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最初の一手は胃袋から
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那智は鼻血を大量噴出した次の日、雨森と病院に診察に行った。
帰ってきた那智は鼻ではなく、額に大きな白い絆創膏のようなものを貼って不機嫌そうだ。
「ほんとにごめん。俺のせいで」
「そうだね、全部君が悪い」
Tシャツにハーフパンツというラフな格好の那智は病院から帰って着替えもせずにベッドに潜り込もうとした。
なんとかカーテンを閉めるのを止めて、塩化ビニールの床の上に正座する。
「なち、話がしたい」
「なに?」
「昨夜のことをもう一回謝りたい」
「いらない」
「大学近くの『カンラッテ』の平日80個限定プリン」
大学前にある洋菓子屋『カンラッテ』はメインはもちろんケーキだが、プリンも大層美味しいと評判だ。
ただ、そのプリンは限定商品であり並ばないと買えない。
那智が病院に行っている間に並んで買ってきて、それは冷蔵庫に入れて冷やしてある。
那智の口がもにょもにょと動いて、眉間に皺も寄せてなにか考えているのがわかる。
ギュッと閉じられた目はどんな答えを出すのだろう。
「・・・食べる」
よし勝った、と心中はスタンディングオーべーションだがそれを顔に出しては良くない気がするのでなるべく平静を装うことにする。
縦に長いガラス瓶に入ったプリンはクリーム、カスタード、カラメルの三層になっていてスプーンでかき混ぜて食べる。
ひと匙掬って口元へ持っていくと那智の鼻の頭が赤くなった。
「はい」
「・・・なにしてんの?」
「プリン」
「自分で食べられる」
「病み上がりだろ?」
「病んでない」
流れでさらっといけないかな、と思ったそれは上手くいかなかった。
プリンもスプーンも取り上げられてしまっては、することがない。
くるくるとかき混ぜたとろとろのプリンが那智の口に吸い込まれていく。
「ジロジロ見るな」
「美味そうだなと思って」
「自分の食べれば?」
「・・・ひとつしか買ってない」
嘘だ、本当はおひとり様三つまでの三つ買った。
残りの二つは那智に食べてもらうのを冷蔵庫で待っている。
「朝イチから二時間並んだ。今日はすごく暑くて」
「わかったよ!」
ほら、と突きつけられたスプーンにはプリンが乗っていて那智の頬が紅潮していた。
「美味しい」
「うん」
ぷいっとそっぽを向いた那智の耳が今度は赤い。
反応がいちいち可愛いな、とついつい不躾だと思っても見つめてしまう。
「なち、汚したTシャツの弁償をしたい」
「しなくていい、安モンだし」
「それじゃあ俺の気が済まない」
「ほんとにいいってば!」
勢いで振り向いた那智にずいと近づいて、もう一度弁償するからと詰め寄った。
額に貼られた絆創膏のために那智の長い前髪はサイドに流されていてよく目が見える。
「わかった、わかったから近い!」
「あと、昨夜の告白だけど・・・」
「は?はぁ?」
「返事は今すぐでなくていい」
「な、ななな、なにを・・・」
「俺のことを考えてくれるか?」
「勝手に、一人で、話を、進めるなー!!」
ドンと肩を押されてもビクともしないが、一応那智の気持ちを尊重して一歩下がる。
すかさずタオルケットを頭から被っているところをポンと叩いてカーテンを閉めてやった。
まずは意識してもらうことから始めなければならない。
好感度はゼロどころかきっとマイナスだが、落ちるとこまで落ちたらあとは上がるだけだ。
「今日ずっといるからなにかあったら言って」
「・・・プリン、ありがと」
ぽそりと聞こえた言葉に込み上げる笑いをこらえることができない、出ていけと言われないことも嬉しい。
夕飯は雨森に無理を言って部屋食にした。
盆に乗った茶碗二つについ顔がにやけてしまう。
折りたたみ式のテーブルを畳の真ん中にセットして座布団も敷いて、ご飯とおかずを並べていく。
鯖の味噌煮とだし巻き玉子、小松菜と揚げの煮浸しとワカメと麸の味噌汁。
プリンを買うついでに買ってきたトマトは、雨森の手によって小さくカットされて刻んだ大葉と和えられていた。
「なんでここで食べるの?」
「そのおでこの絆創膏見られるの嫌じゃない?」
「誰のせいだと・・・」
「俺」
むむむとなりながらも座って箸をとってくれた。
小さく聞こえたいただきます、は幻聴なんかじゃない。
早速トマトを食べて、嬉しそうに頬が緩んでいく。
トマト好き?と声をかけるとこくりと頷くのが妙に可愛く見える。
「それ、太陽のめぐみっていうなんかわかんないけど良いトマト」
「え?」
「なちがトマト好きかと思って買ってきたんだ」
ポポポと赤くなる様はまさにトマトのようで、パクパクと声にならずに動く唇は真っ赤な金魚のようだった。
まとめると、那智は可愛らしい。
狙いは間違ってなかった、サービスエースを決めた時の爽快感がある。
まずは胃袋から掴んでいこう。
トマト料理専門店なんてあるのかな。
帰ってきた那智は鼻ではなく、額に大きな白い絆創膏のようなものを貼って不機嫌そうだ。
「ほんとにごめん。俺のせいで」
「そうだね、全部君が悪い」
Tシャツにハーフパンツというラフな格好の那智は病院から帰って着替えもせずにベッドに潜り込もうとした。
なんとかカーテンを閉めるのを止めて、塩化ビニールの床の上に正座する。
「なち、話がしたい」
「なに?」
「昨夜のことをもう一回謝りたい」
「いらない」
「大学近くの『カンラッテ』の平日80個限定プリン」
大学前にある洋菓子屋『カンラッテ』はメインはもちろんケーキだが、プリンも大層美味しいと評判だ。
ただ、そのプリンは限定商品であり並ばないと買えない。
那智が病院に行っている間に並んで買ってきて、それは冷蔵庫に入れて冷やしてある。
那智の口がもにょもにょと動いて、眉間に皺も寄せてなにか考えているのがわかる。
ギュッと閉じられた目はどんな答えを出すのだろう。
「・・・食べる」
よし勝った、と心中はスタンディングオーべーションだがそれを顔に出しては良くない気がするのでなるべく平静を装うことにする。
縦に長いガラス瓶に入ったプリンはクリーム、カスタード、カラメルの三層になっていてスプーンでかき混ぜて食べる。
ひと匙掬って口元へ持っていくと那智の鼻の頭が赤くなった。
「はい」
「・・・なにしてんの?」
「プリン」
「自分で食べられる」
「病み上がりだろ?」
「病んでない」
流れでさらっといけないかな、と思ったそれは上手くいかなかった。
プリンもスプーンも取り上げられてしまっては、することがない。
くるくるとかき混ぜたとろとろのプリンが那智の口に吸い込まれていく。
「ジロジロ見るな」
「美味そうだなと思って」
「自分の食べれば?」
「・・・ひとつしか買ってない」
嘘だ、本当はおひとり様三つまでの三つ買った。
残りの二つは那智に食べてもらうのを冷蔵庫で待っている。
「朝イチから二時間並んだ。今日はすごく暑くて」
「わかったよ!」
ほら、と突きつけられたスプーンにはプリンが乗っていて那智の頬が紅潮していた。
「美味しい」
「うん」
ぷいっとそっぽを向いた那智の耳が今度は赤い。
反応がいちいち可愛いな、とついつい不躾だと思っても見つめてしまう。
「なち、汚したTシャツの弁償をしたい」
「しなくていい、安モンだし」
「それじゃあ俺の気が済まない」
「ほんとにいいってば!」
勢いで振り向いた那智にずいと近づいて、もう一度弁償するからと詰め寄った。
額に貼られた絆創膏のために那智の長い前髪はサイドに流されていてよく目が見える。
「わかった、わかったから近い!」
「あと、昨夜の告白だけど・・・」
「は?はぁ?」
「返事は今すぐでなくていい」
「な、ななな、なにを・・・」
「俺のことを考えてくれるか?」
「勝手に、一人で、話を、進めるなー!!」
ドンと肩を押されてもビクともしないが、一応那智の気持ちを尊重して一歩下がる。
すかさずタオルケットを頭から被っているところをポンと叩いてカーテンを閉めてやった。
まずは意識してもらうことから始めなければならない。
好感度はゼロどころかきっとマイナスだが、落ちるとこまで落ちたらあとは上がるだけだ。
「今日ずっといるからなにかあったら言って」
「・・・プリン、ありがと」
ぽそりと聞こえた言葉に込み上げる笑いをこらえることができない、出ていけと言われないことも嬉しい。
夕飯は雨森に無理を言って部屋食にした。
盆に乗った茶碗二つについ顔がにやけてしまう。
折りたたみ式のテーブルを畳の真ん中にセットして座布団も敷いて、ご飯とおかずを並べていく。
鯖の味噌煮とだし巻き玉子、小松菜と揚げの煮浸しとワカメと麸の味噌汁。
プリンを買うついでに買ってきたトマトは、雨森の手によって小さくカットされて刻んだ大葉と和えられていた。
「なんでここで食べるの?」
「そのおでこの絆創膏見られるの嫌じゃない?」
「誰のせいだと・・・」
「俺」
むむむとなりながらも座って箸をとってくれた。
小さく聞こえたいただきます、は幻聴なんかじゃない。
早速トマトを食べて、嬉しそうに頬が緩んでいく。
トマト好き?と声をかけるとこくりと頷くのが妙に可愛く見える。
「それ、太陽のめぐみっていうなんかわかんないけど良いトマト」
「え?」
「なちがトマト好きかと思って買ってきたんだ」
ポポポと赤くなる様はまさにトマトのようで、パクパクと声にならずに動く唇は真っ赤な金魚のようだった。
まとめると、那智は可愛らしい。
狙いは間違ってなかった、サービスエースを決めた時の爽快感がある。
まずは胃袋から掴んでいこう。
トマト料理専門店なんてあるのかな。
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