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めい探偵リュシー

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ふむふむ、とリュカは肉屋の倅クルトからの文を読んでいた。
クルトはなかなか字が綺麗だ。
金物屋グリスのハリーか、金物屋はどこにあったっけ?とリュカは頭の中に城下の地図を思い浮かべる。
ここのところカナン養護院から城下へ奉公した者は居ないらしい。
貴族家への奉公はどうだろうか、こちらは調べるのに手間も暇もかかりそうだなぁとリュカは天を仰いだ。

「リュカ様」
「ジェリー」

仰いだ先にぬっと現れたジェリーにリュカは目をぱちくりさせた。

「良からぬことを企んでますね?」
「悪いことじゃないよ?」

はぁーと大きく嘆息したジェリーは頭をワシワシとかきながら、もうやだと零した。
公爵家の庭のガゼボでリュカはひとりお茶を飲んでいた。
もちろん、離れたところに侍女は控えているが。

「なんすか、なんなんすか。旦那様に怒られてもいいんすか」
「えー、それは嫌だなぁ」
「じゃ、大人しくしといてくださいよ」
「ジェリーさ、金物屋グリス知ってる?」
「知ってますよ、剪定鋏とかそこで用立てます」
「ハリーは?」

うーん、と腕を組みながら考えた末にジェリーはポンと手を打った。



リュカは公爵家の馬車でなく辻馬車に乗っていた。
お尻が痛い。
贅沢に慣れてしまった自分の体を嘆く。

「奥様、どちらへ?」
「プラハー、今はリュシーと呼んで」
「しかし・・・」

リュカはプラハーの自慢の口髭をびよんびよんと伸ばした。

『研ぎ師のハリー』

金物屋グリスで働く彼はそう呼ばれているらしい。
肉屋の倅クルトによるとβの彼は十三年前に養護院から金物屋に奉公に出て今もずっと世話になっているという。
後ろ盾も失う者もない養護院出身者は割と職を転々とする、と書いてあると同時に養護院出身を隠す者もいる。

辻馬車を降りて、さて金物屋へ行こうとずんずんと歩く。
傍らを歩くプラハーの顔がげんなりしているのは見ないふりをしよう。
金物屋グリスは間口二軒程のなかなかに繁盛している店だった。
どれがハリーかな?と店先から窺っていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。

「夫人じゃないか」
「・・・アーカード警ら部長様」

振り向くとエルドリッジがいる、なぜこんな所に。
あうあう、と言葉を失っているとふうんと上から下までジロジロと見られてしまう。
今日のリュカは質素な服にキャスケットを被って、ピコピコのポシェットをさげている。

「ハリーに会いにきたのかな?」
「お願い!!アイクには言わないで!」
「夫人・・・」
「ここではリュシーって呼んで!」
「お願いばっかりだなぁ」

くつくつと笑うエルドリッジにリュカはしゅんと小さくなった。
いつもの貴族の面は驚きすぎてどこかへ吹き飛んでしまった。

「じゃ、俺のこともエルって呼んで?」
「えっと、それは・・・」
「アイザックに報告しよっと」
 「エル!」

よくできました、とにまにまと笑うエルドリッジはプラハーに邸に帰るよう命じた。

「それはできません!」
「大丈夫、俺はアーカード家の者だよ。きっと君より強い。奥方は守るから、ね?」
「しかし、旦那様の命に背くことなどできません」
「アイザックと一緒で頭が固いな。わかったよ。ただし距離は置くこと、いいね?」

渋々頷いたプラハーにエルドリッジは下がれと命じて、リュカに向き合った。
お茶でもしようか、提案ではなく決定だと言わんばかりの声音にリュカは頷くしかなかった。

金物屋グリスから通りを挟んである小鳥茶屋でお茶をいただく。
聞けばエルドリッジはここで金物屋グリスを張っていたらしい。

「なぜですか?」
「カナン養護院のことはアイザックから聞いたよ。だけど、まだ不確定要素が多すぎる。だから、少数精鋭で調査することにしたんだよ」
「へぇ」
「ハリーだって、養護院とどんな繋がりを持ってるかわからないだろう?味方か敵かわからない」
「あっ・・・」
「そこへリュシーみたいなのがちょろちょろしたらどうなる?」
「ごめんなさい」

エルドリッジの正論にリュカはもう虫の息だった。
だから慎重にね、とエルドリッジはリュカの額をトンと人差し指で突いた。

「リュシーは大人しくできないのかな?」
「・・・できます」
「ま、俺は面白くていいけどね。こうしてリュシーと二人きりでお茶が出来たし」

すいとカップを持ち上げて茶を口に含む所作は流麗だ。
ふわふわしてるようにみえてエルドリッジはやはり高位の人間なのだと思わせる。

「もし、俺がアイザックより先に君に出会っていたらどうなっていただろう?」
「エルと僕はなんの接点もなかったのでそもそも出会わないと思いますが」
「それはアイザックとて同じだろう?」
「そう、ですね」

エルドリッジの言うことがよくわからない。
先に出会ったとして、エルドリッジの記憶に自分が残るか?と言われたら首を傾げてしまう。
だって、平々凡々なのだから。

「きっとなんともなってないと思います。ただすれ違うだけだと」
「そっか、そうだよな」
「えぇ」

ふにゃりと笑うリュカにエルドリッジは思う。
あのアイザックに向けた笑顔を自分にも見せてもらえないだろうか、と少し思っただけ。
ちょっといいな、リュカに想われてみたいな、と思っただけ。
ただそれだけの話。


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