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弟のようなもの
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ニコラスは今、あらゆる角度から肉を眺めていた。
大きい塊肉は十人前はありそうで、それを前に肉切り包丁を持っている。
「やっぱり分厚く切った方が・・・いや、まだお昼だしそれだと重いか。じゃあ薄く切って軽く焼いてソースを絡めて・・・ソース?ソースってどうやって・・・」
塊肉に話しかけるようにブツブツ言うニコラスを、厨房の入口から眺めているのは第一騎士隊長のリスベルだ。
鍛え抜かれた大きな肉体に隠れているのは、本来ならここ厨房の番人である料理人達。
そろっと覗く料理人達は肉切り包丁を見て、ひぃっと小さく悲鳴をあげた。
「ニコラス」
「あ、隊長、どうされました?本日の決裁書類は全てまとめて執務机に各項目事に並べてあります。私の仕事は全て終わっています。何か用ですか?」
矢継ぎ早に畳み掛けるニコラスの言葉は、用がないなら出ていけと言っている様でもあった。
「そこで何してる?」
「肉を切って昼飯を作ります」
「なんでお前が?」
「私が作りたいからです」
「団員全てのぶんか?」
「そんなわけないでしょう」
なにを戯けたことを、と言わんばかりに呆れるニコラスに輪をかけて呆れたのはリスベルだった。
「料理人が困ってるぞ」
「大丈夫、すぐに終わらせます」
「それでか?」
むむっと眉間に皺を寄せるニコラスに料理長が言う、お手伝いしましょうかと。
むうと口を尖らせるニコラスは体躯はいいが顔は綺麗なので歳若い料理人は頬を赤らめた。
それでもこくりと頷いたニコラスに料理人一同は安堵し、まず肉切り包丁を取り上げた。
胸にバスケットを抱えて颯爽と騎士団本部から城へ走るのはもちろんニコラスだ。
昼食はいつも食堂でとると言っていた、早くしないと食べ始めてしまうかもしれない。
早く、もっと速く走れるようにならなくては、明日から走り込みの量を増やそう。
走るから心臓が跳ねるのか、それとも・・・と頭に浮かぶ優しい笑顔のあの人。
まずは食堂へと足を運ぶが目当ての人はいなかった。
それでは、と財務部へと続く回廊を行く。
今度は逸る気持ちを抑えてゆっくりと歩く。
ドキドキと跳ねる心臓を宥めながらゆっくりゆっくり。
「あっ・・・」
ニコラスは思わず柱の影に身を潜めた。
前方から来るのは頭の大半を占める人で、でも今は一人じゃない。
どうしよう、声をかけるのに勇気がいる。
迫る足音と話し声に焦ってしまう。
「・・・・・・しかし、今までよく隠してたな」
「別にそんなんじゃないさ。わざわざ言うことでもないだろ?」
なんの話だろうか。
「そうかぁ?・・・それにしても婚約か。おめでとう」
「あぁ、ありがとう。上手くいけばいいんだけどなぁ」
婚約と言ったか?ありがとう、と言ったか?
それは、それはなに?隠してた、と言っていた。
なにを?お付き合いしている人がいたということ?
そんなこと聞いてない!
「ニコラス君には悪いことしちゃうかな」
「なに言ってんだよ、祝福してくれるさ」
「うん、そうだよな。とても良い子なんだ」
柱から窺うとちょうど、良い子なんだと穏やかな笑みを浮かべる顔だった。
そのまま通り過ぎていく。
行ってしまう、けれど声が出ない。
背中が遠くなっていく、でもそちらへ動けない。
ニコラスはいたたまれなくて、食堂とは反対方向に向かって走った。
大事に抱えていたバスケットは乱暴に片手で持って今度は揺れている。
ガサガサと揺れるバスケットと同じでどんどんと心がささくれだっていく。
だって、あの時助けてくれたじゃないか。
食事だって二人でって誘ってくれたじゃないか。
腹が痛いと言えば撫でてくれて、頭も撫でてくれて。
良い匂いのする洗髪液だってくれた。
ユニコーンのハンカチも、あの匂いの染み付いたハンカチもくれた。
ミートパイも手ずから食べさせてくれたし、肩を抱かれたこともある。
どんな些細な相談だって嫌な顔しないし、あの花街の一件で距離がぐんと縮まった気がした。
そうか、そんな気がしただけだったんだ。
──弟だと思ってうっかり撫でてしまった
腹を撫でる手の感触はもう薄い。
ただ、タコが出来ていたような気がする。
あれは、ペンを握る手で弟思いの手だった。
そうか、弟のようなものだと思われていたのか。
泣くな、こんなことで泣くな。
勝手に好きになって、勝手に舞い上がって、勝手に傷ついて。
あぁ、なんて自分勝手なんだろう。
騎士団本部の裏庭で広げたバスケットは案の定ぐちゃぐちゃで、肉もパンもマッシュポテトも混ざったようだった。
馬鹿みたい、こんなの作って一緒に食べられるといいなだなんて。
「うっ・・・ぐっ、おいしい・・・バカみたいにおいし・・・」
えぐえぐと嗚咽を漏らしながらニコラスはぐちゃぐちゃなそれを食べた。
喉にある涙の塊はそれでも飲み下すことは出来ずにぼろぼろと大粒の涙が頬を濡らしていく。
「ちゃんと、おめでとうって言わなくちゃ」
だって弟は兄の幸せを願うものだから。
大きい塊肉は十人前はありそうで、それを前に肉切り包丁を持っている。
「やっぱり分厚く切った方が・・・いや、まだお昼だしそれだと重いか。じゃあ薄く切って軽く焼いてソースを絡めて・・・ソース?ソースってどうやって・・・」
塊肉に話しかけるようにブツブツ言うニコラスを、厨房の入口から眺めているのは第一騎士隊長のリスベルだ。
鍛え抜かれた大きな肉体に隠れているのは、本来ならここ厨房の番人である料理人達。
そろっと覗く料理人達は肉切り包丁を見て、ひぃっと小さく悲鳴をあげた。
「ニコラス」
「あ、隊長、どうされました?本日の決裁書類は全てまとめて執務机に各項目事に並べてあります。私の仕事は全て終わっています。何か用ですか?」
矢継ぎ早に畳み掛けるニコラスの言葉は、用がないなら出ていけと言っている様でもあった。
「そこで何してる?」
「肉を切って昼飯を作ります」
「なんでお前が?」
「私が作りたいからです」
「団員全てのぶんか?」
「そんなわけないでしょう」
なにを戯けたことを、と言わんばかりに呆れるニコラスに輪をかけて呆れたのはリスベルだった。
「料理人が困ってるぞ」
「大丈夫、すぐに終わらせます」
「それでか?」
むむっと眉間に皺を寄せるニコラスに料理長が言う、お手伝いしましょうかと。
むうと口を尖らせるニコラスは体躯はいいが顔は綺麗なので歳若い料理人は頬を赤らめた。
それでもこくりと頷いたニコラスに料理人一同は安堵し、まず肉切り包丁を取り上げた。
胸にバスケットを抱えて颯爽と騎士団本部から城へ走るのはもちろんニコラスだ。
昼食はいつも食堂でとると言っていた、早くしないと食べ始めてしまうかもしれない。
早く、もっと速く走れるようにならなくては、明日から走り込みの量を増やそう。
走るから心臓が跳ねるのか、それとも・・・と頭に浮かぶ優しい笑顔のあの人。
まずは食堂へと足を運ぶが目当ての人はいなかった。
それでは、と財務部へと続く回廊を行く。
今度は逸る気持ちを抑えてゆっくりと歩く。
ドキドキと跳ねる心臓を宥めながらゆっくりゆっくり。
「あっ・・・」
ニコラスは思わず柱の影に身を潜めた。
前方から来るのは頭の大半を占める人で、でも今は一人じゃない。
どうしよう、声をかけるのに勇気がいる。
迫る足音と話し声に焦ってしまう。
「・・・・・・しかし、今までよく隠してたな」
「別にそんなんじゃないさ。わざわざ言うことでもないだろ?」
なんの話だろうか。
「そうかぁ?・・・それにしても婚約か。おめでとう」
「あぁ、ありがとう。上手くいけばいいんだけどなぁ」
婚約と言ったか?ありがとう、と言ったか?
それは、それはなに?隠してた、と言っていた。
なにを?お付き合いしている人がいたということ?
そんなこと聞いてない!
「ニコラス君には悪いことしちゃうかな」
「なに言ってんだよ、祝福してくれるさ」
「うん、そうだよな。とても良い子なんだ」
柱から窺うとちょうど、良い子なんだと穏やかな笑みを浮かべる顔だった。
そのまま通り過ぎていく。
行ってしまう、けれど声が出ない。
背中が遠くなっていく、でもそちらへ動けない。
ニコラスはいたたまれなくて、食堂とは反対方向に向かって走った。
大事に抱えていたバスケットは乱暴に片手で持って今度は揺れている。
ガサガサと揺れるバスケットと同じでどんどんと心がささくれだっていく。
だって、あの時助けてくれたじゃないか。
食事だって二人でって誘ってくれたじゃないか。
腹が痛いと言えば撫でてくれて、頭も撫でてくれて。
良い匂いのする洗髪液だってくれた。
ユニコーンのハンカチも、あの匂いの染み付いたハンカチもくれた。
ミートパイも手ずから食べさせてくれたし、肩を抱かれたこともある。
どんな些細な相談だって嫌な顔しないし、あの花街の一件で距離がぐんと縮まった気がした。
そうか、そんな気がしただけだったんだ。
──弟だと思ってうっかり撫でてしまった
腹を撫でる手の感触はもう薄い。
ただ、タコが出来ていたような気がする。
あれは、ペンを握る手で弟思いの手だった。
そうか、弟のようなものだと思われていたのか。
泣くな、こんなことで泣くな。
勝手に好きになって、勝手に舞い上がって、勝手に傷ついて。
あぁ、なんて自分勝手なんだろう。
騎士団本部の裏庭で広げたバスケットは案の定ぐちゃぐちゃで、肉もパンもマッシュポテトも混ざったようだった。
馬鹿みたい、こんなの作って一緒に食べられるといいなだなんて。
「うっ・・・ぐっ、おいしい・・・バカみたいにおいし・・・」
えぐえぐと嗚咽を漏らしながらニコラスはぐちゃぐちゃなそれを食べた。
喉にある涙の塊はそれでも飲み下すことは出来ずにぼろぼろと大粒の涙が頬を濡らしていく。
「ちゃんと、おめでとうって言わなくちゃ」
だって弟は兄の幸せを願うものだから。
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