王子発掘プロジェクト

urada shuro

文字の大きさ
上 下
25 / 52
第5章

ただいま。またね。(4)

しおりを挟む
 あやしい。あやしすぎるんですけど、大臣……!
 ふたりで、どこの別室で、何をしに行ったんですかね? しかも、あたしには内緒で。
 殺気、というのは大げさだとしても、アヤシイ匂いが充満している。

 履歴書などの王子候補たちの情報は、あたしが事前にメールで大臣へ送っている。もしかして……それになにか、問題でもあったのだろうか。でも、あたしの知っている限り、シロクさんはライドで真面目に生きてきたひとだ。問題なんてないと思うんだけどなあ……。

 不満げにドアを睨みつけるあたしの顔を、ナナシがパンケーキを頬張りながら覗き込んでくる。

「なあ、シロクなんでどっか行っちゃったんだ? あのおっちゃん、何言ってるか全然わかんなかったけど」
「あたしも、全然わかんない」

 あたしはふくれっ面でフォークを握り、不満をぶつけるようにパンケーキを刺した。

「ま、30分経てば戻って来るんだし、あとで本人に聞けばいいんじゃない? それより、見て! ミッチェハップティーとミルクを調合したら、とってもきれいな色になったよ」

 微笑みを浮かべ、瞳を潤ませたレオッカがあたしにカップを渡してくれる。
 あたしはお礼と歪な微笑みを返すと、とってもきれいな琥珀色の液体を一口飲みこんだ。
 はあ、大臣のせいで、なんだかもやもやする。このまま、三十分も待ってなきゃいけないなんて――……ん? 三十分も時間がある……?

 あたしははっとして立ち上がる。

「あたし――ちょっと、用事思い出しちゃった。すぐ、戻るからっ」
「どこに行かれるおつもりですか? レストルームならお部屋に備え付けられていますが」

 案内係の声が追いかけて来たけれど、「すぐ戻ります!」と叫んで突っ走る。
 向かったのは、もちろん裏庭に繋がる第二の裏門だ。ここからなら、門の鉄柵の間からエミルドさんの慰霊碑が見える。あたしは門にしがみつき、大きなミッチェハップの樹の横にある、白いザイラック石製の大きなふたつの円を望んだ。

「エミルドさーん! 無事にスカウトも成功して、ただいま帰りましたー!」

 手をふった途端、慰霊碑の方からさっと風が吹いた。あたしの髪をゆらす。

 今のは……エミルドさん……?

「よくやったね。きみならできると信じていたよ」
 そう言って、頭を撫でてくれたんですね?

 からだの奥底から、燃えるような感情が湧き上がる。
 い、今なら、もしかして……

 そうですよね、エミルドさん。スカウトができたんだから、きっと魔法だって……!
 あたしは急いで、バッグから魔法使いなりきりセットを取り出し、帽子を被った。
 手に持ったステッキを天に掲げ――……

「――何やってんの?」

 声にふり返ると、背後にレオッカが立っていた。その後ろには、パンケーキの乗ったお皿を抱えたナナシもいる。

「えっ……?! いやぁ……そ、そっちこそどうしたの? なんでここにっ……」
「ヒマだし、男ふたりきり、ましてやこんな彼と密室の調合は好ましくないし」

 訝るような視線で、レオッカがあたしの全身を見まわす。
 ナナシは赤いベリーとクリームの乗ったパンケーキを頬張りながら、あたしのそばまで寄ってきた。

「マトリ、魔法やろうとしてたんだろ?」

 レオッカが腕を組んで顔をしかめる。

「魔法? どういうこと? マトリ、魔法なんて使えるの?」
「調子がよかったら、使えるんだよな!」

 ナナシは手についたクリームをぺろりと舐め、屈託のない笑顔をあたしに向けた。

 レオッカはレオッカで、濁りのない目でこちらを見ている。
 あたしは若干の気まずさを感じ、逃げるように視線を空に泳がせた。

「えっと……その、そうだといいな……というか……」

 ふと、視界に大きな白いふたつの円が入る。あたしはあごを引き、眉間に力を入れた。

「……そう。だって、可能性は、無限! でしょ? なんだって、やってみたらできちゃう可能性はあると思うんだよね! あたしは、子供の頃からそう思ってきたの! 人間だって、きっと魔法は使える! 可能性は無限なの! そうなのよ!」

 思わず力が入ってしまった。ステッキを握り締め、にらむようにレオッカを見据える。
 レオッカは口元を押さえ、小さく肩をゆらした。

「んふふ。ま、何を想おうが個人の自由だよね。じゃああの時、僕に『人間に魔法は使えると思うか』って聞いたのは、そういう思想のもとでのことだったんだ。にしても、何で魔法を使いたいの? 王国征服?」
「えっ?! まさか! あたしは、子供の頃から魔法に憧れてたっていうか……だって、夢があっていいでしょ? あとは……魔法でエミルドさんに会えたらな~とか、思ったり……」

 ナナシが首をひねる。

「えみるどさんって、誰?」
「エミルドさんは、ミグハルド王国で一番の魔法使いよ! 優しくって、とっても素敵なひとで、この国を悪い魔女から守ったの!」
「そうなのか! すげえな、そのひとマトリの知り合い?」

 夫です。
 という虚言を、かろうじてのみ込む。

「あたしは、エミルドさんの大ファンなの。あ、ファンって言うのは大好きってことね。子供の頃に一度だけ講演会……彼のお話を聞きに行ったことがあるんだけど、その時にちょっとだけエミルドさん本人とお話ししたことがあるんだ」
「へーっ、おれも会いたいな! えみるどさんって、どこにいんの?」
「残念だけど……もうこの世にはいないよ。9年前、悪魔女と戦って亡くなったの。あれは、エミルドさんの慰霊碑……えっとつまり、亡くなった人の魂……心のかたまりを落ち着かせるために作られた場所なの」

 あたしが門の向こうに小さく見えるふたつの円に目を向けると、ナナシは空になったお皿を地面に置き、門の隙間に顔を突っ込んだ。
 口に手を当て、慰霊碑に向かって呼びかける。

「おーい、えみるどさーんっ! 聞こえるー? 聞こえたら、生き返ってきてーっ」
「ナ、ナナシ……」 

 もう、子供じゃないんだから……と呆れつつ、その純粋さにぐっとくる。
 ふぅ、と息が抜ける音が聞こえた。レオッカは半分目を閉じ、後頭部を掻いている。

「好きなひとを甦らせたい……っていうマトリの気持ちは分からなくもないけど、それって禁忌の魔法でしょ? 魔法使いの間でも法律で禁じられてなかったっけ? メっちゃんの持ってた本で読んだよ」
「うっ……うん……だから、他の方法で」
「他のって?」
「えっ……えっと……て、天国に繋がるテレビ電話を作るとか……」

 我ながら、知性の欠片もないアイディアだ。教養のなさをさらけ出したようで、恥ずかしい。

「冥界とこの世の調合か……燃えるね!」

 レオッカはどこからかメモとペンと取り出すと、しゃがみ込んで何かを書き始めた。
 ナナシが門から顔を離し、身を翻して右手の人差し指を立てる。

「よし! おれが、魔法でえみるどさん出してやる!」

 嗚呼、素晴らしき王子候補たち……!

 あたしのエミルドさん愛を否定することなく受け入れて、もしくは受け流してくれるなんて! さすが、あたしがエミルドさん的要素があると見込んだだけはある……!

 シロクさんがここに一緒にいたら、どうしていただろうか。
 きっと彼のことだから、真面目な顔で、「……マトリが信じているのなら、それを貫けばいい」なんて言ってくれたんじゃないかな。うん。

「……お部屋にお戻り下さい……!」

 背後から、怒りを含んだ声が響く。声の主は、もちろん案内係の男性だ。
 勝手に部屋を出たことで、あたしたちは彼から注意……というか、ぐちぐちと長い小言を浴びせられながら、特別更衣室へと戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ
ファンタジー
『完結済!』【続編製作中!】  『アルゴノート』  そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、半世紀以上前のことである。  元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称である。  彼らを侵略戦争の尖兵として登用したロードルシアは、その勢力を急速に拡大。  二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。  かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。  時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。  アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。 『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。  典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。  シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。  セスとシルキィに秘められた過去。  歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。  容赦なく襲いかかる戦火。  ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。  それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。  苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。  ○表紙イラスト:119 様  ※本作は他サイトにも投稿しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【前編完結】50のおっさん 精霊の使い魔になったけど 死んで自分の子供に生まれ変わる!?

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
リストラされ、再就職先を見つけた帰りに、迷子の子供たちを見つけたので声をかけた。  これが全ての始まりだった。 声をかけた子供たち。実は、覚醒する前の精霊の王と女王。  なぜか真名を教えられ、知らない内に精霊王と精霊女王の加護を受けてしまう。 加護を受けたせいで、精霊の使い魔《エレメンタルファミリア》と為った50のおっさんこと芳乃《よしの》。  平凡な表の人間社会から、国から最重要危険人物に認定されてしまう。 果たして、芳乃の運命は如何に?

七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「帝国」貴族・ホロベシ男爵が流れ弾に当たり死亡。搬送する同行者のナギと大陸横断列車の個室が一緒になった「連合」の財団のぼんぼんシルベスタ・デカダ助教授は彼女に何を見るのか。 「四代目は身代わりの皇后」と同じ世界の二~三代先の時代の話。

処理中です...