上 下
35 / 71

皇女の決意

しおりを挟む
 あの後、少しだけライラが落ち着く時間を作り、ぽつりぽつりとライラは語り始めた。



「あの子は……リイラ・ルーランは幼い頃から身体が弱くて、いつもベッドの上で過ごしているような子でした。わくたしはそれを不憫に思って、外の世界の話を聞かせたり、一緒に本を読んだりして仲良く過ごしていたのです……。でも、それはわたくしの一方的な思い込みだったのですね」



 ライラは今まで信じていたものが崩れ、相当なショックを受けているようだった。



「ふむ、しかしあの子は元々帝位には興味がない素振りを見せていたが、それも全て演技だったというのか。恐ろしい事だ……」



 公爵でさえ、第二皇女の腹の中を読めてはいなかったらしい。しかし、まだ10歳前後に見える子供にしては余りにも大人びている。事情を知らない僕からすれば、今見た彼女の姿が全てであり、それは異常な事のように思えた。



「何か彼女の野心に火をつけるような事が起こったのでしょうか。あれは、凄まじい憎しみに囚われているように見えました」



 僕の意見に、公爵は首を横に振る。



「わからん。私はそもそも王城に行く機会そのものが少なくてね。それについてはライラの方が余程知っているとは思うが……」



「わたくしにもわかりません。リイラは子供の頃から本当に仲良しで、わたくしにも良く懐いてくれていると……信じていたのですが」



 悲しそうに呟くライラの肩を、リアがそっと抱きしめた。



「だが、これで決定したな。マサヤ殿の魔法がまやかしでないならば、主犯はリイラだ。急ぎ捕らえ、厳罰に処さなければならない」



「そういえば、お兄様に協力をって言ってましたけど、大丈夫なんでしょうか?」



 公爵は僕の言葉にハッとなり、顔を引き締めた。



「マズイな。第一皇子と手を組まれると非常に厄介な事になる」



「確か、軍関係の指揮をしてるとか仰ってましたね」



「そうだ。だから我が領地に攻め込んでくる可能性もありうるな」



 僕の世界の国でも碌でもない所はあったが、世界の危機がそこに迫っているというのに、団結もせずに内乱を引き起こそうとは正直呆れてしまう。



「ライラ。私たちは急ぎ王都へと上りリイラの断罪をしなければならない。下手をすればこちらが謀反の疑いをかけられて正当性を与えてしまう可能性もある」



 公爵は一刻も早いリイラの討伐を促す。しかし、肝心のライラはまだ迷いがあるようだ。



「……。リイラは、討たねばならないのでしょうか」



「皇位簒奪は大罪だ。それはライラも良く知っていよう?」



 黙り込んでしまったライラにかわって、僕が公爵に疑問を投げた。



「しかし、ライラに罪を着せると言っても無茶じゃないですか? 彼女は皇帝が退位するなら、第一候補なのでしょう?」



「リイラのあの姿を見た後ではな……どのような手を使ってくるか解らんが、確実に葬れるように何か仕掛けてくるのは間違いない」



 ライラの次の発言を皆で息を呑んで待つ。重苦しい空気の中、ライラは目を閉じ、ゆったりと息をついて。カッと見開いた。



「解りました。いくら血がつながっている実の妹と言えどもはや大罪人。わたくしがこの手で断罪致します」







「手伝うわ、ライラ。私たちに任せてくれればオッケーなんだから!」



「僕も手伝うよ。ライラ、だから君は国の事を一番に考えるんだ」



「ありがとう、リア、マサヤ殿……」



 僕達の様子を見て、公爵は重々しく頷いた。



「それでは、早速いまからでも出発するのだ。私も早馬の手配をしよう。……そうだ、マサヤ殿の魔法で王都まで一気に移動することはできないのだろうか?」



「申し訳ないですが、あの魔法は万能ではないんですよ。一回使うと昼から夕方になるほどの時間がかかるんです」



「ふむ、それなら途中まで移動しようが結局のところ変わらないわけか。ならば我が領地の兵士を貸そう。そしてマサヤ殿の魔法が回復次第、王都へと一気呵成に上り詰める」



「もういっその事彼女の部屋へ直接飛んでしまえばいいのでは?」



 僕の意見に、それもそうかと一同が頷いた。



「ライラは彼女の部屋は解るのだろう?」



「もちろんです。……叔父様、お願いが。私にも武装をお貸し願えますか」



「……本気なのだな、ライラ」



「はい」



 頷いたライラの瞳には悲しみや憤りが宿っていたが、それ以上に自分の手で終わらせる覚悟が見えていた。



「では手配しよう」



 そして、その時が来るまで僕達はじりじりと待った。



 今は応接間のような場所で、兵の準備が整うのを待っている時間だ。公爵の私兵はそれほど多くないとはいえ、制圧するにはそれなりの人員が必要だろう。僕の対面のソファーには、うつむいたまま顔をあげないライラと、それを痛ましそうに見ているリアが座っていた。



「ねえ、ライラ。今は我慢しなくていいのよ」



 リアの言葉に、弾かれたように顔をあげるライラ。やがて、その顔はくしゃくしゃに崩れていき、止めどなく涙が溢れていた。



「あなたには……何でもお見通し、なのですね……。うぐっうわあああああああ!!」



「伊達にあなたの親友を名乗ってはいないのよ」



 リアの胸に顔を埋めて泣きじゃくるライラは、慟哭どうこくとも言える泣き声で喚いた。



「どうして、どうしてあの子なの!? どうしてわたくしなの!? わたくしは皇位なんて本当は欲しくなかった!! 一番最初に生まれたというだけ、たったそれだけで……あの子とわたくしの立場が逆であればこんな事にはならなかったの!? 皇家の血なんて、なんて呪わしいモノなの!!」



「ライラ……」



「あの子の言うとおり、わたくしはお花畑の住人でありたかった! ただそれだけで満足だった! リアと一緒に遊んで……大人になって、恋をして、幸せな家庭を築ければそれで良かった!」



 ライラの述懐を、僕達は黙って聞いていた。



「うわああぁぁぁぁ……」



 彼女は泣き続ける。今までの分と、そしてこれから流すであろう血の涙の分まで、ここでその全てを吐き出すかのように。未来の自分には、もうこのように無く事などゆるされてはいないということを、彼女は理解しているのだろう。ただ僕達は願っていた。この子には、泣いた分だけの幸福を、と。



 

 松明が赤々と集まった兵を照らす。その数は厳選された二十名だった。その兵を前に、金属の軽鎧に身を包んだライラが立つ。腰の剣を抜剣し、大きく掲げる。



「敵は大罪人、謀反を起こそうと企てた逆賊である、皆、心してかかるように!!」



『おおおおおおお!!』



 気合の雄叫びが城の中庭に響き渡る。



「出陣よ、マサヤ殿!!」



「はい、皇女殿下!」



 僕は彼女の要望に応え、魔法を解き放つ――!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...