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意気地無しは覚悟ができない
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場所はきっと体育館、そして画面の隅に映るのはライン上の空のペットボトル。
そのペットボトルにものすごいスピードのボールが当たってズバン、カランカラン、テンテンと音がして画面が動いてその奥を映した。
『なーちー見てくれたー?』
両手をブンブン振り満面の笑みの男、見たよ、見た。
動画の後にきたメッセージは『かっこいい?』と一言。
もうなにをどうしてどうすればいいのかわからない、これがしょうもない部類に入るのかどうかも。
確かにすごい、ボールの威力や正確なコントロール。
かっこよかった、と返事すれば喜ぶのだろうとは思う。
画面が動いたということは固定カメラでなく、誰かに撮ってもらったんだろう。
いいのか、それは。恥ずかしくないのか。
はぁ、と大きく嘆息して那智は構内のベンチにもたれかかって天を仰いだ。
こんな健全なアプローチは受けたことがない。
ワンナイトを前提としたお誘いや、体の相性が良ければ付き合ってみちゃう?のような軽いものしかない。
小さなプレゼントなんてものももらったことがない。
あのヘアピンは財布の小銭入れに入れてある。
なんでそんなとこに入れたのか、嫌でも目につくのに、硬貨で傷だらけになってしまうのに。
「暑っつい・・・」
ここで昼を食べるのももう限界かもしれない。
でもなぁ、と思い浮かべるのは豪快に大口を開けて笑う男。
下手にうろうろして見つかりたくはない。
あぁこうやって考えることが相手の思うつぼのような気がして嫌になる。
男だからだろ?そういう奴を初めて見たんだろ?好奇心からだろ?
──男も悪くなかったよ
呪縛のようなそれに囚われている。
夢見るほどに幼くはない、けれど夢を見ないほどに大人にもなりきれない。
夕方、寮に帰ると出雲が頭にタオルを巻いて草刈機でジャングルのような庭の草刈りをしていた。
もうそんな時期だな、とぼんやりと眺めていると視線を感じたのかブイーンと煩い草刈機を止めた出雲に声をかけられた。
「赤星、おかえり」
「ただいま、です」
「納涼会、今年も来るよな?」
「あぁー、どうしようかな」
「俺、今年で最後なんだぜ?」
そう言われてしまっては、はいと返事するしかない。
ニヤリと笑う出雲はいつも飄々としていて、自分がゲイだと暗黙の了解のようになってしまった時も態度の変わらない一人だった。
「赤星は野菜担当な」
「出雲先輩、野菜って結構高いんですよ?嵩張ると重いし」
「月城と一緒にすりゃあいい」
「い、や、で、す!」
「まぁまぁ、四年組がいい肉買うからよ」
くつくつと笑いながらまたブイーンと大きな音をさせながら出雲は草刈りに戻っていった。
納涼会はテスト明けの夏休みの第一週に開催される花火大会に合わせて行われる寮行事だ。
とはいえ、参加は任意で少ない寮費でなにかできるわけもないので持ち寄りで飲み会をするだけだ。
ただ、坂の上に建つ寮の屋上からは花火がよく見える。
以前は屋上でのBBQだったらしいが、老朽化であちこちおんぼろになってからは庭で開催する。
近所に配慮して煙が気になるので庭でもBBQは無しだ。
庭に面した食堂の掃き出し窓を開け放ちホットプレートで肉や野菜を焼いて食べる。
庭にテーブルや椅子を出して他にも持ち寄った料理を食べて飲んで花火を見る。
寮生の友達なら誰でもいつ来てもいいし、いつ帰ってもいい。
ただし酒か食べ物、どちらかを持って来ることが絶対条件だ。
あいつも納涼会に参加するんだろうか。
いや、部活があるから来ないかも。
運動部のことなんてなにも知らないが夏なんて合宿とか、なにかあるのかもしれない。
イメージが貧困すぎる、と畳に大の字になってごろりと窓から見える空を見上げた。
テスト頑張らないといけないのに、他のことに悩まされすぎている。
バンとドアが開いて、しらっとそのまま視線を送る。
ただいまと破顔するこの男は何度言ってもノックをしない。
頭がバレーボールなのかもしれない。
「なち!ジャングルが無くなってた」
「納涼会があるからだよ」
「あれ、なち元気ない?」
お前のせいでな、という言葉は飲みこんでまたごろりと空を見上げた。
どかりと胡座をかいて座って額に大きな手が乗った。
温かい手、運動してる奴は血の巡りが良くて温かいのかもしれない。
「熱はない」
「そりゃどうも」
「納涼会てなにすんの?」
「食べて飲んで花火見るだけ」
「なちも参加すんの?」
無言をどう捉えたのか、楽しみだなぁと大きな体を揺らすのを肌で感じた。
この距離感に慣れてきたというか、慣らされてしまったというか。
「飯食った?」
「何時や思てんねん」
「そりゃそうか、行ってくる」
汗とほんの少しのオリーブオイルの香り。
じわじわと沈澱していくその香りに那智はぎゅうと自身を抱きしめて丸くなった。
テストはもう泣きたくなるほど散々で、夏休みが終わればこの妙な同居生活からも解放される。
物理的な距離を侮ってはいけない、早く秋になればいいと思う。
この心の進むスピードを追い越して、もっと早く季節が進んでほしい。
そのペットボトルにものすごいスピードのボールが当たってズバン、カランカラン、テンテンと音がして画面が動いてその奥を映した。
『なーちー見てくれたー?』
両手をブンブン振り満面の笑みの男、見たよ、見た。
動画の後にきたメッセージは『かっこいい?』と一言。
もうなにをどうしてどうすればいいのかわからない、これがしょうもない部類に入るのかどうかも。
確かにすごい、ボールの威力や正確なコントロール。
かっこよかった、と返事すれば喜ぶのだろうとは思う。
画面が動いたということは固定カメラでなく、誰かに撮ってもらったんだろう。
いいのか、それは。恥ずかしくないのか。
はぁ、と大きく嘆息して那智は構内のベンチにもたれかかって天を仰いだ。
こんな健全なアプローチは受けたことがない。
ワンナイトを前提としたお誘いや、体の相性が良ければ付き合ってみちゃう?のような軽いものしかない。
小さなプレゼントなんてものももらったことがない。
あのヘアピンは財布の小銭入れに入れてある。
なんでそんなとこに入れたのか、嫌でも目につくのに、硬貨で傷だらけになってしまうのに。
「暑っつい・・・」
ここで昼を食べるのももう限界かもしれない。
でもなぁ、と思い浮かべるのは豪快に大口を開けて笑う男。
下手にうろうろして見つかりたくはない。
あぁこうやって考えることが相手の思うつぼのような気がして嫌になる。
男だからだろ?そういう奴を初めて見たんだろ?好奇心からだろ?
──男も悪くなかったよ
呪縛のようなそれに囚われている。
夢見るほどに幼くはない、けれど夢を見ないほどに大人にもなりきれない。
夕方、寮に帰ると出雲が頭にタオルを巻いて草刈機でジャングルのような庭の草刈りをしていた。
もうそんな時期だな、とぼんやりと眺めていると視線を感じたのかブイーンと煩い草刈機を止めた出雲に声をかけられた。
「赤星、おかえり」
「ただいま、です」
「納涼会、今年も来るよな?」
「あぁー、どうしようかな」
「俺、今年で最後なんだぜ?」
そう言われてしまっては、はいと返事するしかない。
ニヤリと笑う出雲はいつも飄々としていて、自分がゲイだと暗黙の了解のようになってしまった時も態度の変わらない一人だった。
「赤星は野菜担当な」
「出雲先輩、野菜って結構高いんですよ?嵩張ると重いし」
「月城と一緒にすりゃあいい」
「い、や、で、す!」
「まぁまぁ、四年組がいい肉買うからよ」
くつくつと笑いながらまたブイーンと大きな音をさせながら出雲は草刈りに戻っていった。
納涼会はテスト明けの夏休みの第一週に開催される花火大会に合わせて行われる寮行事だ。
とはいえ、参加は任意で少ない寮費でなにかできるわけもないので持ち寄りで飲み会をするだけだ。
ただ、坂の上に建つ寮の屋上からは花火がよく見える。
以前は屋上でのBBQだったらしいが、老朽化であちこちおんぼろになってからは庭で開催する。
近所に配慮して煙が気になるので庭でもBBQは無しだ。
庭に面した食堂の掃き出し窓を開け放ちホットプレートで肉や野菜を焼いて食べる。
庭にテーブルや椅子を出して他にも持ち寄った料理を食べて飲んで花火を見る。
寮生の友達なら誰でもいつ来てもいいし、いつ帰ってもいい。
ただし酒か食べ物、どちらかを持って来ることが絶対条件だ。
あいつも納涼会に参加するんだろうか。
いや、部活があるから来ないかも。
運動部のことなんてなにも知らないが夏なんて合宿とか、なにかあるのかもしれない。
イメージが貧困すぎる、と畳に大の字になってごろりと窓から見える空を見上げた。
テスト頑張らないといけないのに、他のことに悩まされすぎている。
バンとドアが開いて、しらっとそのまま視線を送る。
ただいまと破顔するこの男は何度言ってもノックをしない。
頭がバレーボールなのかもしれない。
「なち!ジャングルが無くなってた」
「納涼会があるからだよ」
「あれ、なち元気ない?」
お前のせいでな、という言葉は飲みこんでまたごろりと空を見上げた。
どかりと胡座をかいて座って額に大きな手が乗った。
温かい手、運動してる奴は血の巡りが良くて温かいのかもしれない。
「熱はない」
「そりゃどうも」
「納涼会てなにすんの?」
「食べて飲んで花火見るだけ」
「なちも参加すんの?」
無言をどう捉えたのか、楽しみだなぁと大きな体を揺らすのを肌で感じた。
この距離感に慣れてきたというか、慣らされてしまったというか。
「飯食った?」
「何時や思てんねん」
「そりゃそうか、行ってくる」
汗とほんの少しのオリーブオイルの香り。
じわじわと沈澱していくその香りに那智はぎゅうと自身を抱きしめて丸くなった。
テストはもう泣きたくなるほど散々で、夏休みが終わればこの妙な同居生活からも解放される。
物理的な距離を侮ってはいけない、早く秋になればいいと思う。
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