上 下
24 / 190

リュカ Ⅳ

しおりを挟む
『広場貸本事業』は公爵家の慈善事業だ。
いつの間にか『ピコピコが来る日』になっていたが、リュカがそれでいいと言うのでそれでいい。
これはひとえにリュカの喜ぶ顔が見たい、その一心だった。
リュカの物語に絵がつけば、さぞかし喜ぶだろうと思いルイス・ハルフォードに声をかけたことをリュカは知らない。
リュカの笑顔が見れるなら己の嫉妬心など些細なもの・・・と思いたい。
あの日、喜び勇んで飛び込んできたリュカの笑顔は輝かんばかりで理性が吹き飛びそうになった。
まぁ、抱きつき方が子供のそれだったのですぐに正気に戻ったが。
抱き上げたリュカの薄っぺたい体。
僅かに香る木苺の匂い。
くるくる回ると声を上げて喜んでいた。
後になって父や兄のように思われていたらどうしよう、と新たな悩みの種ができてしまった。


取り澄ました貴族の面を外したリュカは愛くるしい。
繋いだ手をにぎにぎと合図して、アイクと呼ぶ声は弾んでいて照れたような笑みに胸が高鳴る。
安価なペンダントを喜び、小さな顎を一心に動かしてものを食べるのが可愛らしい。
どんな瞬間も目に焼き付けたいと思う。


「旦那様。しばらく離れ家へはお近づきになりませんよう」
「・・・なぜだ」
「リュカ様の発情が早まったようでございます。マーサの許可がおりるまで近づいてはなりません」

リュカの顔がしばらく見れない。
これまでもそれは何回もあって、その度に胸が締め付けられる。
己が鎮めてやりたい、そう願ってもそれは叶わぬこと。
だって契約なのだから。


悶々としながらリュカと会えない日を過ごす。
この頃には城では二人がうまくいっていないのでは?と囁かれていた。
それはアイザックの耳にも入っている。
理由は簡単、発情休暇を使わないからだ。
懐妊の様子もないのに休暇をとらない。
奥方が社交に顔を見せるのは最小限で、屋敷に引きこもっている。
実際は質素な服を着て街を闊歩してるが、誰の目にもとまらない。
それはリュカが三年後の己を心配してこその案だった。

──先妻がでしゃばっていれば、後添の方がやりにくいでしょうから

アイザックは頭を抱える。
リュカが好きだと言ってしまいたい。
言えない代わりに朝晩会いに通い、手をとる。
振り向いてはもらえないか、と態度で示しているつもりだ。


「呆れた。なんで言わないのさ。前にちゃんと言葉にしろって言ったよね?」
「・・・不誠実だと思われたらどうするんだ!」

アイザックは手元のグラスを飲み干して、またそこに酒を満たす。

「ベルが駄目だったから、じゃあリュカを。だなんて思われたら・・・誰でもいいのか、と軽蔑されたら。やっと、ようやっと心を開きかけてるのに」
「まぁ、その気持ちはわからなくはないけど」

ベルフィールとセオドアは困り顔で顔を見合わせて肩を竦める。
アイザックはぐびぐびとグラスを空ける。

「まぁ、その、なんだ。もう婚姻は結んでるんだから時間の問題だろう?リュカの為にザックはいろいろ動いてたしな」

ベルフィールはため息を吐き、アイザックはじっと項垂れている。
なんだよ、とセオドアだけが訳がわからないと言う顔をしている。

「・・・契約なんだ」
「はぁ!?どういうことだ!ベルは知っていたのか?」
「知らないよ。知らないけど、番わないことと社交に出ないことでなんとなく予想はしてたよ。なんだってそんな馬鹿なことするんだろうってね」
「・・・あの頃はベルが好きだったから」
「あぁ!?お前何言ってんだよ!なんの関係が・・・わ」
「あぁ、もううるさい!セオはお黙んなさい!!」

ぺしりとベルフィールの両手で頬を挟まれたセオドアは黙った。

「どうせ僕が好きだからどうしようもなくて形だけの婚姻を結んだんでしょ?そもそも、もっと早くに僕に告げてたらあっさりフってあげたのに」
「あぁ、その、辛辣だな」
「だいたいね、なんでリュカだったわけ?下位のコックスヒルなんて眼中に無かったでしょう?」
「・・・セオ達の婚姻の日取りを発表したあの夜会で出会ったんだ。その、リュカも婚約解消されていて、それで、俺に色目を使わなかったし、あの時俺はベルが好きだったし、その、ちょうどいいかなって思って」

しどろもどろで答えるアイザックにセオドアは呆れ、ベルフィールの顔は真っ赤に染まった。

「傷心のリュカにつけ込んだというわけですか?」
「っ違う!違うぞ。リュカ達はそんな関係じゃないと言っていた!」
「では、なぜリュカなのです?体面だけを気にするならば他にもっといたでしょう?」
「その、屈託なく笑う顔がなんとなくいいなと思ったんだ」

セオドアは自分が叱責されているわけではないのに小さく縮こまっていた。
垣根のない幼馴染関係にあって、ベルフィールが丁寧語になる時は怒り心頭だということをよく知っている。
時間を作ってはリュカと茶会を開いていたベルフィール。
相手を敬う心に子気味良い返答、あどけない笑顔は好感がもてる。
子供らを物語で笑顔にしたい、というリュカの思いは清らかで美しい。
ベルフィールもリュカが好きになっていた。

「ザック、いいですか?リュカに契約を持ちかけた時点で、あなたの心はリュカに動いていたのです。でなければ、形だけとはいえ婚姻なんて結べるはずないでしょう!それにさえ気づけていれば、こんな馬鹿馬鹿しいことはなかった」
「で、では、受けてくれたリュカも少しは俺に心が動いたと?」
「そんなわけあるもんですか。コックスヒルが逆らえるとお思いで?」

ふんと上から見下げる視線は容赦なく、アイザックはしおしおと萎れた。

「グジグジいじいじと考えるのはおやめなさい。みっともない。軽蔑されたからなんだと言うのです?それ相応のことをしてきたのです。甘んじて受け入れなさい。それとも、軽蔑されたらもうリュカはいらないと?」
「・・・そんなことない。リュカが好きなんだ。リュカが喜ぶ顔はこっちまで嬉しくなる。傍に、いたいんだ」
「では、そのまま伝えなさい。それで軽蔑されても、そこから挽回する術を探しなさい」
「はい・・・」

ベルフィールの放った数々の矢に刺されたアイザックは満身創痍で城を後にした。
見送ったのはセオドア一人でその瞳には哀れみの色が浮かんでいた。




※次話もアイザックの話です。
ヘタレで、ほんとヘタレですみません。
アイザックは仕事もできるいい男なんですが、リュカの事になるととんと駄目になってしまって・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

番、募集中。

Q.➽
BL
番、募集します。誠実な方希望。 以前、ある事件をきっかけに、番を前提として交際していた幼馴染みに去られた緋夜。 別れて1年、疎遠になっていたその幼馴染みが他の人間と番を結んだとSNSで知った。 緋夜はその夜からとある掲示板で度々募集をかけるようになった。 番の‪α‬を募集する、と。 しかし、その募集でも緋夜への反応は人それぞれ。 リアルでの出会いには期待できないけれど、SNSで遣り取りして人となりを知ってからなら、という微かな期待は裏切られ続ける。 何処かに、こんな俺(傷物)でも良いと言ってくれる‪α‬はいないだろうか。 選んでくれたなら、俺の全てを懸けて愛するのに。 愛に飢えたΩを救いあげるのは、誰か。 ※ 確認不足でR15になってたのでそのままソフト表現で進めますが、R18癖が顔を出したら申し訳ございませんm(_ _)m

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

Ωだったけどイケメンに愛されて幸せです

空兎
BL
男女以外にα、β、Ωの3つの性がある世界で俺はオメガだった。え、マジで?まあなってしまったものは仕方ないし全力でこの性を楽しむぞ!という感じのポジティブビッチのお話。異世界トリップもします。 ※オメガバースの設定をお借りしてます。

処理中です...