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皇帝の器

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 時間はもう深夜に差し迫ろうとしている時、緊急事態ということもあり謁見は速やかに叶った。今、僕達はこの国の皇帝、ルーラン13世陛下の前で跪いている。縄をうたれたリイラもまた、土下座をするようなポーズで待機していた。



「面を上げよ」



 その重々しい言葉に、一同は顔をあげる。この場には、皇帝陛下、ライラ、リア、僕、リイラと近衛騎士が数名いるだけだった。初めて見る皇帝陛下は公爵が言っていたような年齢には見えず、まだまだ現役で通用しそうな威厳をもった精悍な顔立ちをしている。流石公爵の兄というだけあって、かなりその顔立ちは似ていた。



「ライラよ。率直に聞こう。そなたが言うリイラの謀反は誠か?」



「はい、陛下。ここにいるリイラ・ルーランは我が身を暗殺し皇位継承を狙っていた事が明白となったために、先んじて手をうち、捕縛しました。本人も自白しております」



 皇帝はじっとライラの顔を見詰め、ふっと表情を緩めた。



「変わったな、ライラ。お主は少々気が緩み過ぎのきらいがあった。それが今は堂々と私と接している。……そうせざるを得なかった理由があったのは、悲しきことだがな」



 次に皇帝はリイラの方を向くと、リイラはビクっと肩を揺らして目線をそらした。



「目を逸らすでない!」



「は、はい!」



 一喝され、泣きそうになりながらリイラは皇帝と顔を見合わせる。



「まさかお前がそのような恐ろしい事を考えていたとは、思いもしなかった。しかし、病弱な身体を与えてしまったのは私の至らぬ所。それが歪んだ心を産んだというのなら、その責は私にもあろう。許せ、リイラよ」



「こ、皇帝陛下……わたしは……」



 まさか皇帝がリイラに謝罪するとは思わなかったのだろう、彼女は狼狽えてどうすればいいのか解らなくなっていた。



「次に、友邦テレシー国の姫、いや勇者リアか。それと異世界の勇者とやら。此度の事件に骨を折ってくれたそうで礼を言う。おかげでライラも一回り成長したのだろう」



「いえ、陛下。私は勇者としての立場から友を助け、悪をくじいたまでのことです!」



「ぼ……私も、彼女のパートナーとして動いたに過ぎません。身に余る光栄です」



「そう謙遜するな。聞けば一気にライラ達をリイラの部屋へと運んだそうではないか。いったいどのようにして?」



 そこは敢えて説明していなかったので、絶対に突っ込まれる事は目に見えていた。なので事前に打ち合わせていたとおりの言葉を紡ぐ。



「それは異世界の魔法です。他にも何種類か、異世界の魔法を私は扱う事ができます」



「そうか。異界の魔法か。……それが我が国に牙を剥く事のないよう、身を引き締めねばな」



 今、皇帝は謙遜と共に牽制してきた。それが解らないほど子供でもないので、無難な返答をする。



「パートナーのリアとライラ姫殿下の友誼ゆうぎが破られぬ限り、その心配はご無用かと」



「うむ。私もこれからもテレシー国とは友好を築いていきたいと思っている。その言葉が聞けて安心した」



 頷いた皇帝は、ライラへと再び顔を向けた。



「さて、皇家への反逆罪は大罪。当然その処分は苛烈なものとなろう。ライラ、構わぬな」



 皇帝は試している。ライラが、国のために己の甘さを切り捨てられるかどうか。横のリイラは絶望を顔に浮かべて沙汰を待っている状態だ。しかし、皇帝やリイラの考えを否定するように、ライラは首を横に振った。



「いいえ、陛下。此度の騒動は全て魔族の仕業です」



「……ほう」



「えっ?」



 皇帝は目を細め、凄まじい威圧感を放った。横にいたリイラは思わずライラの顔を見上げている。



「魔族は姑息にもリイラに洗脳を施し、私を暗殺しその影でリイラを思いのままに操り国を乗っ取ろうと画策していたのです」



「……ライラよ。私の前で吐いた言葉は取り消せぬぞ」



 ハッキリとした脅しだ。しかしライラはそれにも屈せず、気丈に振る舞い、頷いた。



「もちろん、心得ております。しかしあの心優しいリイラが突然豹変したのにはそれ相応の理由があっての事。魔族の仕業と考えるのが妥当でしょう」



「私を謀たばかるのか?」



 もはや隠しもしない直接的な問。これにもライラは何も臆することなく、答える。



「いいえ。それが“真実”にございます」



「勇者リア。勇者カガリ。そなたらも同じ考えか?」



「私はライラを支持します」



「私も、姫殿下を支持します」



 皇帝は三人を睥睨するように、順々に顔をじっくりと眺めていたが、やがて大きな溜息をついて首を振った。



「全く、頑固なところは誰に似たのか……お前は母親似だな、ライラ」



「恐れ入ります」



 慇懃いんぎんに礼をするライラに、皇帝はついに呵々大笑かかたいしょうとした。



「はははは! 全く、成長したと思えば私の思惑を超えて更に上を行くか。これは将来が楽しみで仕方ない。リア殿、カガリ殿。娘のわがままに付き合わせて悪いな」



 そこには最早威厳のある皇帝の姿はなく、一人の父親としての姿があった。



「ではリイラよ、お前には皇族でありながら魔族に操られるという失態を犯した罪を言い渡す」



 最後の締めとばかりに、皇帝の言葉に震えるリイラ。



「は、はい……」



「しばらくの間自室から出ることを禁ずる。そして魔族に操られていた事を猛省せよ」



「そ、それは……!」



 元々彼女は病弱だったのだ、つまりは実質のお咎めなし。



「で、でも私は……」



 更に言い募ろうととしたリイラを遮るように、僕は皇帝へと進言した。



「恐れながら発言することをお許しください、皇帝陛下」



「うむ、許そう。それにそう固くならずとも良い、お主は私の娘の友人なのだからな」



「ありがとうございます。私の魔法を使えば、彼女の体質を改善することが可能です」



「そ、それは誠か!?」



 皇帝は驚きの余り立ち上がって大声を上げる。



「う、うそ……私、普通の身体になれるの……?」



 リイラもまた、半信半疑と言った様子で僕の顔を見詰めてくる。それに対して、僕は笑みを返した。



「もちろんだよ。僕は異世界の勇者だからね。君は何も心配することはない。これからの事を考えればいい」



「う……うう……うわああぁぁ……」



 今までの罪の意識か、それとも自分の身体が治る喜び故のものか、リイラは地面に伏して泣き続けた。



「リイラ、あなたは悪い夢を見ていたのよ。でもそれは夢。もうすぐその夢も終わるわ」



「お、お姉さま……あああああ! うわぁあああぁああ!」



 リイラはライラに抱きしめられ、更に声を上げて泣いた。皇帝はその様子を暖かく見守っている。やはり父親として、娘達が血で血を洗うような真似をするのは心苦しい所があったのだろう。



 本当にこれで良かったのか。僕達は何度も何度も出陣の前に話し合った。ライラは皇帝候補としての使命に目覚めていたが、それでもやはり今まで可愛がっていた妹を断罪するとはいえ、処刑などの極刑になることを避けたがった。なので、今回の茶番を仕組んだのである。



「それでは、頼んだぞカガリ殿」



「は。私の魔力が回復するまで半日を要しますゆえ、明日のお昼には第二皇女殿下の身体に健康を取り戻して見せましょう」



「なるほど、あいわかった。その席には同席してもかまわぬか?」



「ええ、もちろんでございます」



 こうして皇帝との謁見は終わった。今夜は姉妹二人で話したい事がたくさんあるそうで、(見張り付きだが)ライラはリイラと共に寝る事にしたそうだ。ちなみに僕達も国賓待遇で超デカイベッドルームに案内された。もちろんリアとは別々の部屋でである。その際彼女が寂しそうな顔をしたが、ぐっとこらえて一人でゆったりと休むことが出来た。



 開けて翌日の事。



 段々と意識が覚醒していく――。昨日は色々と大変だったなあと寝ぼけ眼でごろんと寝返りを打った。



「うにゃっ!?」



 うにゃ? 猫でもいたのかな……あー。でもこの猫抱き心地がいいなあ。



「んー、柔らかいなあ」



「ちょっと、ダメ……マサヤ、朝から、しかも他人のお城でなんてそんな……」



 やけに喋る猫だな……喋る猫? 異世界にはそんな猫いるのか? っていうかデカくないか?



 やっと意識がハッキリしたときには、顔を真っ赤にして覚悟を決めたようなリアがドアップに迫っていた。



「う、うわああああ!?」



「きゃっ!?」



 僕はベッドから大ジャンプして壁際に張り付いた。一方のリアは僕の叫びに驚いて放心状態のままベッドでぼけっとしている。



「マサヤ殿、入るわよ!」



 そして最悪なタイミングで現れるライラ。彼女は一瞬状況が理解出来ないようだったが、みるみる顔を赤くして絶叫した。



「は、は、破廉恥です!!」



「「ち、ちがうんだ(のよ)!!」

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