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とある夏のかけがえない一日
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助手席に座らせた那智が必死に眠気と戦っている。
寝ているところを無理に起こして、そのまま担ぎあげ助手席に置いてシートベルトを締めた。
最後にいつも使っているトートバッグを乗せて出発だ。
雨森の青ざめた顔とは対照的に出雲は笑っていた。
「なち、寝てていいよ」
「助手席で、寝るのは、あかん、」
そう言いながら眠ってしまった。
納涼会の夜のことを忘れたことはない。
朝陽、と自分の名を口にしたあの酒に濡れた声。
枕に顔を半分埋めながら呟くように囁いた声。
こちらを見つめる細めた目に色を感じてしまった。
あの声で目で、どうして自分はフラれてしまったのか。
なんで駄目なんだろう、全方位に胸を張るってどういうことなんだろう。
隣県まで出張ってきた海は平日なのに人でごった返していた。
自分たち同様世間も夏休みなのだ。
潮風に髪を揺らしながら那智の顔は不機嫌そうだった。
「もう帰りたい」
「来たばっか!」
宥めすかしてパラソルを立てて、機嫌を取るためにかき氷を買いに行ったのが間違いだった。
やたら声をかけられる、早くかき氷を買って那智の元へ行きたいのに。
これまでもモテないこともなかったが、こんなに声をかけられることもなかった。
「好きな子待たせてるんで!」
少し強めに言うとすぐに引いてくれるから助かるが、傾いたパラソルを直してほしいだのはナンパかどうか区別が難しい。
迷子救助だって、なんで自分が・・・と思う。
かき氷がみるみる溶けていく。
「なち、ごめん」
溶け始めるとあっという間だった氷が透明の砂糖水にぷかりと浮いて、それを見る那智は呆れていたと思う。
二人で海の家へ、と言ってくれた奥さんには感謝しかない。
「優しいねんな」
「ん?」
「パラソル立て直してあげたり、迷子を肩車してあげたり」
「見てた?」
「まぁ、背ぇ高いから目立つし」
そう言いながら那智はフランクフルトを齧った。
トマトは好きだがケチャップは嫌い、と言ったフランクフルトにはマスタードだけだ。
がぶがぶと食べながら、ナンパもされとったなと言う。
「ちゃんと断ったし」
「あそ」
「やきもち?」
「あほぅ」
ピクリと片眉を上げただけの那智は無言でいちご味のかき氷を食べ始めた。
「みぞれじゃなくて良かった?」
「それはさっき食べたやん」
「あれは、食べたっていうか飲んだというか」
ふふっと笑ってから、今度はケラケラとまた笑う。
「あれ、あのメロン味とられたんか?」
「え?あぁー、うん、暑いやら喉乾いたやらうるさくて。こっちだって喉乾いてたし、早く戻りたかったのに」
「ええな、その優しさの塊じゃないとこ」
那智はたまにわけのわからないことを言う。
迷子救助だって、人として当たり前だよくらい言えた方がかっこいいと思う。
氷とバニラアイスをジャクジャク混ぜて食べる那智。
「広いな」
「なにが?」
「空が」
「うん、うん?」
やっぱりわけがわからない。
「なちは泳げる?」
「さぁ、多分」
「今までの授業であったろ?」
「そうやなぁ」
海の家の白っ茶けた低いテーブルにペタンと那智は突っ伏して海の方を眺めている。
かき氷の器にはピンク色の水が僅かに残って、フランクフルトの串が入っていた。
「じゃ、浮き輪借りよう。俺が押してやる」
「・・・そうやなぁ」
水玉の大きな浮き輪を借りてパラソルに戻ると、奥さんの膝枕で子どもが眠っていた。
浮き輪を見た奥さんは笑って、行ってらっしゃいと手を振って送り出してくれた。
あの奥さんには感謝しかない。
Tシャツを脱いだ那智はやはりなまっ白く、そして細かった。
辛うじて肋が浮いてない腹の縦に凹んだ臍につい目がいってしまう。
「押すってどこまで?」
「あの、遊泳禁止のロープが張ってあるとこまで」
「怒られへんの?」
「怒られるよ」
あかんやん、と笑いながら浮き輪に収まっているのを押していく。
波を押して押し返されながら徐々に人の喧騒から離れていく。
照り返す陽射しは眩しい程で、揺れる那智の後頭部しか見えない。
「背中、綺麗だな」
「ばーか」
「照れてる?」
「グイグイくるな」
怒られていると、浜からも拡声器で怒られた。
戻ってこい、の声に残念やなという声は本当に残念そうに聞こえた。
浜に戻るために那智の正面に回ってみるとキョトンと目を丸くした。
「いや、あっち戻るから」
「あぁ、お前のでかい体で地平線が見えんくなった」
「お前じゃなくて、朝陽」
「・・・あさひ」
眉を下げてごにょごにょと言う様がなんだか堪らなくて、その尖った唇に小さく触れた。
「ずるない?」
「うん、ずるいな」
「溺れるかもしれへんのに」
「うん、助けられるのは俺だけだな」
「あかんやろ」
「そうかなぁ」
ぶつぶつと言う文句を聞きながら押し寄せてくる波に身を任せながら浜へと戻る。
背中を向けてもいいのにずっと向かい合わせのままで。
耳まで赤くなっているのは日に焼けただけではないと思う。
揺れる波の上でのキスは自分はもちろん、那智もきっと初めてだと思う。
この先、何度もこの日を思い出すだろう。
お互い忘れられない夏の日になればいい、そう願って止まない。
寝ているところを無理に起こして、そのまま担ぎあげ助手席に置いてシートベルトを締めた。
最後にいつも使っているトートバッグを乗せて出発だ。
雨森の青ざめた顔とは対照的に出雲は笑っていた。
「なち、寝てていいよ」
「助手席で、寝るのは、あかん、」
そう言いながら眠ってしまった。
納涼会の夜のことを忘れたことはない。
朝陽、と自分の名を口にしたあの酒に濡れた声。
枕に顔を半分埋めながら呟くように囁いた声。
こちらを見つめる細めた目に色を感じてしまった。
あの声で目で、どうして自分はフラれてしまったのか。
なんで駄目なんだろう、全方位に胸を張るってどういうことなんだろう。
隣県まで出張ってきた海は平日なのに人でごった返していた。
自分たち同様世間も夏休みなのだ。
潮風に髪を揺らしながら那智の顔は不機嫌そうだった。
「もう帰りたい」
「来たばっか!」
宥めすかしてパラソルを立てて、機嫌を取るためにかき氷を買いに行ったのが間違いだった。
やたら声をかけられる、早くかき氷を買って那智の元へ行きたいのに。
これまでもモテないこともなかったが、こんなに声をかけられることもなかった。
「好きな子待たせてるんで!」
少し強めに言うとすぐに引いてくれるから助かるが、傾いたパラソルを直してほしいだのはナンパかどうか区別が難しい。
迷子救助だって、なんで自分が・・・と思う。
かき氷がみるみる溶けていく。
「なち、ごめん」
溶け始めるとあっという間だった氷が透明の砂糖水にぷかりと浮いて、それを見る那智は呆れていたと思う。
二人で海の家へ、と言ってくれた奥さんには感謝しかない。
「優しいねんな」
「ん?」
「パラソル立て直してあげたり、迷子を肩車してあげたり」
「見てた?」
「まぁ、背ぇ高いから目立つし」
そう言いながら那智はフランクフルトを齧った。
トマトは好きだがケチャップは嫌い、と言ったフランクフルトにはマスタードだけだ。
がぶがぶと食べながら、ナンパもされとったなと言う。
「ちゃんと断ったし」
「あそ」
「やきもち?」
「あほぅ」
ピクリと片眉を上げただけの那智は無言でいちご味のかき氷を食べ始めた。
「みぞれじゃなくて良かった?」
「それはさっき食べたやん」
「あれは、食べたっていうか飲んだというか」
ふふっと笑ってから、今度はケラケラとまた笑う。
「あれ、あのメロン味とられたんか?」
「え?あぁー、うん、暑いやら喉乾いたやらうるさくて。こっちだって喉乾いてたし、早く戻りたかったのに」
「ええな、その優しさの塊じゃないとこ」
那智はたまにわけのわからないことを言う。
迷子救助だって、人として当たり前だよくらい言えた方がかっこいいと思う。
氷とバニラアイスをジャクジャク混ぜて食べる那智。
「広いな」
「なにが?」
「空が」
「うん、うん?」
やっぱりわけがわからない。
「なちは泳げる?」
「さぁ、多分」
「今までの授業であったろ?」
「そうやなぁ」
海の家の白っ茶けた低いテーブルにペタンと那智は突っ伏して海の方を眺めている。
かき氷の器にはピンク色の水が僅かに残って、フランクフルトの串が入っていた。
「じゃ、浮き輪借りよう。俺が押してやる」
「・・・そうやなぁ」
水玉の大きな浮き輪を借りてパラソルに戻ると、奥さんの膝枕で子どもが眠っていた。
浮き輪を見た奥さんは笑って、行ってらっしゃいと手を振って送り出してくれた。
あの奥さんには感謝しかない。
Tシャツを脱いだ那智はやはりなまっ白く、そして細かった。
辛うじて肋が浮いてない腹の縦に凹んだ臍につい目がいってしまう。
「押すってどこまで?」
「あの、遊泳禁止のロープが張ってあるとこまで」
「怒られへんの?」
「怒られるよ」
あかんやん、と笑いながら浮き輪に収まっているのを押していく。
波を押して押し返されながら徐々に人の喧騒から離れていく。
照り返す陽射しは眩しい程で、揺れる那智の後頭部しか見えない。
「背中、綺麗だな」
「ばーか」
「照れてる?」
「グイグイくるな」
怒られていると、浜からも拡声器で怒られた。
戻ってこい、の声に残念やなという声は本当に残念そうに聞こえた。
浜に戻るために那智の正面に回ってみるとキョトンと目を丸くした。
「いや、あっち戻るから」
「あぁ、お前のでかい体で地平線が見えんくなった」
「お前じゃなくて、朝陽」
「・・・あさひ」
眉を下げてごにょごにょと言う様がなんだか堪らなくて、その尖った唇に小さく触れた。
「ずるない?」
「うん、ずるいな」
「溺れるかもしれへんのに」
「うん、助けられるのは俺だけだな」
「あかんやろ」
「そうかなぁ」
ぶつぶつと言う文句を聞きながら押し寄せてくる波に身を任せながら浜へと戻る。
背中を向けてもいいのにずっと向かい合わせのままで。
耳まで赤くなっているのは日に焼けただけではないと思う。
揺れる波の上でのキスは自分はもちろん、那智もきっと初めてだと思う。
この先、何度もこの日を思い出すだろう。
お互い忘れられない夏の日になればいい、そう願って止まない。
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