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歪み

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結局リディアルは学院の休日二日合わせて三日休んだ。
その間、殿下は見舞いだと言って毎日訪れた。
家族はそれを喜び、もちろんリディアルもそう振舞わならざるを得なかった。
本来ならば飛び上がって喜ぶべきところが、殿下への恋心が潰えた今はその眼差しが恐怖でしかない。

休み明けの朝はもちろん殿下が迎えにきて、講義室までもエスコートされた。

「リディアルさま!」
「ミシェル・・・」
「もう大丈夫なのですか?」
「少し寝不足だったようで、恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
「元気になって良かったです」

ありがとうと微笑むとミシェルはにっこりと笑って、握手するように両手で手を握ってきた。
それをブンブンと上下に振る様は幼い子どものようで愛くるしかった。

「これからは僕が傍にいます!」
「え?」
「フレデリックさまは科が違うでしょう?だから、僕が傍で見守ります」
「リディ、そうしてもらうといい」

どうして、とは言葉にならなかった。
慈悲深い笑みの中に支配欲を感じて足が震えた。
ミシェルはちょうどいいのだろう。
貴族としてなにもかもがなっていない、なっていないゆえに遠巻きにされている。
天真爛漫な振る舞いは見方を変えれば傍若無人にも映るのだ。
いつか殿下の機嫌を損ねてしまうのでは?と危惧する者はミシェルには近寄らない。
貴族社会に疎いミシェルならば要らぬ口をきくこともない。
ゴーンとなる講義の始まりを告げる鐘の音が最後通牒のように聞こえて、リディアルは頷くしかなかった。


講義室の窓際の一番前の席、中庭も図書館もよく見えるそこに今はミシェルと隣り合わせに座っている。

(リディアルさまはフレデリックさまと婚約しているんですよね?)

ひそひそ声のミシェル、驚いて見ればいたずらっ子のような笑みを浮かべて肩を竦めた。

(ね?)
(ミシェル、講義中は喋ってはいけない)

講師が熱をいれて語っているのは第五代目にあたる国王陛下の功績だ。
国力の弱かったこの国の発展の礎を築き賢王の名に相応しい御方の尊い話だ。
もちろんリディアルの頭の中にはどんな武勲をたて、どれほどの功績を残したのか全て入っている。
試験では必ずこの国王の功績を問われる設問がでる。

(だって、面白くないもの)
(ミシェル、それは不敬にあたる。言葉に気をつけなさい)
(ねぇ、リディアルさま)

注意すれどミシェルは止まらない。
ほんの少し顔を傾けて、リディアルだけに聞こえるように話す。

(フレデリックさまのどこが好きなのですか?)
(なにを・・・)

馬鹿なことを、と言いかけて飲み込んだ。
初めて会った時に恋に落ちたのだ、無邪気な笑みが好きだった。
騎士になる、と語る姿勢も好きだった。
殿下の役に立ちたいと思っていた。
全てが過去形だ。
盲目と言えるほどのフレデリックへの愛。
果てしなく続く繰り返しの中でいつもいつでもフレデリックに恋する自分がいた。
それがハルと関わるようになってから、心と体の狭間で揺れるようになった。
殿下が別人のようだ、と思っていたが実は逆なのかもしれない。
この世界にとって別人のように変わっていったのは自分の方なのだ。
それがこの歪みを生みだしたのだとしたら?逃げ出すのは許さないとでも言いたげな見えない力を感じる。
思わず鎖骨に手が伸びた。

(リディアルさま?)

目の前の愛らしいミシェル、殿下に愛されているミシェル。
いや、違う。
まだだ、まだ今生ではミシェルとフレデリックに確固たる愛が見えない。
何故か自分に執着を見せる殿下、殿下ではなく自分に擦り寄ってきたミシェル。
気の遠くなるような繰り返しの中で、小さな齟齬はそこここで生まれた。
例えば朝食に添えられたジャムがりんごではなくベリーだったり、試験の設問が微妙に違っていたり、晴れだと思っていた日が雨だったり、そんな些細な齟齬を見落としてはいけなかったのではないだろうか。

(リディアルさまは、フレデリックさまにとっても愛されてますよね?)

どうして、どうしてそれをミシェルが言うのだ。
それを思うのは、思い続けていたのは自分だというのに。
無邪気で無垢だと思っていたミシェルの瞳に陰りが見えたのは気のせいか?
一瞬見えた仄暗い瞳の色、それはかつて自分の瞳にあったもの。
なにが、どこで狂ってしまったのだろう。
ミシェルの笑顔が歪む、これは知っているミシェルではない。
誰がミシェルをこんな風にしたのだ。
キラキラと輝く純粋な瞳に影を差したのは誰だ。
これは、これではまるで立場が逆転したようじゃないか。

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