兄さんこそ何を考えているのさ? 皇子が軍の統率するなんて友好国にまで影響が出かねないって解ってるの? 次の政権が軍事国家になったとしたら、周辺国に無用な警戒を与えるのは解ってるよね?」



「うぐっ、そ、それは……」



「自分の好きなことをして過ごす。僕と兄さんの違いは何? なんで僕だけ責められなくちゃいけないの? ライラ姉さんもリイラ姉さんも好きなことをして生きてきた、なら僕だって自由にしたっていいじゃないか」



 どうやらポルス皇子は姉弟の中で一番年少でありながら口がよく回るらしい。ぽんぽんと出て来る文句に、ハルマン皇子は元より、ライラやリイラまで静かに俯いてしまっている。



「それにリイラ姉さんが魔族に洗脳されていたのなら、悪いのは魔族だ。僕はそう思うよ」



「ポルス……」



 最後の最後に、姉を慮るような事を言ってポルス皇子は再び読書に戻った。リイラはそんな弟を複雑な眼差しで見つめる。



「ポルスの言うとおり、悪いのは魔族です。それと、態度を決め兼ねていたわたくしの不明でもあります。改めて宣言すると致します。わたくし、ライラ・エルトゥナ・ルーランはこの国を背負って立つ覚悟を決めた、と」



「ライラ姉様、本気なのだな?」



 疑うような眼差しを向けるハルマン皇子に、ライラは真っ向から視線をぶつけて、力強く頷いた。



「……本当なら、皇帝陛下も安心して退位出来るがな」



「そんなにすぐに退位するわけにはいかんな」



 ハルマン皇子の声に答えるように、皇帝陛下が食堂に姿を現す。すると全員が一斉に席を立ち礼をしているので、僕も慌ててそれにならった。



「良い、客人の前だからと言って硬苦しくする必要はない。呼び名もいつものようにしてかまわぬ」



 皇帝陛下が着席した後、皆が着席する。すると真っ先に口火を切ったのはハルマン皇子だった。



「なら聞くがよ、父上。本当にライラ姉様で大丈夫なんだろうな? こう言っちゃなんだが、俺はまだ信用しきれてねえ」



「お前がそう思うのも無理からぬ事。しかし昨晩の電撃作戦や、魔族の企みを阻止したその手腕。そしてそれでも尚失わぬ優しさ。私はライラにようやく希望を見出すことが出来た」



 ライラ自身も耳に痛い言葉だったのだろうが、静かに皇帝陛下の話しに耳を傾けている。面白くなさそうな顔をしていたハルマン皇子も、皇帝陛下の太鼓判にしばらく難しい顔を見せていたが、ふうっと一息つくとライラに顔を向けた。



「解った。父上がそこまで言うのならもう何も言わねえ。ちょっと遅いくらいだが、今から立派な皇帝を目指してがんばってくれ。リイラの事も姉様に任せる。俺はそれを支える」



 ハルマン皇子の心が動いたのがライラにも伝わったのだろう、彼女は穏やかに微笑んだ。



「ありがとう、ハルマン」



「ふん」



 ハルマン皇子が鼻を鳴らしたが、それは照れ隠しのように見えた。



「では遅くなったが朝食にしよう。お客人もゆっくりと楽しんでくれ」



「ありがとうございます、皇帝陛下」



「あ、ありがとうございます」



 優美な礼を取るリアは流石はお姫様なだけはあるな。しかし僕の方はどうしたってこっちの礼儀作法なんて知りやしない。こりゃ簡単なものでも習っておかないとまずいな、と思ったところで料理が運ばれてきた。



「おお、美味しそうだ」



 僕は思わず感嘆の声を上げてしまった。朝からほかほかの焼き立てパンが食べられるとは、なんと幸せなことか。しかし喜んでいる僕に対して、他の皇家の皆さんはうんざりと言った顔をしていた。あれ? この光景どこかで見たような?



 すると、皇帝陛下がすぐそばに立つ執事風の老年の男性に声をかける。



「のう、今日はお客人もおることだし毒見は……」



「なりません、皇帝陛下。特に今は事件が起きたばかり、我々も警戒しなければいけません」



 あっ、これ公爵のお城で見た光景だわ。そういやライラは実家でも味気ない食事をしていたと咽び泣く勢いで礼を言ってきていたのを思い出した。



「あの、僕なら毒を完全に無効化できるので毒見は必要ありませんよ」



 何となく皇家の皆さんが可哀想になって、言い出したのだが、それに予想以上に食いついてきたのはポルス皇子だった。



「本当ですか!? 温かい食事を食べられるのですか?」



「え、ええ。まあとりあえず魔法を使ってみましょう。“アンチ・ドーテ”」



 ぶわっと僕を中心に魔力の波が食卓を包み込み、全ての食事が無毒化された。



「い、異世界の勇者殿はそのような事も出来るのか! ふぉっほっほ、これは愉快! のう、これならば毒見も必要あるまい?」



「し、しかし本当に無毒化されているのかが――」



 尚も心配そうな執事さんに、ライラが声をかける。



「わたくしは目の前で叔父様が錬金術に使う毒の秘薬が完全に無毒化されているのを見ました。大丈夫です、彼の魔法は信頼できますわ」



 第一皇女がお墨付きをくれたおかげで、他の皇家の人たち、終始顔に陰りがあったリイラですら喜びに笑みを綻ばせる。



「――わかりました。万が一があれば勇者殿に責任を取っていただきます」



 怖い事を言いながらも認めてくれた執事さん。それにわっと皇家の皆が喜びを隠そうともせずに早速温かいパンやスープ、肉料理等を堪能していた。



「これはずっとカガリ殿に城に留まってもらいたいくらいじゃのう」



「は、ははは……」



 皇帝陛下の本気とも取れる冗談に、僕は乾いた笑いを返すことしかできなかった。
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