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雨宿りしたい!
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公爵家の馬車は二頭立てで頑丈に出来ている。
その頑丈な馬車が横風に押されてリュカは転げてしまった。
「リュカ、しっかり掴まってて」
「ぁい、痛いです」
ごちんと頭を打ってしまったリュカは涙目だった。
その時、御者台から連絡窓が開いた。
御者台から開けると言うことは緊急だということだ。
「旦那様、この先に屋敷が見えますのでそちらへ向かいます」
「わかった。よろしく頼む」
バタンと閉じた連絡窓、ヒューと甲高い声を上げて唸る風、馬車の窓にポツリと一粒の水滴が落ちた。
雨だ、リュカがそう思った時には車窓はもう滲んでいた。
辿り着いた屋敷に灯りはなく、門扉は開け放たれたままで雑草が生い茂っていた。
真鍮と思われるノッカーを鳴らしてみるが応答する声も聞こえない。
「アイク・・・」
「ん?」
「このノッカー、鹿ですよ!」
ノッカーなんぞ鹿でも馬でもなんならうさぎでもいい、とアイザックは思いながら公爵家のノッカーを鹿に替えようと決意した。
「アイザック君、無人じゃないか?」
「そうみたいですね」
言いながら取っ手を引くとキィィと嫌な音を立てて開いた。
雨足が強まってきている。
遠くからゴロゴロと聞こえるので雷雨になるかもしれない。
エントランスホールと思わしき場所は当然薄暗く、埃臭い。
毛足の短い絨毯もどことなく湿っているような気がした。
リュカはアイザックの腕だけが命綱だというように強く抱き込んだ。
風が窓を揺らし、どこかから入ってくる隙間風はひんやりとしていて時折ピカリと空が光っている。
その時、一際大きく光ったそれはドドンと地を震わすような音を響かせた。
「ぎぃやぁぁぁああぁあぁっっ!!」
まるで断末魔の如く叫んだナルシュはぴょいとエルドリッジに抱きついた。
飛びついたナルシュの尻を支えながらエルドリッジは言う。
「なんだお前、雷が怖いのか」
「違う!違う、お前見てなかったのか、あれ!!」
あれ、と指さしたのは古ぼけた甲冑だった。
「目のとこ赤く光ったろ?」
「見てない」
「なんで見てないんだ!馬鹿っ、このお馬鹿!!」
まさか、見てないという事実ひとつでここまで文句を言われるとは。
しかし、震えながら胸に顔を埋めるのは大変可愛らしいのでエルドリッジはそれでよしとした。
「リュカは怖くない?」
「怖いです」
リュカは確かにアイザックの腕を強く抱えているが、ナルシュのような怖さは見えない。
「でも・・・」
「ん?」
「アイクがいるから平気です」
ふふと笑うリュカにアイザックも同じように返した。
「俺から離れちゃ駄目だよ?」
「はい、もちろんです!」
それはまるで花畑の中での約束のようだったが、実際は薄暗くじめじめした廃墟だ。
そんな光景を見ていたニコラスは、出遅れたと人知れず思っていた。
実のところニコラスは全く怖くなかった。
幼い頃はそれなりに怖がったと思うが、騎士になってからは物事には原因があると学んだ。
初めての夜演訓練では、葉擦れの音、獣の気配、鳥の羽ばたき、それらを見極める訓練をした。
不気味だと思った音が実は川のせせらぎであったり、獣だと思ったものが取るに足らないうさぎが跳ねていただけだったり。
そんなわけでニコラスはちっとも怖くなかった。
だがしかし、と考える。
あの様に怖がった方がΩらしく可愛らしいのでは?
決して華奢ではない自分をジェラールは好きだと言ってくれるが、もし、もしもこの先の未来に愛らしい誰かが彼の前に現れたら?と思う不安が拭えない。
庇護欲というのは自分と無縁のものだと思っていたが、好機かもしれない。
まだ遅くないはず、と隣に立つジェラールをそっと窺ってみる。
若干血の気の引いたジェラールが甲冑を凝視していた。
あ、これ駄目なやつだ、とニコラスは瞬時に切り替えた。
「ジェラール、私がいますからね?」
「あ、あぁ、うん」
握った手はじっとりと汗ばんでいた。
出会った頃のような情けなく弱々しいジェラールがなんだか愛しいとニコラスの顔が小さく綻んだ。
「おま、、お前はなぁ!母様の怪談話を聞いたことがないからそんな余裕なんだっ」
ニタニタと笑うエルドリッジに食ってかかるナルシュだったが、その実ぎゅうとしがみついたままだ。
「リュカ、どういうこと?」
「お母様はたくさんの本を僕らに読んでくださったのです。それはもう臨場感たっぷりに。小兄様がドラゴンがいると思い込んでいたのもそのせいだと思います」
「うん、それで?」
「絵本からなにからお母様は読むのがお上手でした。ですから、お母様の語る怪談話はそれはそれは恐ろしかったのです」
思い出したのかリュカもぶるりと震えた。
「このような廃墟には怪異が巣食うと・・・おいでおいでと白い手に手招きされてそれを追いかけるとぱくりと食べられてしまうとか。地下には吸血紳士がいて干からびるまで血を吸われてしまうとか。壁の肖像画は夜な夜なそこから抜け出して徘徊するとか・・・」
「リュカ!やめろ!!」
「小兄様、ここにはみんないるし怖いことなんてないよ?」
「じゃ、じゃあ!さっきのなんだってんだよ?」
「見間違い」
ズバッと言うリュカに一瞬怯んだナルシュだったが、なんとか持ち直しこう言い放った。
「ほんとだな?怪異はいないと言ったな?」
「えぇ」
「男に二言は無いな?」
「ないよ、なんなの?もうっ」
「それじゃぁ、俺が見間違いなんかじゃないって証明してやる!あの甲冑は確かに目が赤く光ったんだ!」
──怪異探し対決だぁぁぁーーー!!
ナルシュの雄叫びは屋敷中に木霊した。
また阿呆なことをとそれぞれが呆れる中、ニコラスだけは勝てる!と確信していた。
※次回『第1回チキチキ怪異を探せ!討伐対決』開幕です☆
その頑丈な馬車が横風に押されてリュカは転げてしまった。
「リュカ、しっかり掴まってて」
「ぁい、痛いです」
ごちんと頭を打ってしまったリュカは涙目だった。
その時、御者台から連絡窓が開いた。
御者台から開けると言うことは緊急だということだ。
「旦那様、この先に屋敷が見えますのでそちらへ向かいます」
「わかった。よろしく頼む」
バタンと閉じた連絡窓、ヒューと甲高い声を上げて唸る風、馬車の窓にポツリと一粒の水滴が落ちた。
雨だ、リュカがそう思った時には車窓はもう滲んでいた。
辿り着いた屋敷に灯りはなく、門扉は開け放たれたままで雑草が生い茂っていた。
真鍮と思われるノッカーを鳴らしてみるが応答する声も聞こえない。
「アイク・・・」
「ん?」
「このノッカー、鹿ですよ!」
ノッカーなんぞ鹿でも馬でもなんならうさぎでもいい、とアイザックは思いながら公爵家のノッカーを鹿に替えようと決意した。
「アイザック君、無人じゃないか?」
「そうみたいですね」
言いながら取っ手を引くとキィィと嫌な音を立てて開いた。
雨足が強まってきている。
遠くからゴロゴロと聞こえるので雷雨になるかもしれない。
エントランスホールと思わしき場所は当然薄暗く、埃臭い。
毛足の短い絨毯もどことなく湿っているような気がした。
リュカはアイザックの腕だけが命綱だというように強く抱き込んだ。
風が窓を揺らし、どこかから入ってくる隙間風はひんやりとしていて時折ピカリと空が光っている。
その時、一際大きく光ったそれはドドンと地を震わすような音を響かせた。
「ぎぃやぁぁぁああぁあぁっっ!!」
まるで断末魔の如く叫んだナルシュはぴょいとエルドリッジに抱きついた。
飛びついたナルシュの尻を支えながらエルドリッジは言う。
「なんだお前、雷が怖いのか」
「違う!違う、お前見てなかったのか、あれ!!」
あれ、と指さしたのは古ぼけた甲冑だった。
「目のとこ赤く光ったろ?」
「見てない」
「なんで見てないんだ!馬鹿っ、このお馬鹿!!」
まさか、見てないという事実ひとつでここまで文句を言われるとは。
しかし、震えながら胸に顔を埋めるのは大変可愛らしいのでエルドリッジはそれでよしとした。
「リュカは怖くない?」
「怖いです」
リュカは確かにアイザックの腕を強く抱えているが、ナルシュのような怖さは見えない。
「でも・・・」
「ん?」
「アイクがいるから平気です」
ふふと笑うリュカにアイザックも同じように返した。
「俺から離れちゃ駄目だよ?」
「はい、もちろんです!」
それはまるで花畑の中での約束のようだったが、実際は薄暗くじめじめした廃墟だ。
そんな光景を見ていたニコラスは、出遅れたと人知れず思っていた。
実のところニコラスは全く怖くなかった。
幼い頃はそれなりに怖がったと思うが、騎士になってからは物事には原因があると学んだ。
初めての夜演訓練では、葉擦れの音、獣の気配、鳥の羽ばたき、それらを見極める訓練をした。
不気味だと思った音が実は川のせせらぎであったり、獣だと思ったものが取るに足らないうさぎが跳ねていただけだったり。
そんなわけでニコラスはちっとも怖くなかった。
だがしかし、と考える。
あの様に怖がった方がΩらしく可愛らしいのでは?
決して華奢ではない自分をジェラールは好きだと言ってくれるが、もし、もしもこの先の未来に愛らしい誰かが彼の前に現れたら?と思う不安が拭えない。
庇護欲というのは自分と無縁のものだと思っていたが、好機かもしれない。
まだ遅くないはず、と隣に立つジェラールをそっと窺ってみる。
若干血の気の引いたジェラールが甲冑を凝視していた。
あ、これ駄目なやつだ、とニコラスは瞬時に切り替えた。
「ジェラール、私がいますからね?」
「あ、あぁ、うん」
握った手はじっとりと汗ばんでいた。
出会った頃のような情けなく弱々しいジェラールがなんだか愛しいとニコラスの顔が小さく綻んだ。
「おま、、お前はなぁ!母様の怪談話を聞いたことがないからそんな余裕なんだっ」
ニタニタと笑うエルドリッジに食ってかかるナルシュだったが、その実ぎゅうとしがみついたままだ。
「リュカ、どういうこと?」
「お母様はたくさんの本を僕らに読んでくださったのです。それはもう臨場感たっぷりに。小兄様がドラゴンがいると思い込んでいたのもそのせいだと思います」
「うん、それで?」
「絵本からなにからお母様は読むのがお上手でした。ですから、お母様の語る怪談話はそれはそれは恐ろしかったのです」
思い出したのかリュカもぶるりと震えた。
「このような廃墟には怪異が巣食うと・・・おいでおいでと白い手に手招きされてそれを追いかけるとぱくりと食べられてしまうとか。地下には吸血紳士がいて干からびるまで血を吸われてしまうとか。壁の肖像画は夜な夜なそこから抜け出して徘徊するとか・・・」
「リュカ!やめろ!!」
「小兄様、ここにはみんないるし怖いことなんてないよ?」
「じゃ、じゃあ!さっきのなんだってんだよ?」
「見間違い」
ズバッと言うリュカに一瞬怯んだナルシュだったが、なんとか持ち直しこう言い放った。
「ほんとだな?怪異はいないと言ったな?」
「えぇ」
「男に二言は無いな?」
「ないよ、なんなの?もうっ」
「それじゃぁ、俺が見間違いなんかじゃないって証明してやる!あの甲冑は確かに目が赤く光ったんだ!」
──怪異探し対決だぁぁぁーーー!!
ナルシュの雄叫びは屋敷中に木霊した。
また阿呆なことをとそれぞれが呆れる中、ニコラスだけは勝てる!と確信していた。
※次回『第1回チキチキ怪異を探せ!討伐対決』開幕です☆
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