純愛なんかに手をだすな

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
上 下
4 / 17

再会

しおりを挟む
ディアドリは街を歩きながら求人募集の貼り紙がないかを探した。
前の街では商店などの扉にそれが貼ってあることが多かったから。

「なかなか無いなぁ」

うろうろと歩いて駅前の花壇の煉瓦に座り込んだ。
露店からは揚げ芋の油の匂いがぷんと漂ってきて、それを買う親子連れに視線が引き寄せられる。
昔は自分もああやって父に買ってもらってたな、と思い出す。
適当な大きさに切った芋を素揚げして、バターを落として食べるそれはホクホクしてバターがジュワっと染みてとても美味しい。
あまりにじっと見つめ過ぎたのか、揚げ芋屋の親父と目が合ってディアドリはもぞもぞと尻を動かして方向転換した。
そして、ふと駅のゴミ箱に目が止まった。
新聞が捨ててある。
求人載ってるかな、ディアドリはゴミ箱から新聞を取り出して広げた。
一面には『プルート家のご令嬢見つかる!!』と大々的に報じていた。
プルート家という家のご令嬢が誘拐されたが、無事見つかり犯人も逮捕されたという記事だった。
ふぅんと読み進めて『トルナード部長刑事大活躍!』の文字とともに知った顔があった。

「あの海のやつ刑事だったのか」

あぁだから自分が自殺するかも、と止めに入ったのか。
ただのお人好しかと思ったけど、仕事だからかとディアドリは納得した。
それから求人募集の記事を読み込む。
どれも十八歳以上の募集だ。
しかも『バース証明書』が必要、と書いてある。
肉屋は父の紹介で働き出したのでそんなものは必要なかった。
普通は証明書がいるのか、どこでもらえるんだろうか。
それには金がかかるんだろうか。
胸ポケットの財布をギュッと握って、無駄遣いはしたくないと思う。

「上手くいかないもんだな」

ずっと煉瓦に座っていたので尻が痛い。
証明書のいらない職場、探せばあるかもしれない。
新聞に載せるくらいの職場はきっと大きいところだからどこか小さな商店とか、海に近いから船の荷下ろしとかあるかもとディアドリは立ち上がった。

「ひったくりよぉーー!」

立ち上がったディアドリの耳に入る甲高い大きな声。
そちらを見ると一人の男がこちらに向かって猛然と駆けてくる。

「捕まえてーーー!」

と言うので、ディアドリはちょうど目の前に来た男の足を引っ掛けた。
まんまと引っかかった男がごろんごろんと二回転して止まったと同時に笛の音が聞こえてきた。
制服警官が二人、笛を吹きながら駆けて来るのを見てディアドリはその場を後にした。
警察なんかに関わっていい事なんてない。
見捨てた父のことが露見したら、そう思うとディアドリの足も知らず早くなる。

すたすたと潮の香りが強い方へと歩く。
街の中心を抜けて大きな木戸を抜けるとそこは港だった。
大小の船が停泊し、一際大きな船には『パブリック号』と書いてあった。
屈強な男たちがパブリック号から荷を下ろしている。
木箱には羊の絵が書いてあるから羊肉かもしれない。
ということは冷凍船か、とディアドリは船を横目に港の中を歩く。
どこに行けばいいのかなぁ、港湾労働組合かそれとも波止場の持ち主か?
いやその前に、あのでかい木箱を自分に下ろせるのか?
無理な気がする、とディアドリは落ち込みとぼとぼとその場を後にした。
自分にできることってなんだろうか、下級学校はかろうじて卒業したので読み書きと簡単な四則演算ならできる。

「それだけじゃぁ、駄目だよなぁ」

結局、元の駅前の花壇の前に帰って来てしまった。

腰を下ろして鞄から硬いパンを出して食べる。
道行く人は皆、行先があるんだろうなと思うと今の自分が惨めで仕方ない。
今日のところは先に簡易宿泊所を探そうかな、とパンをしまって立ち上がったところで肩を叩かれた。

「君、探したよ」
「え?」
「ひったくりを転ばしたのは君だろう?おかげで捕まえることができたよ」

ニコリと笑う制服警官にディアドリの顔は強ばる。
なぜ、どうしてと言葉にならない。

「揚げ芋屋が見てたんだよ。それで、今また君が現れたって」

チラと揚げ芋屋を見ても親父は知らん顔で芋を揚げている。
ディアドリはぎゅうと鞄を抱え込み、つま先を見つめた。
ボロボロの擦り切れた靴。
茶色だったそれは今は白茶けていて粉を吹いているようだった。

「あのね、別に君をどうこうしようってんじゃないよ?あの鞄を取り返したご婦人がね、君に礼をしたいって」
「そ、そんなのいりません!」

俯いたまま声をあげて、じりじりと後退する。
早くここから去らなければ、そればっかりが頭の中をぐるぐると回る。
距離を詰めてくる警官から逃げるように踵を返すとぽすっと抱きとめられた。

「今度はちゃんと捕まえた」

は?と見上げるとあの海で出会った男が見下ろして笑んでいた。

「あ、あんた・・・」
「覚えててくれたんだね。あんな別れ方をしたからずっと気になってて」

ってなんだ、なんか関係があるみたいじゃないか。
制服警官の視線が疑問に満ちていて嫌になる。

「トルナードさん、あの・・・」
「あぁ、グリーン婦人のところへは私が連れて行くよ。君は署に戻っていいよ」

それだけ言うと、行こうかと肩を掴まれた。
逃げられない。
なんだかお尻がもぞもぞして落ち着かない。
はぁ、とディアドリは諦めて一歩踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...