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硬いクルミ

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エルドリッジ・アーカード侯爵子息。
父は王立騎士団団長であり、アーカード家当主。
長兄は第一騎士隊長で次男のエルドリッジは警ら部長。
確か妹がいたはず、とリュカは思い出した。三兄妹全て‪α‬であるということも。
その男が今、目の前の男Ωを上から下まで何度も往復している。

「お前、失礼極まりないな」
「だっ、だってよ、宰相補佐様を落とした傾国の美貌の持ち主とか言われてたんだぜ?」
「それがどうした。というかなんで知らないんだ。少なからず夜会には出てる」
「夜会なんて近衛と連携して警備してんだ。出れるわけないだろ」

二人の話を聞きながらリュカは頭の片隅で、氷の山の幻の花について考えていた。
やはり、ひんやりと冷たいのだろうか。
氷のように透明なのか?色はついている?一輪だけ?群生する?触れると溶けたりして・・・

「リュカ?」
「はい。なんでしょう」
「一緒についていてやりたいが・・・」
「委細承知しております」

昨日の執務が残っているだろうアイザックを安心させるように頷く。

「手を出すなよ、エルドリッジ」
「おぉ、怖」

戯けるエルドリッジをアイザックは睨みつけリュカの頬をするりと撫でて退出した。
その後ろ姿にリュカは頭を下げた。

「では、アーカード警ら部長様。何から手をつければ宜しいのかご教示くださいませ」
「君、なんだか愛されてるね」
「えぇ、とても」

リュカは笑みを絶やすことなく、その一言だけをしれっと言ってのけた。



大きな執務机の上には城内図が広げられている。

「わかってると思うが・・・」
「はい、口外致しません」
「よし、では夫人はどこから入った?」

リュカが指したのは通用門で、主に商会が出入りする門だ。
そこを食材と一緒にくぐり抜け、通用門と食料庫の間の通路で幌馬車から降りた。
リュカは淀みなく辿った道筋をなぞって行く。

「ここで近衛の二人組とすれ違いました。一人はリダックス伯爵家の次男ジリアン様。もう一人はタイラー伯爵家の嫡男ケビン様です。私とは軽く会釈致しました」
「よく覚えてるな」
「いえ、その時は思い出せませんでした。時が経つと思い出すこともあるのです」

リュカは薄ら笑いを浮かべて答えた。

「ここまで、私はどの衛兵とも会いませんでした」

すすすっと城内図に指先を滑らせ、渡り廊下を指す。
小さな庭の咲き誇るダリアが目に鮮やかに浮かんでくる。

「ここで、慌てている衛兵を見ました。今思えば私を探していたのですね。そんな事態になっていると思わず私は垣根に身を潜めました」

ここです、トントンと建物の一角をリュカは指し示した。

「驚いたな。城に忍び込むような奴に見えない」
「これはです。城の警備体制を見直すために極秘で行われたのです」
「いやいや、俺は事情知ってるから。そんな建前・・・」
「アーカード警ら部長様。宰相様が仰る事は絶対だと思いませんか?」
「・・・はい」

笑っているが、その瞳には有無を言わさぬ強さがあった。
自分の所業を棚上げした上でのこの口調にエルドリッジは舌を巻いた。


リュカとエルドリッジは通用門から歩いて行く。
昨日の門番は明らかに意気消沈して立っていた。

「落ち込んでますね」
「そりゃ、侵入を許したんだからな」

リュカは素直に謝った。
門番はとんでもなく恐縮していたが、これからは隅々まで確認を怠らないと言っていた。
リュカさえいなければ受けずに済んだ叱責を、彼は受け止め次に繋げようとしてくれている。
本当にごめんなさい、貴族としてではなくリュカとして謝った。

「ここで降りました」
「あぁ、微妙な登り坂になってるのか。だから、通用門からも食料庫からも見えないんだ。なるほど」

書き付けていくエルドリッジの文字は意外にも綺麗だった。

「失礼なこと考えてるな?」
「いいえ」
「俺とアイザックの仲を知ってる?」
「いいえ。けれど、アーカード警ら部長様のお噂は知っております」
「なんて?」
「恋多きお方、だと」
「その呼び方、何とかならない?エルって呼んでよ」

ふふふ、とリュカは笑うだけで応えはしない。
硬いな、とエルドリッジは思った。
硬いクルミほど割りがいがあるというが、さてその中身は旨いのだろうか。

エルドリッジを案内しながら、道を辿る。
エルドリッジはリュカの話を聞きながら、帳面に書き付けていく。
ふわふわと地に足がつかない男、性別も性種も問わない恋多き男。
リュカの知るエルドリッジの噂だ。
しかし、なかなかどうして仕事には真面目に取り組んでいるらしい。

「そろそろ、昼食にしようか」
「そうですね」

使用人食堂ではなく、城で働く貴族用の食堂へ足を運んだ。

「リュカ!」
「・・・アイク」

前方から足早にやってくるその人にリュカの顔が綻ぶ。
愛しくてたまらないというその笑顔に、エルドリッジは顎が落ちそうなほど驚いた。

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