上 下
33 / 35

面影はあちこちに

しおりを挟む
責任とりなさいよ、とママに言われたが那智はそれにピンとこないまま変わらない日々を送っていた。
大学ではこれまで通り顔を合わすこともないし、寮を出ていったならもう接点はなにもない。
思い出になってしまった夏は那智の心の中でキラキラと輝いていた。
そんな置き土産を残していった朝陽のことを全く考えないと言えば嘘だ。
スマホの通知音には、朝陽かな?と一瞬思ってしまう。
それが違うとちょっぴり落胆する。
それくらい朝陽はするすると自分の心に入り込んでいた。

バイトが終わって、向かった駅ではついその姿を探してしまう。
もう待っていないとわかっているのに。
寮までの坂道では時々、夜空を見上げて歩いた。
でなければ目の前に伸びる坂にうんざりしてしまう。
一度だけ、遠回りしてコンビニでアイスを買った。
チョコとナッツに包まれた棒のバニラアイス。
甘くて、カリリと歯に当たるナッツに少し泣けた。
夜風に揺れてキィキィと揺れるブランコを横目に歩いた。
そういえば朝陽はその大きな体を折りたたむように滑り台を滑っていたな、と不意に思い出した。
お尻が入らなくて靴底で滑っていた。
色んなところにいるな、と思う。
ふふふとつい笑みが零れて、それは次の瞬間には涙に変わった。

「冷静に考えたら男なんてやんなぁ」

背が高くてバレーが上手くてエースというやつで、顔も悪くはない。
合コンでも女の子に絡まれていたし、駅で出会った女の子達は可愛らしかった。
人の機微には疎い気もするが、性格はいいんだろうと思う。
その場の雰囲気に飲まれる、ということはままある。
たくさん酒を飲んで良い気分の時に、一晩どう?なんて誘われればそれもいいかもなと思ってしまったり、旅先では普段だったら絶対食べないようなものを名物だからと食べてしまったり。
そうついうっかり手を出してしまう、そんな瞬間。
だけど、朝陽は心を尽くしてくれたと思う。
それはそれでとても幸せなことなのだ、そんな気持ちにさせてくれたことを感謝しなければならない。

「僕やないとあかん理由もないしなぁ」

ぽつりぽつりと零す那智の独り言を聞いているのは街灯に集まる羽虫だけだ。
それもその数がぐんと減った。
汚い茶色の羽の蛾がゆらゆらと飛んで、街灯へ向かう。
暗い夜道を照らす明るい灯りに吸い寄せられている。

「わかるで、その気持ち」

そう言って見上げた寮の2階、当然のように自分の部屋は暗い。


カチャと鍵の開く音を響かせて室内に入ってまっすぐ左側のベッドへ。
敷きっぱなしで出ていった朝陽の布団。
これくらいは許されるだろう、と枕に顔を埋めてはぁと息を吐いた。
アルコールの匂いが鼻にまとわりついて離れない。
つい飲みすぎてしまうのをもうそろそろ止めないといけない。
布団も片付けないと、シャワーも浴びないと、と思いながらうつらうつらとしてしまう。

「──あさひ・・・」
「なぁに?」
「ただいま」
「ん、おかえり」

ちゅと唇に触れてくるのが擽ったい。
パブロフの犬に成り下がってしまった。
髪を掻き分けて入ってきた手のひらにわしゃわしゃと頭皮を撫でられた。

「これ好き」
「気持ちいいね」
「うん、気持ちいい」

これではもうの犬じゃない。
ただの犬だ、撫で回されて気持ちよくて腹を出して眠ってしまう飼い犬。
ぽたぽたと涙が溢れて、それを抱きしめた枕が吸っていく。

「泣いてるの可愛い」
「変態」
「褒めてる?」
「褒めてへんわ」
「寂しかった?」
「ううん、朝陽はどこにでもいるから」

嘘だ、本当はちょっぴり寂しい。
でも今はまだ色んな場所に朝陽の気配を感じるから、そこまで寂しくはない。
その気配が薄れて消えてなくなった時、きっとうんと寂しくなる。
そして、それがまた次へ踏み出せる一歩の合図になるはずだ。

「大好き」

そう言って那智は夢の中の朝陽に口付けて、胸いっぱいにその匂いを吸い込んだ。

「おやすみ、なち」
「おやすみ、朝陽」
 
また唇に優しい感触が降りてくる。
今日の夢はいい夢だなぁと思う、目が覚めるまで夢見ていたい。



※あとほんの少しで終わりです
読んでくださりありがとうございます(,,・ω・,,)
エールとっても嬉しいです!
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】催眠なんてかかるはずないと思っていた時が俺にもありました!

隅枝 輝羽
BL
大学の同期生が催眠音声とやらを作っているのを知った。なにそれって思うじゃん。でも、試し聞きしてもこんなもんかーって感じ。催眠なんてそう簡単にかかるわけないよな。って、なんだよこれー!! ムーンさんでも投稿してます。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

同情で付き合ってもらっていると勘違いして別れを切り出す話

よしゆき
BL
告白するときに泣いてしまって、同情で付き合ってもらっていると勘違いしている受けが別れを切り出す話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】波間に揺れる

谷絵 ちぐり
BL
生まれ変わってもあなたを好きになる。 ※全五話 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※緩い設定ですので、細かいことが気になる方はご注意ください

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...