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消えた!
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屋敷二階西側の廊下には濃紺の絨毯が敷いてある。
壁にある燭台には蝋燭の一本も無く、時折ピカリと光る雷光を頼りに歩いた。
そして、辿り着いた一番奥は書斎だった。
執務室も兼ねているのか大きな机と簡易的なソファが置いてある。
屋敷の出自に関するものはなにかあるかとリュカとアイザックは机回りに散乱した書類を集めていた。
「もう少し灯りがほしいですね」
「だな」
いくら目が慣れたとはいえ暗闇で文字を追うのは至極疲れる作業だ。
もみもみと目頭を揉んでも目がしょぼしょぼする。
リュカはふうと息を吐いて、破れて綿が飛び出しているソファに腰を下ろした。
「リュカ、汚れるよ」
「少し疲れました」
あーと口を開けて天井を見上げる。
暗くてよく見えないがなにか絵が描いてある。
「アイク、絵が描いてある」
「ん?あぁ、ほんとだ。なんだろうな」
言いながらアイザックもリュカの隣に腰を下ろした。
同じように横に並んで二人でぽかりと口を開けて天井を見上げる。
「あちこち剥げててわかりませんね」
「うん」
こてんとリュカはアイザックの肩に頭を乗せて目を閉じた。
「アイク、ごめんね?」
「なんで?」
「僕と小兄様は歳が近いからすぐに張り合ったり言い合ったりしちゃう」
「いいよ、リュカといると退屈しない」
そう言ってリュカのつむじに軽くキスを落とした。
でもな、アイザックはリュカの肩を抱く。
「危ないことは駄目だからな?いつもあれの思いつきに巻き込まれてる」
「ごめんなさい」
ふふふ、と笑いあって手にある書類にまた目を通す。
紙は虫に食われていたり、インクが滲んでいたりで読めるところの方が少ない。
子ども部屋から持ってきた日記と照らし合わせながら知り得た情報を繋ぎ合わせていく。
「元は男爵領だったみたいだな」
「元は?」
「あぁ、ここは今はトルーマンとシザースの領境で多分まだシザース領だ」
ふんふんとリュカは頷きながらアイザックの話を聞いた。
王家の直轄領は至る所にある。
その殆どが、後継がおらず家を存続できなかった貴族から返還された領土だ。
それらは王家が管理し、功績を得た者に爵位と共に与えたり地続きの領土として下げ渡したりする。
「今、シザースということは下げ渡されたということですか?」
「うん、小さな土地だったみたいだからな」
子ども部屋があるということは子どもがいたということだとリュカは思う。
なのに後継不足で家が断絶してしまった。
「縁者はいなかったのでしょうか」
「いたんだろうが、あまり旨みのない土地だったみたいだな」
「トルーマンが栄えてもここは近すぎて素通りしてしまうから」
「なるほど」
「シザース家も領民は引き受けても土地の面倒は見なかったんだろう」
なんだか悲しい話だな、とリュカがしんみりした時階下から大声で呼ばれた。
「リューーーーカーーー!!」
ナルシュがこれでもかと声を張っているのがわかる。
やれやれとエントランスホールまで戻ると護衛達が倒れていた。
「なに、どうしたの!?」
「寝てるだけだけど、起きない」
ペチペチとエルドリッジ家の私兵の頬を叩きながらナルシュが言う。
声を聞きつけたジェラールとニコラスも合流して、二人共同じように驚いた。
「アイザック、なんかあったか?」
「ん?あぁ、これ」
エルドリッジは燭台の灯りの元、受け取った書類を確かめて顔を顰めた。
「滲んだり破れたりで肝心なとこが読めんな」
「あぁ。義兄上もご覧になりますか?」
上位の君たちにわからないものがわかるわけないだろう、ジェラールはそう思ったが断るわけにもいかない。
どれどれとエルドリッジの持つ書面に目を落とした。
「これは、ダーズリー家の紋章に見えるな」
「ダーズリー?」
「知らないかい?ダーズリー家の悲劇って」
同じ方向に首を傾げる義弟たちがおかしくてジェラールはつい笑ってしまった。
「あはは、知らないのも仕方ないかもな。民の間で語られる俗な話だよ。嘘か真かわからない。ただ、その双頭の蛇はダーズリー家のものだ」
「義兄上はどうして知っておられるのですか?」
「昔、母に仕込まれたんだ。古いのから新しいのまで、紋章を見てどこの家かを答えるというのをね。そうか、ここがダーズリーか」
ニコラス君も見てご覧よ、そう言ってジェラールは振り返ったが返事はなかった。
「ニコラス君?」
「リュカ?」
「ナル!!」
アイザック達が頭を寄せ合って話し込んでいた間にリュカ達は消えていた。
叫んでも木霊が返ってくるだけで返事はない。
ほんの少し目を離しただけなのに、と三人は思う。
なんの前触れも、音もなく消えてしまった。
まるで最初からいなかったように。
稲光と轟音と雨音に紛れてキャハハと微かに子どもの笑う声が聞こえた気がした。
壁にある燭台には蝋燭の一本も無く、時折ピカリと光る雷光を頼りに歩いた。
そして、辿り着いた一番奥は書斎だった。
執務室も兼ねているのか大きな机と簡易的なソファが置いてある。
屋敷の出自に関するものはなにかあるかとリュカとアイザックは机回りに散乱した書類を集めていた。
「もう少し灯りがほしいですね」
「だな」
いくら目が慣れたとはいえ暗闇で文字を追うのは至極疲れる作業だ。
もみもみと目頭を揉んでも目がしょぼしょぼする。
リュカはふうと息を吐いて、破れて綿が飛び出しているソファに腰を下ろした。
「リュカ、汚れるよ」
「少し疲れました」
あーと口を開けて天井を見上げる。
暗くてよく見えないがなにか絵が描いてある。
「アイク、絵が描いてある」
「ん?あぁ、ほんとだ。なんだろうな」
言いながらアイザックもリュカの隣に腰を下ろした。
同じように横に並んで二人でぽかりと口を開けて天井を見上げる。
「あちこち剥げててわかりませんね」
「うん」
こてんとリュカはアイザックの肩に頭を乗せて目を閉じた。
「アイク、ごめんね?」
「なんで?」
「僕と小兄様は歳が近いからすぐに張り合ったり言い合ったりしちゃう」
「いいよ、リュカといると退屈しない」
そう言ってリュカのつむじに軽くキスを落とした。
でもな、アイザックはリュカの肩を抱く。
「危ないことは駄目だからな?いつもあれの思いつきに巻き込まれてる」
「ごめんなさい」
ふふふ、と笑いあって手にある書類にまた目を通す。
紙は虫に食われていたり、インクが滲んでいたりで読めるところの方が少ない。
子ども部屋から持ってきた日記と照らし合わせながら知り得た情報を繋ぎ合わせていく。
「元は男爵領だったみたいだな」
「元は?」
「あぁ、ここは今はトルーマンとシザースの領境で多分まだシザース領だ」
ふんふんとリュカは頷きながらアイザックの話を聞いた。
王家の直轄領は至る所にある。
その殆どが、後継がおらず家を存続できなかった貴族から返還された領土だ。
それらは王家が管理し、功績を得た者に爵位と共に与えたり地続きの領土として下げ渡したりする。
「今、シザースということは下げ渡されたということですか?」
「うん、小さな土地だったみたいだからな」
子ども部屋があるということは子どもがいたということだとリュカは思う。
なのに後継不足で家が断絶してしまった。
「縁者はいなかったのでしょうか」
「いたんだろうが、あまり旨みのない土地だったみたいだな」
「トルーマンが栄えてもここは近すぎて素通りしてしまうから」
「なるほど」
「シザース家も領民は引き受けても土地の面倒は見なかったんだろう」
なんだか悲しい話だな、とリュカがしんみりした時階下から大声で呼ばれた。
「リューーーーカーーー!!」
ナルシュがこれでもかと声を張っているのがわかる。
やれやれとエントランスホールまで戻ると護衛達が倒れていた。
「なに、どうしたの!?」
「寝てるだけだけど、起きない」
ペチペチとエルドリッジ家の私兵の頬を叩きながらナルシュが言う。
声を聞きつけたジェラールとニコラスも合流して、二人共同じように驚いた。
「アイザック、なんかあったか?」
「ん?あぁ、これ」
エルドリッジは燭台の灯りの元、受け取った書類を確かめて顔を顰めた。
「滲んだり破れたりで肝心なとこが読めんな」
「あぁ。義兄上もご覧になりますか?」
上位の君たちにわからないものがわかるわけないだろう、ジェラールはそう思ったが断るわけにもいかない。
どれどれとエルドリッジの持つ書面に目を落とした。
「これは、ダーズリー家の紋章に見えるな」
「ダーズリー?」
「知らないかい?ダーズリー家の悲劇って」
同じ方向に首を傾げる義弟たちがおかしくてジェラールはつい笑ってしまった。
「あはは、知らないのも仕方ないかもな。民の間で語られる俗な話だよ。嘘か真かわからない。ただ、その双頭の蛇はダーズリー家のものだ」
「義兄上はどうして知っておられるのですか?」
「昔、母に仕込まれたんだ。古いのから新しいのまで、紋章を見てどこの家かを答えるというのをね。そうか、ここがダーズリーか」
ニコラス君も見てご覧よ、そう言ってジェラールは振り返ったが返事はなかった。
「ニコラス君?」
「リュカ?」
「ナル!!」
アイザック達が頭を寄せ合って話し込んでいた間にリュカ達は消えていた。
叫んでも木霊が返ってくるだけで返事はない。
ほんの少し目を離しただけなのに、と三人は思う。
なんの前触れも、音もなく消えてしまった。
まるで最初からいなかったように。
稲光と轟音と雨音に紛れてキャハハと微かに子どもの笑う声が聞こえた気がした。
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