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意識する無視しない虫

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寮までの坂道を赤星の荷物を持って歩く。
前を歩く赤星も肩にトートバッグをさげて、手には紙袋を持っている。
途中、児童公園を横目に見て静まり返る住宅街を歩いた。
怒ってるよなぁ、とつい何時間か前のことを思い出す。


焼き鳥屋を飛び出した朝陽は人波の中から目当ての人物を探す、自分より背の低い白シャツの男は信号待ちをしていた。

「いた・・・」

赤星だ、と朝陽は走り出した。
信号は青になって先にを行くのを追いかける。
点滅する信号を走り抜けて、焼き鳥の匂いを追いかける。
迷いない足取りで繁華街を抜けて、一本外れた路地の雑居ビルの階段を上っていく。

「バー、コスタリカーナ?」

脳裏に過ぎるのはあの文庫本で、なにか関係あるのかなと思う。
よしっと気合いを入れて重い扉を開けると目の前に赤星がいて驚いた。
土下座して謝罪したが、返ってきたのはつれない言葉だった。
三ヶ月という短い間だが、できれば良い関係を築きたい。
常連客に笑いかける顔は新鮮で心を開いているように見えた。
ママと呼ばれるその人は背の高さや肩幅、喉仏から男に見えるが話す言葉は女性のように柔らかく耳の下で切り揃えた髪は女性的だった。
そのママにあれよあれよという間に荷物をまとめられ、コスタリカーナを追い出された。
赤星の不機嫌を隠そうともしない表情とオーラに怯んだ。
並んで歩こうとすると早足で先に行かれてしまった。


電車で一駅、そこからは緩く長い坂道を上って最後に急勾配がある。
その急勾配の先が綾美館だ。
大学まではバスで15分、歩いて行けなくもないがちょっと遠いというやつだ。
目の前を歩く赤星は終始無言で、無視のお手本があったならきっとそれ。

「あのママって男なのに綺麗な人だな」
「赤星もイタリアン串好き?俺も好きなんだ」
「部活ってバレー部なんだけど、赤星はなにかサークルとか入ってる?」
「いつからあのバーでバイトしてんの?」
「バイトの時だけ髪をあげてんの?普段は眼鏡?」
「どれくらい目悪いの?」
「コスタリカーナって本のタイトルと一緒だよな?」

半ば意地になって話しかけていたが、なんの返答も得られない。
ここに木下がいるならば、そういうとこがお前は駄目なんだと言われそうな気がする。
けれど話してみないとなんにもわからないし、始まらないと思うのだ。
イタリアン串を食べさせたらまたあの緩む頬が見れるのだろうか。

赤星の白いTシャツが暗闇の中よく目立って、腰に巻いたチェックのシャツが揺れている。
等間隔に並ぶ街灯には羽虫や蛾が吸い寄せられる様に集まっていた。
そこからはぐれた蛾が一匹、ゆらゆらと白い背中に止まった。

「赤星、背中に蛾が・・・赤星!背中に蛾が止まってるって」

ずんずんと坂道の先を歩む赤星は相変わらず無視で振り向こうとしない。

「なち!」
「え?」

振り向いた那智に駆け寄り背中の蛾を朝陽はつまんで取り除いた。
嫌そうに歪めた顔は仄かに赤らんで、蛾と朝陽を交互に見ながら口を開く。

「え?蛾?はぁあああ!?なに素手で触っとんねん。信じられへん、お前ほんまなんやねん!あほか!」

朝陽の指先につままれた蛾を見て礼を言うまでもなく、那智は暴言を吐いて走り去った。

「・・・え、関西弁かわいー」

力の抜けた指先から蛾が飛び去っていく、ゆらゆらとまた街灯に向かって。
指先に残った鱗粉は擦っても落ちずに朝陽の指先に色濃く残った。



一方、朝陽を置いて走った那智の心中はどこまでも暗い思いが渦巻いていた。
もう二度と関わることはないと思っていた。
大学でも学部が違うし、学食にも行かず友人も作らず地味に過ごしている。
なのに、まさかバイト先に来るなんて想定外だ。
なんでバレたんだろう。
でかいし、見るからに陽キャだし、同じ空間にいたくない。
ペラペラ口が回るのも嫌だ。
嫌いな虫を素手で触ったのも嫌だ。
部屋にラベンダー以外の匂いが混じっているのも嫌だ。
なにより、あの真っ直ぐな目が嫌だ。
嫌だ、嫌だ、お腹の奥の嫌な虫がざわざわする。

二段ベッドのカーテンをぴっちりと閉めてタオルケットを頭から被る。
カチャと音がして気使うような小さな足音が聞こえてきて、ぎゅうと耳を塞いだ。

「おやすみ、なち」

あぁ、もう全部嫌だ。

──大っ嫌い!!


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