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食事は温かい物を!

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 セーゲル公爵の居城は正にお城と言った感じで、高価そうな調度品が下品にならない程度に飾られていた。廊下は長いカーペット敷きで、ふかふかとした足元に多少の違和感を感じる。



「このお城も久しぶりね、セーゲルおじ様」



 言葉とおりに、目を細めて城の内装を眺めながら思い出に浸るように優しい顔で笑う。



「そうだな、リア姫。何しろ前に来たのはもう三年程前になるか」



「ええ、リアと離れていた間はとても寂しかったものです……」



 懐かしがる二人に、リアはカラッとした笑みを浮かべてパタパタと手を振る。



「そんな、二人とも大げさなんだからー。手紙のやり取りはしてたでしょう?」



「でも! お手紙を出してから返ってくるまで都合二ヶ月もかかるじゃないですか!」



 僕は手紙を出すのにそんなに時間がかかる事にびっくりした。そっか、主な交通手段が馬車だから、手紙ものんびりと運んで来られるんだろうな。



 等と益体やくたいもない事を考えていると、ライラはリアにぎゅっとしがみついていやいやするように首を振った。



「今夜はずっと一緒ですからね! 一緒のお部屋に泊まるんですからね!」



「えっ、それだとマサヤと離れちゃう事に……」



「とっとっ殿方と同じ部屋など、わたくしにはムリですわ!」



「わ、私だってそんな恥ずかしい事、無理!!」



 いや、やりかけたけどね、一回。すぐに気がついたけど。



「僕は寝床さえあればどこでも大丈夫だよ」



「マサヤはパートナーの私と離れててもいいの……?」



 しょんぼりした顔で不安そうにこちらを上目遣いに見上げるリアに、僕は驚愕きょうがくした。



「え!? 今更!? だって、王都でも離れてる時間結構あったよね!?」



「そうだったかしら? そんな昔の事忘れたわ!」



「ダンジョンで一日も過ごしてないよ!?」



 全く、自分に都合の良い記憶をしてらっしゃる。



「まあ、部屋の話は後にして、そろそろ……」



「も、申し訳ありませんセーゲル叔父様!」



 食堂への移動を促してきたセーゲル公爵に、リアから離れたライラが顔を赤くして頭を下げた。セーゲル公爵はそんな姪の姿に苦笑を零して、先導してくれる。とは行っても一番の先頭には見た感じからして私優秀ですからとでも言いそうなメイドさんが足音を一切立てること無くすいすいと進んでいるのだが。



 大きな扉の前に辿り着くと、メイドさんが丁寧にドアを開ける。半分まで開いたところで、中にいた別のメイドさん二人が残りを受け持ち目の前に広がった光景に僕は圧倒された。清潔な空間にロングテーブル、その上にまだ湯気の残る料理の数々。これ、絶対この人数で食べ切れる量じゃないよね?



「やっぱりセーゲルおじ様の所の料理はいいわよね! あったかいし!」



「全くですわ! ウチも是非このようにして欲しいものです!」



 王家と皇家の二人が実家に対しての不満をぶつけている。



「ははは、仕方あるまい。今は特に注意すべき時期なのだし……それと、ライラの分は当然毒味があるからな」



「は――?」



 数々の美味しそうな料理を前にして幸せな夢想をしていたライラの表情が固まった。ギギギと歯車の錆びたロボットのようにセーゲル公爵に顔を向けると、公爵は眉根を寄せてライラに無慈悲な言葉を告げた。



「当然だろう? 来た道でも襲われていたのだ、暗殺の可能性は十分にある。毒味なしに料理など食べさせるわけにはいかん」



「じゃあ温かいお料理は夢と消えてしまうのですね……」



 うーむ、このままではいくらなんでもかわいそうだ。僕達だけあったかい料理を食べるのもなあ……。あ、そうだ。



「あの、セーゲル公爵。良かったら僕が全て解毒していきましょうか?」



「ふむ……? 異世界の勇者殿はそのような事が出来るのか?」



「ええ、まあ。お疑いなら実験でもしましょうか? 公爵は毒物をお持ちですか?」



「う……む、錬金術の調合用にあるにはあるが……」



「ではそれを持ってきて下さい」



 僕の提案にしばらく唸っていた伯爵だったが、本心ではライラにも温かい料理を食べさせたかったのだろう、一つ頷いてメイドさんに目配せをすると、メイドさんはいずこへともの凄い速さで歩いていった。そう、歩いていったのだ。競歩のように。それでいて走っているかのように素早いとか、見てる方がどうかしそうな光景だった。



 やがて時を置かずして、メイドさんは毒物を手に、一匹のネズミをカゴに入れてやってきた。



「まず、このネズミで試してみるが……」



「大丈夫ですよ」



 まだ半信半疑なのか、公爵は首をひねりながらも懐から手袋を取り出して装着し、薬瓶の蓋を開け、カゴに手を入れて捕まえたネズミの口に数滴垂らした。



「キ、キキイイィィーーー!」



 ネズミはビクンビクンと震えるとやがてぐったりと動かなくなる。それを見てライラは口元を抑え顔を青ざめさせ、リアは眉間に皺を寄せていた。しまったな、彼女たちには見せるべきじゃなかったか。



「これは神経性の麻痺毒の一種だ。効果は見ての通りだが……これを無毒化出来るというのかね?」



 公爵から毒薬とネズミを受け取り、僕は笑顔で頷いた。



「ええ、でもその前に……このままではかわいそうですので。“キュア”」



 ネズミを持った右手に魔力を集中させて、自分が形にしたいと思い浮かんだ呪文を唱える。するとネズミが眩い光に包まれ、収束し、一瞬で消えた。



 ピクリ、とネズミの体が動く。



 掴まれたままのネズミは、きゅーきゅーと鳴きながら一生懸命手から抜け出そうともがいていた。その光景を見て一同が唖然としている。



「ま、マサヤ殿と言ったか? これは一体どういう奇跡なのだ!」



「奇跡ではありません、僕の魔法で癒やしたのです」



「その毒薬は並のものじゃないのだぞ? ほぼ死んでいたと言ってもいいネズミを完全に癒してしまうとは、驚いたな……!」



 青ざめていたライラも今でははしたなく口をぽかんと開けてガン見してくるし、何故かその横でリアが自慢げに胸を張っていた。



「では」



「ん?」



 公爵が止める前に、僕は薬瓶を持つ手に魔力を集中して、短く呪文を唱える。



「“アンチ・ドーテ”」



 薬瓶が光って、先ほどと同じように収束し消える。これでこの毒は完全に無効化されているはずだ。



「行きます!」



「なっ!?」



 僕は薬瓶を開けると一気に中身を飲み干した。



「……ふぅーっ。ほら、ご覧の通り何の問題もないでしょう?」



「全く、驚かさないで欲しいものだ。一瞬冷や汗が出たぞ」



 ほっと胸を撫で下ろし、公爵はちょっと睨むように僕を見詰めた。なので、慌てて取り繕う。



「でもこれでライラ……様の毒見は必要ないでしょう?」



 だが、公爵にはまだ物言いがあるらしい。



「しかし、全料理に魔法をかけ続けるなど不可能だろう?」



 なんだ、そんな事か。



「出来ますよ?」



「え?」



「え?」



 伯爵が何を言っているんだこいつは、とでも言いたげな表情を向けてきたが、僕は構わずにテーブルと向かい合った。



「じゃあまあ、とりあえず並んでる料理から取り掛かりますか。“アンチ・ドーテ”」



 右手を掲げ、魔力を集中。先程の手順を繰り返し行うと、そこに込める魔力の量を“ちょっとだけ”引き上げた。



 すると迸る光が極太のレーザー光線のように机上の物を全て貫き、壁の向こう側へと消えていった。



「やりすぎちゃった♪」



「ちょっと、この料理本当に今ので大丈夫なの?」



「大丈夫だよ、食あたりすら起こらないはずだよ。自分で実験もしたことあるし」



 あっ、と思ったときには遅かった。ついうっかり口を滑らせて、言わなくてもいい事を言ってしまった。案の定、リアは目を吊り上げて僕に詰め寄ってくる。



「ちょっと!? 私それ知らなかったんだけど!」



「ご、ごめん。心配かけたくなくて、つい……」



「黙ってやられる方が心配するわよ! 今度は絶対相談してからにしてね!」



 怒られている僕を見ていたライラが、ぷっと吹き出したかと思ったらお腹を抱えて笑いだした。



「あはっ、あははははっ! あんな、凄い芸当をやってのける人がリアにはたじたじだなんて! あははははっ! あーっ、おかしいわ!」



 ライラは、僕が出会ってから本当に初めて心の底から笑っていた。笑いすぎて涙まで浮かべている。



「はあ、つまらないことにこだわっている自分がバカバカしくなってしまったわ。叔父様、この勇者様を信じましょう?」



「ふう。正に勇者とは常識の埒外な事をやってのおるの。まさかライラの笑顔まで引き出すとは」



 公爵はそう言うと、パンパンとまた手を叩いた。メイドさんがささっと僕に近寄ってきて、薬瓶とネズミを回収して出ていく。



「あーっ、やっと会えたのです!」



 その声に振り向くと、モモがボサボサの頭をすっかり櫛くしけずられ、切りそろえられた上に上等なドレスを着せられて現れた。



「モ、モモなのか……?」



「どうしたのです、おにーさん? モモなのですー」



「モモったらすっかり見違えて、こんなに見目麗しい子だったのね!」



 すっかりモモの魅力にメロメロになってしまったリアは、駆け寄ってくるモモを抱きとめて頬ずりなどしている。



「私が子供の頃に着ていた服、まだ取っていてくださったんですね叔父様」



 そうか、あれはライラのお下がりだったのか。公爵はちょっと照れくさそうにしながら、呟いた。



「ライラは昔から私の子供のようなものだったからな。着替えとはいえ捨てるには惜しかったのだ。まるで、父親気取りだがな」



「そんな事ないわ、叔父様。ありがとう、私との思い出を大切にしてくれて」



 ライラが微笑むと、公爵もまた笑みを浮かべた。



 その後は、給仕のメイドさんが各々を席へと案内し、ちょっとだけ冷めてしまったがまだまだ十分美味しい料理を次々と平らげていく。ライラもリアも、モモも遠慮せずに食べられる食事に大変満足しているようである。



「これ美味しいのですー!」



「コラッ! 手掴みはだめ、ちゃんとこれを使うのよ!」



 すっかりお姉さんになってしまったリアが、モモにテーブルマナーを教えていた。そんな様子を微笑ましく眺めながら、僕達はこれまでの事をぼちぼち二人へと説明し始めた。
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