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騙された兄

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ジェラール・コックスヒルは穏やかで起伏のない日々が好きだ。
それが末の弟の婚姻によって一変してしまった。
よりにもよって我が国に三家しかない公爵家のひとつ、しかも次期宰相に縁づいた。
一番目の弟が家中の金目の物を持ち出して家出をした、あの時より驚いた。
へそくりの場所まで把握し、挙句に秘蔵の官能小説(絵姿付き)をご丁寧に本棚に綺麗に並べられてもいた。

──男なら堂々としろ

そんな紙切れ一枚残して家出した弟。
あいつはなぜ物書き机の引き出しの鍵を開けられたのか。
そこにひっそり隠していたのに。

自分の人生は弟二人に振り回されている、ジェラールはそう思う。
弱小伯爵家の我が家に振るように舞い込む縁談。
そのどれもが公爵家を見据えている。
不仲説が出た時は、あぁやはりなにか裏があったのかと納得したものだ。
それがなにがどうなってそうなったのか、義弟はあの凡庸な弟を溺愛している。
城で顔を合わせれば『義兄上』と呼び、昼食に誘われたりする。
要らぬ注目ばかり浴び、憂さ晴らしにパブで飲もうかといっても親交のあった同期はどんどん結婚していく。
そう、自分もそんな歳になったのだ。
一人ではパブでのクイズ大会にも参加できない。
寂しい、無性に寂しい。
誰でもいいとは言わないが、このしがらみから抜け出た人間関係がほしい。
自分を知らない誰か、その誰かと他愛のない話がしたい。
そんな自分が情報誌の掲示板にのめり込んだのは必然だったように思う。
突然返事が来なくなったり、相手に会うために仕事を休んだにも関わらずすっぽかされたり。
そんな中、ようやっと気の合う人に巡り会えたと思った。
文でのやり取りでは、寂しい気持ちを慰めてくれ優しい言葉を綴ってくれた人。
その彼もまた苦労を重ねていた。
だから、優しいのだと思った。
弟二人はどうにもならないが、金の話ならなんとかなる。
金で解決できる問題ほど易しいものはない。
彼の力になりたい、そう言って手をとろうとしたその時───

「面白い話してるな。俺にも聞かせてくれよ」

頭上からいるはずのない悪魔の声が聞こえた気がした。

「・・・ナルシュ?」

見上げると衝立の上にのる生首がニタァと笑っている。
不気味過ぎる。

「俺さ、あんたのこと知ってる。ドッグレースでよく見かけてた。いつも派手に負けてる人だよね?」

びくりと肩を震わせた男の目に涙はない。
小さく頭を振る男にナルシュはニヤニヤ笑いかける。

「爺が言ってたよ。負けを取り戻す為に賭事する奴は駄目なんだって」
「は?なに言ってるんだ、ナルシュ。ていうかお前、帰ってきてたの?」
「うん。父様から聞いてない?」
「・・・ずっと寝てる」
「まだ、寝込んでんのか。相変わらず気が小さいな」
「そんなことより、お前はまた失礼なこと言って。ここにいるサージュさんはな、ご両親が騙されて借金背負わさせれて苦労されてるんだぞ」
「そのサージュさんはもうどっか行ったけど?」
「は?」

あっちとナルシュの指さす方向には慌てふためいて駆けていくサージュが見える。

「え?なんなの?」
「ジェラール、騙されたんだよ。あいつに借金があるのは本当だろうけど、それは決して騙されたからじゃない。自業自得だ」

あ、そう・・・とジェラールは脱力した。

「お兄様・・・」
「リュカ、お前もいたのか」
「ごめんなさい。お兄様が心配で後をついてきてしまいました」
「あぁ、うん。そうか、うん」

ジェラールは片手でぺろりと顔を撫でて、力なく笑った。
なんで?とかどうして?とか、そんなことはもうどうでもいい。
平凡で取り柄という取り柄もなく、『なんちゃってα』と揶揄されている自分。
なにも壮大なことを望んじゃいない。
ただ、誰かと一緒にいたかっただけ。
伯爵家の後継という責任から、だいそれたことなんて出来やしない。
広い世界に憧れて弟のように飛び出して行く度胸もない。
弟のように唯一無二の人が自分に見つかるとも思えない。

「兄は、かっこ悪いな」

自嘲気味に笑うジェラールにリュカはなにも言えない。
ジェラールは、もうずっと前から優しくて大きくて自慢の兄だ。
物語を書きたい、そう言った時も笑わずに応援してくれた。
三つある菓子はいつも一番小さなものを口にした。
城に出仕し始めてからは給金からお小遣いをくれた。
街でいたずらしたナルシュに代わって謝って回った。
リュカの物語を一番に読んで褒めてくれた。
けれど、そんなことを言っても今のジェラールには届かないのだろう。
リュカは力いっぱい首を振る。
ナルシュは高いところからジェラールの頭を撫でる。
今の二人にできることはそれだけだった。
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