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おもてなし対決

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ほろ酔いのリュカはうふふ、えへへと笑いながらアイザックに髪を洗われている。
バセットから持ち帰った液体の石鹸をリュカは大層気に入っている。
もこもこと泡がたつのが良い。
仄かな香りも好きだ。

「どうして前触れもなく御両親が帰ってこられたのですか?」
「あぁ、それはな・・・シラナイ」
「ん?」
「ワカラナイ」

なぜにそんな棒読みなのか、とリュカは背後のその人を見やる。
ギュッと眉間に皺が寄っている。
なにかあるな、と思ったリュカだったが言えないことなんだろう。
なにかわからないけど解決したら話してくれるかな?とリュカは思った。

「次はアイクに角を作ってあげますね」

えへと笑うリュカに、アイザックは可愛すぎてどうにかなりそうと天を仰いだ。
実際どうにかなってしまったのでその夜もリュカを存分に可愛がった。



「いってらっしゃいませ」
「リュカ、父上に無理難題を吹っかけられたらぶん殴っていいんだぞ?」
「そんなことできませんよ」

カラカラと笑うリュカの肩に手を置き、その背後をアイザックはじとりと睨んだ。

「見送りなんてしなくていいのになんでいる?」

玄関ホールには使用人達と一緒にクラークもスノウも見送りに出ていた。

「はよ行け。遅れるぞ」
「アイザック、頑張ってね」

シッシッと追い払う手つきのクラークと、おっとりと笑みながら手を振るスノウ。
ぐぬぬと唇を噛み締めたアイザックは目の前のリュカをぎゅうぎゅうと抱きしめる。

「絶対に早く帰る」
「はい。お仕事頑張ってくださいね」

チュッと頬に落とされるキスにリュカもお返しとばかりにその顎にキスをした。

「いつもあんな感じなの?」
「はい。それはもう仲睦まじいです」

こそこそとソルジュと話すクラーク。
スノウはにこにことその様子を眺めている。
ふむ、とクラークは顎を撫でた。
息子があんな顔をするとは、と。

「お義父とう様。今日の勝負は何になさいます?」

くるりと振り向いたリュカの朗らかな笑顔。
三番勝負を楽しんでいる。
うむむ、とクラークは考えてポンと手を打った。

「おもてなし対決だ!」
「誰をです?」
「リュカは私達を、私はリュカをもてなそう」
「かしこまりました」

ソルジュはじめその場の使用人達は一様に思った。
大旦那様、奥様とお茶がしたいんですね。


午前中、リュカは最後の原稿の手直しをした。
ここからはもう職人達に任せて本が刷り上がるのを待つだけだ。
『虹の向こうの幻の宮殿』リュカの四冊目の本。
表紙は淡い紫にしてもらった。
タイトルの箔押しは茶灰色。
リュカの瞳とアイザックの髪の色。
出来上がりを思い浮かべてリュカは一人うふふと笑った。


軽い昼食の後、離れ家でクッキーを焼く。
本邸の厨房はクラークが使っている。
リュカは花を模した型抜きで生地を抜いていく。
今日のスノウのドレスは小花柄の刺繍が全面に刺してあった。
クリームイエローの生地に散る赤や青の花。
とても可愛らしいドレスだった。
それに合わせて花型の小さなクッキーを焼く。
中央にジャムを落として。
窯から漏れ出てくる香ばしく甘い香り。
茶葉はバセットから持ち帰ったウダプセラワにしよう。
ミルクをいれてもいいし、そのままでも美味しい。
ふわっと香る花の匂いを気に入ってくれたら嬉しい。
リュカは楽しくてたまらなかった。


サロンのテーブルにはリュカのクッキーと、クラークが作ったプチタルトが並んでいる。
タルトにはカスタードクリームやショコラクリームを流しいれ、上にはオレンジピールやナッツ、ドライベリーで飾ってある。

「オレンジピールとショコラがとてもよく合います。お義父とう様、とっても美味しいです」

嬉しそうに頬張るのを、クラークはガリボリと音を立てながらクッキーを食べた。
リュカ手ずから淹れた茶は美味しいのに、このクッキーはなんだ。
固い、固すぎると思ったが笑顔のリュカの前では言えなかった。
スノウもガリゴリと音を立てながら食べた。

「リュカ君はアイザックのどこが好きなの?」
「そうですねぇ」

こくりと茶を飲みリュカはたっぷり考えた。
考えた末に首を傾げてしまった。

「よくわかりません」
「わからないの!?」

クラークとスノウは思わず身を乗り出してリュカに詰め寄った。
昨日も今朝もあんなに仲睦まじかったのに?
もしかして息子の片想いなの?との焦りが顔に浮かんでいる。

「わからないけど、アイクは毎日僕を好きにさせてくれます。僕は毎日アイクのことが好きになります。幸せです」

はにかんだように頬を赤らめて答えるリュカに、クラークとスノウの頬にもポッと朱が差した。

さて、そんなこんなで和やかに進んだお茶会も大詰めである。

「お義父とう様、どなたが勝敗を決めるのですか?」
「ここはもてなされた私が決めようか」

スノウはうふふと笑ってリュカの手を取った。

「リュカ君のクッキーは私のドレスに合わせてくれたんだね?茶もとても良い香りがした。そのままでもミルクを入れても美味しかった。とても嬉しかったからリュカ君の勝ち」
「私ももてなされました。プチタルトはとても美味しかったですし、お二人から聞く漫遊のお話はとても楽しかったです。なので、お義父とう様の勝ちです」

三番勝負の二番目はこうして引き分けになった。
残す勝負はあと一つである。
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