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第二章
決意
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リディアルは身を縮こまらせてじっとその時が来るのを待った。
抱えていないと膝が震えて仕方がない。
その膝に額を乗せてぎゅっと目を瞑る、始まりはミシェルがお茶でもどうかと言って部屋を訪れた時だった。
やり遂げなければまたミシェルを傷つけてしまう。
前回、ミシェルの手にはナイフが握られていた。
肉体を傷つけたのはミシェルだが、その心を傷つけたのは自分なのだとリディアルは思う。
リディアルの部屋を訪れたミシェルは侍女が茶を淹れる傍ら、皿に山盛りになっている焼き菓子を次々に紙に包んでいった。
クッキーに、フィナンシェ、ビスケット、日持ちのしそうな菓子ばかりだ。
「あの、ミシェル様?」
「リディアルさま、今夜ここを出ましょう」
「なにを、仰って・・・」
「リディアルさまのためではありません。僕のためです。フレデリックさまの前から今度こそ消えてください。その御心を僕が慰める。ハッキリ言って邪魔なんです」
きつい物言いに唖然とし、それでもミシェルの瞳からはそれだけではないという思いも汲み取れた。
全てリディアルのためだと言われるよりは幾分納得のいく言い分だ。
いつもいつだってミシェルは優しく、素直だった。
わかっていた、殿下の方からミシェルに惹かれていたのだ。
ミシェルはただ素直でまっすぐあり続けただけだ。
それを自分の矜恃が許さなかった、奪われたと憎まなければやっていけなかった。
いつの間にか何もかも他人の所為にしてきたように思う、殿下の所為ミシェルの所為、終わらない責め苦に誰かの所為にばかりしていた。
「リディアルさま?」
気づけば涙が次から次へと流れ落ちていた。
「ミシェル様、ごめんなさい。そんなこと言わせてしまってごめんなさい」
「リディアルさま、僕は僕のやりたいことをします。リディアルさまもそうなって」
ミシェルはえぐえぐと泣くリディアルを柔く抱きしめ、背中を撫でた。
こくこくと頷きリディアルは微かに笑んだ。
髪を切ることはリディアルから言い出した、その方が時間を稼げると思ったから。
あわあわと狼狽えるミシェルを横目に、侍女が花を活ける為に持ち歩いている小さな鋏で惜しげなくそれを切った。
そして、リディアルは布で覆われたティーワゴンの下部に潜んで部屋を脱出した。
ミシェルの部屋ではクローゼットに隠れて、その時を待った。
その頃、マルセルは二階の一室でレオンハルトと相対していた。
「そんなにうまく事が運ぶとは思えない」
チャリとレオンハルトの手枷の鎖が鳴る。
ベッドサイドに腰掛け項垂れる様はかつての威厳溢れる姿とは程遠い。
「殿下、今しかないのです。こう言ってはなんですが、殿下達は本国での醜聞なのです。ですから、ここにリディがいることも殿下がいることもこの国の人間は知りません。死んだと思っていた殿下が生きていて、あまつさえ弟の婚約者を攫ったなどと恥もいいところだからです」
わかりますか?と言うマルセルにレオンハルトはあぁとかうぅとか呻くような声をあげるだけだ。
「本国へ帰ればそれも無くなります。秘密裏に咎めを受けることになるでしょう。この国にいるからまだ無事なのです。だからこそ・・・」
「マルセルは、それでいいのか?ディアにもう会えなくなるんだぞ」
「リディは殿下を愛しています。リディとて帰れば無事にいられる保証はない。だったら、今ここで二人を見送りたい。それがリディの幸せに繋がるのなら」
それでもレオンハルトは顔をあげない、どういうことだ?とマルセルは思う。
リディアルを愛しているのではないのか?逃亡の手助けをしてやると手を差し伸べているのにどうして動かない?
どこか諦めた様子に既視感を覚え訝しみ、あぁリディと一緒だとマルセルは思った。
お願い捨ててと諦めたリディアル、命を、愛を、そんなに簡単に諦められるものなのか?
「殿下、これは本来ならリディの口から聞くべきことだと思うのですが・・・」
マルセルの言葉に初めてレオンハルトは顔をあげ、その視線を交わらせる。
瞠目した瞳が潤み、そして顔を覆い肩を震わせた。
「殿下、私の言う通りにしていただけますね?」
コクコクと頷くレオンハルトの肩を軽く二度ほど叩いてから、マルセルはレオンハルトの居室を後にした。
そして、挙動不審なミシェルに出会ったのである。
抱えていないと膝が震えて仕方がない。
その膝に額を乗せてぎゅっと目を瞑る、始まりはミシェルがお茶でもどうかと言って部屋を訪れた時だった。
やり遂げなければまたミシェルを傷つけてしまう。
前回、ミシェルの手にはナイフが握られていた。
肉体を傷つけたのはミシェルだが、その心を傷つけたのは自分なのだとリディアルは思う。
リディアルの部屋を訪れたミシェルは侍女が茶を淹れる傍ら、皿に山盛りになっている焼き菓子を次々に紙に包んでいった。
クッキーに、フィナンシェ、ビスケット、日持ちのしそうな菓子ばかりだ。
「あの、ミシェル様?」
「リディアルさま、今夜ここを出ましょう」
「なにを、仰って・・・」
「リディアルさまのためではありません。僕のためです。フレデリックさまの前から今度こそ消えてください。その御心を僕が慰める。ハッキリ言って邪魔なんです」
きつい物言いに唖然とし、それでもミシェルの瞳からはそれだけではないという思いも汲み取れた。
全てリディアルのためだと言われるよりは幾分納得のいく言い分だ。
いつもいつだってミシェルは優しく、素直だった。
わかっていた、殿下の方からミシェルに惹かれていたのだ。
ミシェルはただ素直でまっすぐあり続けただけだ。
それを自分の矜恃が許さなかった、奪われたと憎まなければやっていけなかった。
いつの間にか何もかも他人の所為にしてきたように思う、殿下の所為ミシェルの所為、終わらない責め苦に誰かの所為にばかりしていた。
「リディアルさま?」
気づけば涙が次から次へと流れ落ちていた。
「ミシェル様、ごめんなさい。そんなこと言わせてしまってごめんなさい」
「リディアルさま、僕は僕のやりたいことをします。リディアルさまもそうなって」
ミシェルはえぐえぐと泣くリディアルを柔く抱きしめ、背中を撫でた。
こくこくと頷きリディアルは微かに笑んだ。
髪を切ることはリディアルから言い出した、その方が時間を稼げると思ったから。
あわあわと狼狽えるミシェルを横目に、侍女が花を活ける為に持ち歩いている小さな鋏で惜しげなくそれを切った。
そして、リディアルは布で覆われたティーワゴンの下部に潜んで部屋を脱出した。
ミシェルの部屋ではクローゼットに隠れて、その時を待った。
その頃、マルセルは二階の一室でレオンハルトと相対していた。
「そんなにうまく事が運ぶとは思えない」
チャリとレオンハルトの手枷の鎖が鳴る。
ベッドサイドに腰掛け項垂れる様はかつての威厳溢れる姿とは程遠い。
「殿下、今しかないのです。こう言ってはなんですが、殿下達は本国での醜聞なのです。ですから、ここにリディがいることも殿下がいることもこの国の人間は知りません。死んだと思っていた殿下が生きていて、あまつさえ弟の婚約者を攫ったなどと恥もいいところだからです」
わかりますか?と言うマルセルにレオンハルトはあぁとかうぅとか呻くような声をあげるだけだ。
「本国へ帰ればそれも無くなります。秘密裏に咎めを受けることになるでしょう。この国にいるからまだ無事なのです。だからこそ・・・」
「マルセルは、それでいいのか?ディアにもう会えなくなるんだぞ」
「リディは殿下を愛しています。リディとて帰れば無事にいられる保証はない。だったら、今ここで二人を見送りたい。それがリディの幸せに繋がるのなら」
それでもレオンハルトは顔をあげない、どういうことだ?とマルセルは思う。
リディアルを愛しているのではないのか?逃亡の手助けをしてやると手を差し伸べているのにどうして動かない?
どこか諦めた様子に既視感を覚え訝しみ、あぁリディと一緒だとマルセルは思った。
お願い捨ててと諦めたリディアル、命を、愛を、そんなに簡単に諦められるものなのか?
「殿下、これは本来ならリディの口から聞くべきことだと思うのですが・・・」
マルセルの言葉に初めてレオンハルトは顔をあげ、その視線を交わらせる。
瞠目した瞳が潤み、そして顔を覆い肩を震わせた。
「殿下、私の言う通りにしていただけますね?」
コクコクと頷くレオンハルトの肩を軽く二度ほど叩いてから、マルセルはレオンハルトの居室を後にした。
そして、挙動不審なミシェルに出会ったのである。
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