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帰る場所
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「シェン様、お幸せそうでしたねぇ」
宿場町パロの砦を改築した宿のベッドの上でリュカはうっとりとしている。
膝には手帳が乗っており、大聖堂の様子からアレックスとシェンの衣装が絵付きで細々と書いてある。
「あの誓の口付けは、王族だとあんなに濃厚になるのですか?」
「いや、あいつだけだろ」
異議を唱える者はおらず滞りなく終えようとした婚姻の儀。
その終盤、誓の口付けでアレックスはシェンの腰を引き寄せ後頭部をガッチリと押さえて長すぎる濃厚な口付けをした。
大司祭が割って入るまで続いたそれは長すぎる婚約の不穏な噂を吹き飛ばし、周囲に見せつけるかのような口付けだった。
「・・・リュカも、式を挙げたいか?」
手帳から顔を上げたリュカはキョトとアイザックを見つめてぷぷと吹き出した。
ベッドボードにもたれ、アイザックに抱かれた肩が小さく揺れている。
「何を今更仰っているのですか」
クスクスと両手を口にあてがい笑って、ふと目を細め思い出したように言葉を紡ぐ。
「僕はあの二人だけのお式も良かったですよ。高窓から零れ落ちる朱色は今でも覚えています。とても綺麗でした」
「しかし・・・」
「あの時の司祭も今では出世してますかね。今度行ってみましょうか」
アイザックは最後まで言わせてもらえなかった。
代わりにリュカはぎゅうと抱きついて顔をぐりぐりと胸に擦り付けた。
無事に公爵家に帰りつき、出迎えてくれた顔触れにリュカはホッとする。
エマの淹れる茶は変わらずに美味しいし、マーサの焼いたクッキーはサクサクでいくらでも食べられるし、ティムの作る料理はホッとする。
バセットでも道中でも、興味惹かれるものもあれば美味しい食べ物もたくさんあった。
けれど、一番自分に馴染むのはこの公爵家なんだと帰ってきて気づかされた。
「アイク、僕の帰る場所はここでした。伯爵家ではなく、もうこの公爵家です」
ニコリと見せる笑顔にアイザックが感極まったところで、それではとリュカは自室へ駆けて行った。
「え?ちょ、リュカ?」
追いかけるも鍵をかけて返答がない。
旦那様、と声の方を見るとマーサが首を振っている。
「奥様はきっと今、書いておられます」
「物語を?」
「はい。ずっと筆が止まっていたお話の続きの案が降って湧いてきたのだと思われます。書くのに熱中しますと寝食を忘れますので、気をつけねばなりません」
「どうすれば?」
「書き上がるのを待つしかありません」
「いつまで?」
「誰にもわかりません」
アイザックは呆然と開かない扉を見つめた。
リュカが部屋に籠って三日。
アイザックは合鍵を使って毎日リュカの様子を見に行く。
リュカは一心不乱にペンを走らせている。
その傍らには大きなマグに入った茶と、一口でつまめる菓子や果物が置いてある。
「本人も無意識でしょうが、ああやって置いておくと食べたり飲んだりしてますので大丈夫でございます」
初めて見た時は驚いたが、見ているとひょいと口に入れている時がある。
アイザックの仕事中はマーサやエマ、ソルジュがリュカに付いている。
夜はアイザックが。
いつ眠るかわからないリュカを、小花柄の可愛らしいソファに体を沈めて待つ。
初日は全く眠らずに書いていて、朝になった。
三日目の日暮れにやっと頭がカクンと落ちたので抱き上げてベッドへ運ぶ。
すぅすぅと寝息をたてて眠るその顔、肌はカサつき指先はインクで黒くなっている。
自分が物語に勝てる日がくる気がしないな、とアイザックは思った。
「おやすみ、リュカ」
その額に口付けて暴れないように抱き込んでアイザックも眠った。
大好きな匂いに包まれてリュカは夢を見る。
どこまで行っても壁に囲まれた幻の宮殿の周りをラルフとトーマは歩きます。
『ラルフ、もう疲れちゃったよ』
『トーマ、どこかにきっと入口があるから頑張って歩こうよ』
『嫌だ!もう歩けないよ』
ぐすぐすと泣きだしたトーマをラルフは宥めて、壁にもたれかかるように座らせました。
ラルフもその隣に座ります。
見上げると星がたくさん輝いていて、ぽっかりと丸いお月様が浮かんでいます。
けれど、宮殿が光を発しているので辺りは昼のように明るいのです。
『トーマ、見てごらんよ。空は夜なのにここは昼みたいだよ』
『ほんとだ。不思議だね、ラルフ』
『ここで寝ちゃおうか、疲れたよ』
そう言って二人はリュックから毛布を出して丸まって眠ってしまいました。
次の日二人が目を覚ますと、見たことのない場所にいます。
ふかふかの赤い絨毯が敷いてある回廊です。
『トーマ、これ宮殿の中じゃないか?』
二人は毛布をしまって先の見えない長い回廊を歩きます。
不思議と足が疲れません。
まっすぐ歩き続けた先の扉を開けると、豪華な部屋に行き着きました。
豪奢なシャンデリアが煌めき暖炉にはゆらゆらと炎が揺らめいています。
テーブルの上にはミートボールが入ったスープと丸いパンが湯気をたてています。
豪華な部屋なのに、その食事は質素でちぐはぐでした。
二人は吸い寄せられるようにテーブルの食事に手をつけました。
もうお腹がペコペコだったのです。
『ラルフ、これ母さんのスープだ』
『うん、僕のも母さんの味がする』
二人は夢中で食べました。
ミートボールのスープは二人の故郷の味でした。
宿場町パロの砦を改築した宿のベッドの上でリュカはうっとりとしている。
膝には手帳が乗っており、大聖堂の様子からアレックスとシェンの衣装が絵付きで細々と書いてある。
「あの誓の口付けは、王族だとあんなに濃厚になるのですか?」
「いや、あいつだけだろ」
異議を唱える者はおらず滞りなく終えようとした婚姻の儀。
その終盤、誓の口付けでアレックスはシェンの腰を引き寄せ後頭部をガッチリと押さえて長すぎる濃厚な口付けをした。
大司祭が割って入るまで続いたそれは長すぎる婚約の不穏な噂を吹き飛ばし、周囲に見せつけるかのような口付けだった。
「・・・リュカも、式を挙げたいか?」
手帳から顔を上げたリュカはキョトとアイザックを見つめてぷぷと吹き出した。
ベッドボードにもたれ、アイザックに抱かれた肩が小さく揺れている。
「何を今更仰っているのですか」
クスクスと両手を口にあてがい笑って、ふと目を細め思い出したように言葉を紡ぐ。
「僕はあの二人だけのお式も良かったですよ。高窓から零れ落ちる朱色は今でも覚えています。とても綺麗でした」
「しかし・・・」
「あの時の司祭も今では出世してますかね。今度行ってみましょうか」
アイザックは最後まで言わせてもらえなかった。
代わりにリュカはぎゅうと抱きついて顔をぐりぐりと胸に擦り付けた。
無事に公爵家に帰りつき、出迎えてくれた顔触れにリュカはホッとする。
エマの淹れる茶は変わらずに美味しいし、マーサの焼いたクッキーはサクサクでいくらでも食べられるし、ティムの作る料理はホッとする。
バセットでも道中でも、興味惹かれるものもあれば美味しい食べ物もたくさんあった。
けれど、一番自分に馴染むのはこの公爵家なんだと帰ってきて気づかされた。
「アイク、僕の帰る場所はここでした。伯爵家ではなく、もうこの公爵家です」
ニコリと見せる笑顔にアイザックが感極まったところで、それではとリュカは自室へ駆けて行った。
「え?ちょ、リュカ?」
追いかけるも鍵をかけて返答がない。
旦那様、と声の方を見るとマーサが首を振っている。
「奥様はきっと今、書いておられます」
「物語を?」
「はい。ずっと筆が止まっていたお話の続きの案が降って湧いてきたのだと思われます。書くのに熱中しますと寝食を忘れますので、気をつけねばなりません」
「どうすれば?」
「書き上がるのを待つしかありません」
「いつまで?」
「誰にもわかりません」
アイザックは呆然と開かない扉を見つめた。
リュカが部屋に籠って三日。
アイザックは合鍵を使って毎日リュカの様子を見に行く。
リュカは一心不乱にペンを走らせている。
その傍らには大きなマグに入った茶と、一口でつまめる菓子や果物が置いてある。
「本人も無意識でしょうが、ああやって置いておくと食べたり飲んだりしてますので大丈夫でございます」
初めて見た時は驚いたが、見ているとひょいと口に入れている時がある。
アイザックの仕事中はマーサやエマ、ソルジュがリュカに付いている。
夜はアイザックが。
いつ眠るかわからないリュカを、小花柄の可愛らしいソファに体を沈めて待つ。
初日は全く眠らずに書いていて、朝になった。
三日目の日暮れにやっと頭がカクンと落ちたので抱き上げてベッドへ運ぶ。
すぅすぅと寝息をたてて眠るその顔、肌はカサつき指先はインクで黒くなっている。
自分が物語に勝てる日がくる気がしないな、とアイザックは思った。
「おやすみ、リュカ」
その額に口付けて暴れないように抱き込んでアイザックも眠った。
大好きな匂いに包まれてリュカは夢を見る。
どこまで行っても壁に囲まれた幻の宮殿の周りをラルフとトーマは歩きます。
『ラルフ、もう疲れちゃったよ』
『トーマ、どこかにきっと入口があるから頑張って歩こうよ』
『嫌だ!もう歩けないよ』
ぐすぐすと泣きだしたトーマをラルフは宥めて、壁にもたれかかるように座らせました。
ラルフもその隣に座ります。
見上げると星がたくさん輝いていて、ぽっかりと丸いお月様が浮かんでいます。
けれど、宮殿が光を発しているので辺りは昼のように明るいのです。
『トーマ、見てごらんよ。空は夜なのにここは昼みたいだよ』
『ほんとだ。不思議だね、ラルフ』
『ここで寝ちゃおうか、疲れたよ』
そう言って二人はリュックから毛布を出して丸まって眠ってしまいました。
次の日二人が目を覚ますと、見たことのない場所にいます。
ふかふかの赤い絨毯が敷いてある回廊です。
『トーマ、これ宮殿の中じゃないか?』
二人は毛布をしまって先の見えない長い回廊を歩きます。
不思議と足が疲れません。
まっすぐ歩き続けた先の扉を開けると、豪華な部屋に行き着きました。
豪奢なシャンデリアが煌めき暖炉にはゆらゆらと炎が揺らめいています。
テーブルの上にはミートボールが入ったスープと丸いパンが湯気をたてています。
豪華な部屋なのに、その食事は質素でちぐはぐでした。
二人は吸い寄せられるようにテーブルの食事に手をつけました。
もうお腹がペコペコだったのです。
『ラルフ、これ母さんのスープだ』
『うん、僕のも母さんの味がする』
二人は夢中で食べました。
ミートボールのスープは二人の故郷の味でした。
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