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仕掛けたと思っていたのに

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後期授業が始まり、まず朝陽はこれまで以上に大学内をうろうろと動き回り目当ての人物を探した。
これまでも機会があれば視線を巡らせていたが、見つからなかったその人物を今回は必ず探すと意気込んでいた。
そして、見つけた。
人気のない校舎の裏側のベンチに座って、なにか丸いパンを食べているところを。

「いつも、一人なのか?」

野暮ったいチェックのシャツにブルーのジーンズ、傍らにはいつものトートバッグ。
膝の上には本が開かれて置かれていて、食べながらページを捲っている。
風が揺らす髪、丸くなった背中、今すぐ言って抱きしめたいと思う。
だけど、それは今じゃない。

「第一寮に戻る」

それを聞いた時の那智は、なにも言わずにぐいと口を引き結んで頷いた。
戻ってほしくないくせに、と思う。
その為に那智との距離を詰めてきた、那智の心に自分が深く深く刻まれるように。
傍に俺がいないと寂しいだろ?恋しいだろ?
そんな風に仕向けてきたからな、と那智を見つめる。


「おい、ストーカー」
「うるさい、気づかれるだろ」
「ストーカーを否定しろよ」

べしんと木下に頭をはたかれて、その場からひっぺがすように引きずられて学食へと連行された。
その日の日替わり定食は鯵フライで添え物のポテトサラダに、納涼会を思い出した。
ちくきゅうにマヨネーズもまた食べたい。

「お前、上手くいってるって言ってなかった?」
「いってる」
「いや、だからさ、第一に戻らずにそのまま第二にいると思ったんだって」
「第一に戻るのはなちとの約束だったし、それに第二に戻らないとは言ってない」

わかめと豆腐の味噌汁をゴクリと飲んで朝陽は言った。

「お前、そんな奴だったっけ?」
「いや、こんな奴だったよ」

首を傾げる水上に呆れ顔をした木下。

「エースになる!ってほんとにエースになったやつだから」
「それとこれとは別じゃね?」
「努力するって点では一緒だろ?」

ああだこうだと話す二人を笑いながら、朝陽はソースでびしゃびしゃの鯵フライを食べた。
最後に付け合せのトマトのくし切りに塩を振る。
朝陽は美味しいものは最後に食べる派だった。

「つか、どこがそんなに好きなの?」
「さぁ、どこがっていうか、なちだから」
「どういうことだよ」

わかんないならいいよ、と朝陽は席を立って笑った。


そうやって大学で、コスタリカーナ最寄りの駅で、陰ながら那智を見つめ続けた朝陽は行動に移した。
それは、朝陽が第二寮を去った二週間後のことだった。

大学ではスマホ画面を見て、最寄り駅では視線を巡らせて大きく溜息を吐く。
時間をかけすぎても、かけなすぎてもいけない。
一人でも平気と強がる時間は過ぎ去って、じわりじわりと寂しさが滲み、顔では笑っているのに胸裏では恋しさが募る頃。
それが今だとわかる、なぜなら自分がそうだから。
暗く灯の消えた寮の二階を見上げて思う。


明かりをつけて待つのはなんとなく面白くないな、と思ったので二段ベッドの死角に身を潜めた。
サプライズ!とか言って驚かすのもいいなぁ、とか思っていたが逆にサプライズされてしまった。
まっ直ぐに左側のベッドへ向かって枕を抱きしめて目を閉じた那智を見て思う。
あさひ、と掠れた声を聞くと堪らなくなった。

「ただいま」
「おかえり」

キス待ち顔にキスをして、髪に指を差し入れてマッサージをするように撫でる。
出会った頃より伸びた髪、感情のままに溢れたような涙、寂しくないと言ったくせに、嫌いと言っていた口が大好きと言う。
目が覚めたら那智はなんて言うだろうか。
馬鹿だの阿呆だのと罵るだろうか。
それもまた楽しみだなぁ、と朝陽も目を閉じた。


翌日、朝陽の胸の中で目を覚ました那智は目を瞬かせた。

「帰ってたん?」
「うん」
「おかえり」
「馬鹿とか阿呆とか言わないの?」
「うん、おはよう」

思っていたのと違う、驚きもしなければ悪態のひとつもつかない。
はぁ、と溜息のような深呼吸のようなものをひとつ吐いた那智。

「おはようとおかえりとただいまのキスは?」

驚かせてやろう、会いたかったと縋りつかせてやろうという期待は打ち砕かれた。
昨夜から驚かされてるのも、縋りつきたいのも全部全部自分だった。
矢も盾もたまらず可愛いことを言う口に食らいつくようなキスをした。
朝から濃厚なキスをした二人は額をコツンと合わせてくすくすと笑い合ったそんな朝。

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