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面影はあちこちに
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責任とりなさいよ、とママに言われたが那智はそれにピンとこないまま変わらない日々を送っていた。
大学ではこれまで通り顔を合わすこともないし、寮を出ていったならもう接点はなにもない。
思い出になってしまった夏は那智の心の中でキラキラと輝いていた。
そんな置き土産を残していった朝陽のことを全く考えないと言えば嘘だ。
スマホの通知音には、朝陽かな?と一瞬思ってしまう。
それが違うとちょっぴり落胆する。
それくらい朝陽はするすると自分の心に入り込んでいた。
バイトが終わって、向かった駅ではついその姿を探してしまう。
もう待っていないとわかっているのに。
寮までの坂道では時々、夜空を見上げて歩いた。
でなければ目の前に伸びる坂にうんざりしてしまう。
一度だけ、遠回りしてコンビニでアイスを買った。
チョコとナッツに包まれた棒のバニラアイス。
甘くて、カリリと歯に当たるナッツに少し泣けた。
夜風に揺れてキィキィと揺れるブランコを横目に歩いた。
そういえば朝陽はその大きな体を折りたたむように滑り台を滑っていたな、と不意に思い出した。
お尻が入らなくて靴底で滑っていた。
色んなところにいるな、と思う。
ふふふとつい笑みが零れて、それは次の瞬間には涙に変わった。
「冷静に考えたら男なんてないやんなぁ」
背が高くてバレーが上手くてエースというやつで、顔も悪くはない。
合コンでも女の子に絡まれていたし、駅で出会った女の子達は可愛らしかった。
人の機微には疎い気もするが、性格はいいんだろうと思う。
その場の雰囲気に飲まれる、ということはままある。
たくさん酒を飲んで良い気分の時に、一晩どう?なんて誘われればそれもいいかもなと思ってしまったり、旅先では普段だったら絶対食べないようなものを名物だからと食べてしまったり。
そうついうっかり手を出してしまう、そんな瞬間。
だけど、朝陽は心を尽くしてくれたと思う。
それはそれでとても幸せなことなのだ、そんな気持ちにさせてくれたことを感謝しなければならない。
「僕やないとあかん理由もないしなぁ」
ぽつりぽつりと零す那智の独り言を聞いているのは街灯に集まる羽虫だけだ。
それもその数がぐんと減った。
汚い茶色の羽の蛾がゆらゆらと飛んで、街灯へ向かう。
暗い夜道を照らす明るい灯りに吸い寄せられている。
「わかるで、その気持ち」
そう言って見上げた寮の2階、当然のように自分の部屋は暗い。
カチャと鍵の開く音を響かせて室内に入ってまっすぐ左側のベッドへ。
敷きっぱなしで出ていった朝陽の布団。
これくらいは許されるだろう、と枕に顔を埋めてはぁと息を吐いた。
アルコールの匂いが鼻にまとわりついて離れない。
つい飲みすぎてしまうのをもうそろそろ止めないといけない。
布団も片付けないと、シャワーも浴びないと、と思いながらうつらうつらとしてしまう。
「──あさひ・・・」
「なぁに?」
「ただいま」
「ん、おかえり」
ちゅと唇に触れてくるのが擽ったい。
パブロフの犬に成り下がってしまった。
髪を掻き分けて入ってきた手のひらにわしゃわしゃと頭皮を撫でられた。
「これ好き」
「気持ちいいね」
「うん、気持ちいい」
これではもうパブロフの犬じゃない。
ただの犬だ、撫で回されて気持ちよくて腹を出して眠ってしまう飼い犬。
ぽたぽたと涙が溢れて、それを抱きしめた枕が吸っていく。
「泣いてるの可愛い」
「変態」
「褒めてる?」
「褒めてへんわ」
「寂しかった?」
「ううん、朝陽はどこにでもいるから」
嘘だ、本当はちょっぴり寂しい。
でも今はまだ色んな場所に朝陽の気配を感じるから、そこまで寂しくはない。
その気配が薄れて消えてなくなった時、きっとうんと寂しくなる。
そして、それがまた次へ踏み出せる一歩の合図になるはずだ。
「大好き」
そう言って那智は夢の中の朝陽に口付けて、胸いっぱいにその匂いを吸い込んだ。
「おやすみ、なち」
「おやすみ、朝陽」
また唇に優しい感触が降りてくる。
今日の夢はいい夢だなぁと思う、目が覚めるまで夢見ていたい。
※あとほんの少しで終わりです
読んでくださりありがとうございます(,,・ω・,,)
エールとっても嬉しいです!
大学ではこれまで通り顔を合わすこともないし、寮を出ていったならもう接点はなにもない。
思い出になってしまった夏は那智の心の中でキラキラと輝いていた。
そんな置き土産を残していった朝陽のことを全く考えないと言えば嘘だ。
スマホの通知音には、朝陽かな?と一瞬思ってしまう。
それが違うとちょっぴり落胆する。
それくらい朝陽はするすると自分の心に入り込んでいた。
バイトが終わって、向かった駅ではついその姿を探してしまう。
もう待っていないとわかっているのに。
寮までの坂道では時々、夜空を見上げて歩いた。
でなければ目の前に伸びる坂にうんざりしてしまう。
一度だけ、遠回りしてコンビニでアイスを買った。
チョコとナッツに包まれた棒のバニラアイス。
甘くて、カリリと歯に当たるナッツに少し泣けた。
夜風に揺れてキィキィと揺れるブランコを横目に歩いた。
そういえば朝陽はその大きな体を折りたたむように滑り台を滑っていたな、と不意に思い出した。
お尻が入らなくて靴底で滑っていた。
色んなところにいるな、と思う。
ふふふとつい笑みが零れて、それは次の瞬間には涙に変わった。
「冷静に考えたら男なんてないやんなぁ」
背が高くてバレーが上手くてエースというやつで、顔も悪くはない。
合コンでも女の子に絡まれていたし、駅で出会った女の子達は可愛らしかった。
人の機微には疎い気もするが、性格はいいんだろうと思う。
その場の雰囲気に飲まれる、ということはままある。
たくさん酒を飲んで良い気分の時に、一晩どう?なんて誘われればそれもいいかもなと思ってしまったり、旅先では普段だったら絶対食べないようなものを名物だからと食べてしまったり。
そうついうっかり手を出してしまう、そんな瞬間。
だけど、朝陽は心を尽くしてくれたと思う。
それはそれでとても幸せなことなのだ、そんな気持ちにさせてくれたことを感謝しなければならない。
「僕やないとあかん理由もないしなぁ」
ぽつりぽつりと零す那智の独り言を聞いているのは街灯に集まる羽虫だけだ。
それもその数がぐんと減った。
汚い茶色の羽の蛾がゆらゆらと飛んで、街灯へ向かう。
暗い夜道を照らす明るい灯りに吸い寄せられている。
「わかるで、その気持ち」
そう言って見上げた寮の2階、当然のように自分の部屋は暗い。
カチャと鍵の開く音を響かせて室内に入ってまっすぐ左側のベッドへ。
敷きっぱなしで出ていった朝陽の布団。
これくらいは許されるだろう、と枕に顔を埋めてはぁと息を吐いた。
アルコールの匂いが鼻にまとわりついて離れない。
つい飲みすぎてしまうのをもうそろそろ止めないといけない。
布団も片付けないと、シャワーも浴びないと、と思いながらうつらうつらとしてしまう。
「──あさひ・・・」
「なぁに?」
「ただいま」
「ん、おかえり」
ちゅと唇に触れてくるのが擽ったい。
パブロフの犬に成り下がってしまった。
髪を掻き分けて入ってきた手のひらにわしゃわしゃと頭皮を撫でられた。
「これ好き」
「気持ちいいね」
「うん、気持ちいい」
これではもうパブロフの犬じゃない。
ただの犬だ、撫で回されて気持ちよくて腹を出して眠ってしまう飼い犬。
ぽたぽたと涙が溢れて、それを抱きしめた枕が吸っていく。
「泣いてるの可愛い」
「変態」
「褒めてる?」
「褒めてへんわ」
「寂しかった?」
「ううん、朝陽はどこにでもいるから」
嘘だ、本当はちょっぴり寂しい。
でも今はまだ色んな場所に朝陽の気配を感じるから、そこまで寂しくはない。
その気配が薄れて消えてなくなった時、きっとうんと寂しくなる。
そして、それがまた次へ踏み出せる一歩の合図になるはずだ。
「大好き」
そう言って那智は夢の中の朝陽に口付けて、胸いっぱいにその匂いを吸い込んだ。
「おやすみ、なち」
「おやすみ、朝陽」
また唇に優しい感触が降りてくる。
今日の夢はいい夢だなぁと思う、目が覚めるまで夢見ていたい。
※あとほんの少しで終わりです
読んでくださりありがとうございます(,,・ω・,,)
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