上 下
31 / 36
第二章

決意

しおりを挟む
リディアルは身を縮こまらせてじっとその時が来るのを待った。
抱えていないと膝が震えて仕方がない。
その膝に額を乗せてぎゅっと目を瞑る、始まりはミシェルがお茶でもどうかと言って部屋を訪れた時だった。
やり遂げなければミシェルを傷つけてしまう。
前回、ミシェルの手にはナイフが握られていた。
肉体を傷つけたのはミシェルだが、その心を傷つけたのは自分なのだとリディアルは思う。


リディアルの部屋を訪れたミシェルは侍女が茶を淹れる傍ら、皿に山盛りになっている焼き菓子を次々に紙に包んでいった。
クッキーに、フィナンシェ、ビスケット、日持ちのしそうな菓子ばかりだ。

「あの、ミシェル様?」
「リディアルさま、今夜ここを出ましょう」
「なにを、仰って・・・」
「リディアルさまのためではありません。僕のためです。フレデリックさまの前から今度こそ消えてください。その御心を僕が慰める。ハッキリ言って邪魔なんです」

きつい物言いに唖然とし、それでもミシェルの瞳からはそれだけではないという思いも汲み取れた。
全てリディアルのためだと言われるよりは幾分納得のいく言い分だ。
いつもいつだってミシェルは優しく、素直だった。
わかっていた、殿下の方からミシェルに惹かれていたのだ。
ミシェルはただ素直でまっすぐあり続けただけだ。
それを自分の矜恃が許さなかった、奪われたと憎まなければやっていけなかった。
いつの間にか何もかも他人の所為にしてきたように思う、殿下の所為ミシェルの所為、終わらない責め苦に誰かの所為にばかりしていた。

「リディアルさま?」

気づけば涙が次から次へと流れ落ちていた。

「ミシェル様、ごめんなさい。そんなこと言わせてしまってごめんなさい」
「リディアルさま、僕は僕のやりたいことをします。リディアルさまもそうなって」

ミシェルはえぐえぐと泣くリディアルを柔く抱きしめ、背中を撫でた。
こくこくと頷きリディアルは微かに笑んだ。
髪を切ることはリディアルから言い出した、その方が時間を稼げると思ったから。
あわあわと狼狽えるミシェルを横目に、侍女が花を活ける為に持ち歩いている小さな鋏で惜しげなくそれを切った。
そして、リディアルは布で覆われたティーワゴンの下部に潜んで部屋を脱出した。
ミシェルの部屋ではクローゼットに隠れて、その時を待った。


その頃、マルセルは二階の一室でレオンハルトと相対していた。

「そんなにうまく事が運ぶとは思えない」

チャリとレオンハルトの手枷の鎖が鳴る。
ベッドサイドに腰掛け項垂れる様はかつての威厳溢れる姿とは程遠い。

「殿下、今しかないのです。こう言ってはなんですが、殿下達は本国での醜聞なのです。ですから、ここにリディがいることも殿下がいることもこの国の人間は知りません。死んだと思っていた殿下が生きていて、あまつさえ弟の婚約者を攫ったなどと恥もいいところだからです」

わかりますか?と言うマルセルにレオンハルトはあぁとかうぅとか呻くような声をあげるだけだ。

「本国へ帰ればそれも無くなります。秘密裏に咎めを受けることになるでしょう。この国にいるからまだ無事なのです。だからこそ・・・」
「マルセルは、それでいいのか?ディアにもう会えなくなるんだぞ」
「リディは殿下を愛しています。リディとて帰れば無事にいられる保証はない。だったら、今ここで二人を見送りたい。それがリディの幸せに繋がるのなら」

それでもレオンハルトは顔をあげない、どういうことだ?とマルセルは思う。
リディアルを愛しているのではないのか?逃亡の手助けをしてやると手を差し伸べているのにどうして動かない?
どこか諦めた様子に既視感を覚え訝しみ、あぁリディと一緒だとマルセルは思った。
お願い捨ててと諦めたリディアル、命を、愛を、そんなに簡単に諦められるものなのか?

「殿下、これは本来ならリディの口から聞くべきことだと思うのですが・・・」

マルセルの言葉に初めてレオンハルトは顔をあげ、その視線を交わらせる。
瞠目した瞳が潤み、そして顔を覆い肩を震わせた。

「殿下、私の言う通りにしていただけますね?」

コクコクと頷くレオンハルトの肩を軽く二度ほど叩いてから、マルセルはレオンハルトの居室を後にした。


そして、挙動不審なミシェルに出会ったのである。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

嫌われ悪役令息に転生したけど手遅れでした。

ゆゆり
BL
俺、成海 流唯 (なるみ るい)は今流行りの異世界転生をするも転生先の悪役令息はもう断罪された後。せめて断罪中とかじゃない⁉︎  騎士団長×悪役令息 処女作で作者が学生なこともあり、投稿頻度が乏しいです。誤字脱字など等がたくさんあると思いますが、あたたかいめで見てくださればなと思います!物語はそんなに長くする予定ではないです。

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

【完】俺の嫁はどうも悪役令息にしては優し過ぎる。

福の島
BL
日本でのびのび大学生やってたはずの俺が、異世界に産まれて早16年、ついに婚約者(笑)が出来た。 そこそこ有名貴族の実家だからか、婚約者になりたいっていう輩は居たんだが…俺の意見的には絶対NO。 理由としては…まぁ前世の記憶を思い返しても女の人に良いイメージがねぇから。 だが人生そう甘くない、長男の為にも早く家を出て欲しい両親VS婚約者ヤダー俺の勝負は、俺がちゃんと学校に行って婚約者を探すことで落ち着いた。 なんかいい人居ねぇかなとか思ってたら婚約者に虐められちゃってる悪役令息がいるじゃんと… 俺はソイツを貰うことにした。 怠慢だけど実はハイスペックスパダリ×フハハハ系美人悪役令息 弱ざまぁ(?) 1万字短編完結済み

推しの悪役令息に転生しましたが、このかわいい妖精は絶対に死なせません!!

もものみ
BL
【異世界の総受けもの創作BL小説です】 地雷の方はご注意ください。 以下、ネタバレを含む内容紹介です。 鈴木 楓(すずき かえで)、25歳。植物とかわいいものが大好きな花屋の店主。最近妹に薦められたBLゲーム『Baby's breath』の絵の綺麗さに、腐男子でもないのにドはまりしてしまった。中でもあるキャラを推しはじめてから、毎日がより楽しく、幸せに過ごしていた。そんなただの一般人だった楓は、ある日、店で火災に巻き込まれて命を落としてしまい――――― ぱちりと目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。驚きながらも辺りを確認するとそばに鏡が。それを覗きこんでみるとそこには―――――どこか見覚えのある、というか見覚えしかない、銀髪に透き通った青い瞳の、妖精のように可憐な、超美少年がいた。 「えええええ?!?!」 死んだはずが、楓は前世で大好きだったBLゲーム『Baby's breath』の最推し、セオドア・フォーサイスに転生していたのだ。 が、たとえセオドアがどんなに妖精みたいに可愛くても、彼には逃れられない運命がある。―――断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、不慮の事故…etc. そう、セオドアは最推しではあるが、必ずデッドエンドにたどり着く、ご都合悪役キャラなのだ!このままではいけない。というかこんなに可愛い妖精を、若くして死なせる???ぜっったいにだめだ!!!そう決意した楓は最推しの悪役令息をどうにかハッピーエンドに導こうとする、のだが…セオドアに必ず訪れる死には何か秘密があるようで―――――?情報を得るためにいろいろな人に近づくも、原作ではセオドアを毛嫌いしていた攻略対象たちになぜか気に入られて取り合いが始まったり、原作にはいない謎のイケメンに口説かれたり、さらには原作とはちょっと雰囲気の違うヒロインにまで好かれたり……ちょっと待って、これどうなってるの!? デッドエンド不可避の推しに転生してしまった推しを愛するオタクは、推しをハッピーエンドに導けるのか?また、可愛い可愛い思っているわりにこの世界では好かれないと思って無自覚に可愛さを撒き散らすセオドアに陥落していった男達の恋の行く先とは? ーーーーーーーーーー 悪役令息ものです。死亡エンドしかない最推し悪役令息に転生してしまった主人公が、推しを救おうと奮闘するお話。話の軸はセオドアの死の真相についてを探っていく感じですが、ラブコメっぽく仕上げられたらいいなあと思います。 ちなみに、名前にも植物や花言葉などいろんな要素が絡まっています! 楓『調和、美しい変化、大切な思い出』 セオドア・フォーサイス (神の贈り物)(妖精の草地)

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

処理中です...