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リュカ Ⅳ
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『広場貸本事業』は公爵家の慈善事業だ。
いつの間にか『ピコピコが来る日』になっていたが、リュカがそれでいいと言うのでそれでいい。
これはひとえにリュカの喜ぶ顔が見たい、その一心だった。
リュカの物語に絵がつけば、さぞかし喜ぶだろうと思いルイス・ハルフォードに声をかけたことをリュカは知らない。
リュカの笑顔が見れるなら己の嫉妬心など些細なもの・・・と思いたい。
あの日、喜び勇んで飛び込んできたリュカの笑顔は輝かんばかりで理性が吹き飛びそうになった。
まぁ、抱きつき方が子供のそれだったのですぐに正気に戻ったが。
抱き上げたリュカの薄っぺたい体。
僅かに香る木苺の匂い。
くるくる回ると声を上げて喜んでいた。
後になって父や兄のように思われていたらどうしよう、と新たな悩みの種ができてしまった。
取り澄ました貴族の面を外したリュカは愛くるしい。
繋いだ手をにぎにぎと合図して、アイクと呼ぶ声は弾んでいて照れたような笑みに胸が高鳴る。
安価なペンダントを喜び、小さな顎を一心に動かしてものを食べるのが可愛らしい。
どんな瞬間も目に焼き付けたいと思う。
「旦那様。しばらく離れ家へはお近づきになりませんよう」
「・・・なぜだ」
「リュカ様の発情が早まったようでございます。マーサの許可がおりるまで近づいてはなりません」
リュカの顔がしばらく見れない。
これまでもそれは何回もあって、その度に胸が締め付けられる。
己が鎮めてやりたい、そう願ってもそれは叶わぬこと。
だって契約なのだから。
悶々としながらリュカと会えない日を過ごす。
この頃には城では二人がうまくいっていないのでは?と囁かれていた。
それはアイザックの耳にも入っている。
理由は簡単、発情休暇を使わないからだ。
懐妊の様子もないのに休暇をとらない。
奥方が社交に顔を見せるのは最小限で、屋敷に引きこもっている。
実際は質素な服を着て街を闊歩してるが、誰の目にもとまらない。
それはリュカが三年後の己を心配してこその案だった。
──先妻がでしゃばっていれば、後添の方がやりにくいでしょうから
アイザックは頭を抱える。
リュカが好きだと言ってしまいたい。
言えない代わりに朝晩会いに通い、手をとる。
振り向いてはもらえないか、と態度で示しているつもりだ。
「呆れた。なんで言わないのさ。前にちゃんと言葉にしろって言ったよね?」
「・・・不誠実だと思われたらどうするんだ!」
アイザックは手元のグラスを飲み干して、またそこに酒を満たす。
「ベルが駄目だったから、じゃあリュカを。だなんて思われたら・・・誰でもいいのか、と軽蔑されたら。やっと、ようやっと心を開きかけてるのに」
「まぁ、その気持ちはわからなくはないけど」
ベルフィールとセオドアは困り顔で顔を見合わせて肩を竦める。
アイザックはぐびぐびとグラスを空ける。
「まぁ、その、なんだ。もう婚姻は結んでるんだから時間の問題だろう?リュカの為にザックはいろいろ動いてたしな」
ベルフィールはため息を吐き、アイザックはじっと項垂れている。
なんだよ、とセオドアだけが訳がわからないと言う顔をしている。
「・・・契約なんだ」
「はぁ!?どういうことだ!ベルは知っていたのか?」
「知らないよ。知らないけど、番わないことと社交に出ないことでなんとなく予想はしてたよ。なんだってそんな馬鹿なことするんだろうってね」
「・・・あの頃はベルが好きだったから」
「あぁ!?お前何言ってんだよ!なんの関係が・・・わ」
「あぁ、もううるさい!セオはお黙んなさい!!」
ぺしりとベルフィールの両手で頬を挟まれたセオドアは黙った。
「どうせ僕が好きだからどうしようもなくて形だけの婚姻を結んだんでしょ?そもそも、もっと早くに僕に告げてたらあっさりフってあげたのに」
「あぁ、その、辛辣だな」
「だいたいね、なんでリュカだったわけ?下位のコックスヒルなんて眼中に無かったでしょう?」
「・・・セオ達の婚姻の日取りを発表したあの夜会で出会ったんだ。その、リュカも婚約解消されていて、それで、俺に色目を使わなかったし、あの時俺はベルが好きだったし、その、ちょうどいいかなって思って」
しどろもどろで答えるアイザックにセオドアは呆れ、ベルフィールの顔は真っ赤に染まった。
「傷心のリュカにつけ込んだというわけですか?」
「っ違う!違うぞ。リュカ達はそんな関係じゃないと言っていた!」
「では、なぜリュカなのです?体面だけを気にするならば他にもっといたでしょう?」
「その、屈託なく笑う顔がなんとなくいいなと思ったんだ」
セオドアは自分が叱責されているわけではないのに小さく縮こまっていた。
垣根のない幼馴染関係にあって、ベルフィールが丁寧語になる時は怒り心頭だということをよく知っている。
時間を作ってはリュカと茶会を開いていたベルフィール。
相手を敬う心に子気味良い返答、あどけない笑顔は好感がもてる。
子供らを物語で笑顔にしたい、というリュカの思いは清らかで美しい。
ベルフィールもリュカが好きになっていた。
「ザック、いいですか?リュカに契約を持ちかけた時点で、あなたの心はリュカに動いていたのです。でなければ、形だけとはいえ婚姻なんて結べるはずないでしょう!それにさえ気づけていれば、こんな馬鹿馬鹿しいことはなかった」
「で、では、受けてくれたリュカも少しは俺に心が動いたと?」
「そんなわけあるもんですか。コックスヒルが逆らえるとお思いで?」
ふんと上から見下げる視線は容赦なく、アイザックはしおしおと萎れた。
「グジグジいじいじと考えるのはおやめなさい。みっともない。軽蔑されたからなんだと言うのです?それ相応のことをしてきたのです。甘んじて受け入れなさい。それとも、軽蔑されたらもうリュカはいらないと?」
「・・・そんなことない。リュカが好きなんだ。リュカが喜ぶ顔はこっちまで嬉しくなる。傍に、いたいんだ」
「では、そのまま伝えなさい。それで軽蔑されても、そこから挽回する術を探しなさい」
「はい・・・」
ベルフィールの放った数々の矢に刺されたアイザックは満身創痍で城を後にした。
見送ったのはセオドア一人でその瞳には哀れみの色が浮かんでいた。
※次話もアイザックの話です。
ヘタレで、ほんとヘタレですみません。
アイザックは仕事もできるいい男なんですが、リュカの事になるととんと駄目になってしまって・・・
いつの間にか『ピコピコが来る日』になっていたが、リュカがそれでいいと言うのでそれでいい。
これはひとえにリュカの喜ぶ顔が見たい、その一心だった。
リュカの物語に絵がつけば、さぞかし喜ぶだろうと思いルイス・ハルフォードに声をかけたことをリュカは知らない。
リュカの笑顔が見れるなら己の嫉妬心など些細なもの・・・と思いたい。
あの日、喜び勇んで飛び込んできたリュカの笑顔は輝かんばかりで理性が吹き飛びそうになった。
まぁ、抱きつき方が子供のそれだったのですぐに正気に戻ったが。
抱き上げたリュカの薄っぺたい体。
僅かに香る木苺の匂い。
くるくる回ると声を上げて喜んでいた。
後になって父や兄のように思われていたらどうしよう、と新たな悩みの種ができてしまった。
取り澄ました貴族の面を外したリュカは愛くるしい。
繋いだ手をにぎにぎと合図して、アイクと呼ぶ声は弾んでいて照れたような笑みに胸が高鳴る。
安価なペンダントを喜び、小さな顎を一心に動かしてものを食べるのが可愛らしい。
どんな瞬間も目に焼き付けたいと思う。
「旦那様。しばらく離れ家へはお近づきになりませんよう」
「・・・なぜだ」
「リュカ様の発情が早まったようでございます。マーサの許可がおりるまで近づいてはなりません」
リュカの顔がしばらく見れない。
これまでもそれは何回もあって、その度に胸が締め付けられる。
己が鎮めてやりたい、そう願ってもそれは叶わぬこと。
だって契約なのだから。
悶々としながらリュカと会えない日を過ごす。
この頃には城では二人がうまくいっていないのでは?と囁かれていた。
それはアイザックの耳にも入っている。
理由は簡単、発情休暇を使わないからだ。
懐妊の様子もないのに休暇をとらない。
奥方が社交に顔を見せるのは最小限で、屋敷に引きこもっている。
実際は質素な服を着て街を闊歩してるが、誰の目にもとまらない。
それはリュカが三年後の己を心配してこその案だった。
──先妻がでしゃばっていれば、後添の方がやりにくいでしょうから
アイザックは頭を抱える。
リュカが好きだと言ってしまいたい。
言えない代わりに朝晩会いに通い、手をとる。
振り向いてはもらえないか、と態度で示しているつもりだ。
「呆れた。なんで言わないのさ。前にちゃんと言葉にしろって言ったよね?」
「・・・不誠実だと思われたらどうするんだ!」
アイザックは手元のグラスを飲み干して、またそこに酒を満たす。
「ベルが駄目だったから、じゃあリュカを。だなんて思われたら・・・誰でもいいのか、と軽蔑されたら。やっと、ようやっと心を開きかけてるのに」
「まぁ、その気持ちはわからなくはないけど」
ベルフィールとセオドアは困り顔で顔を見合わせて肩を竦める。
アイザックはぐびぐびとグラスを空ける。
「まぁ、その、なんだ。もう婚姻は結んでるんだから時間の問題だろう?リュカの為にザックはいろいろ動いてたしな」
ベルフィールはため息を吐き、アイザックはじっと項垂れている。
なんだよ、とセオドアだけが訳がわからないと言う顔をしている。
「・・・契約なんだ」
「はぁ!?どういうことだ!ベルは知っていたのか?」
「知らないよ。知らないけど、番わないことと社交に出ないことでなんとなく予想はしてたよ。なんだってそんな馬鹿なことするんだろうってね」
「・・・あの頃はベルが好きだったから」
「あぁ!?お前何言ってんだよ!なんの関係が・・・わ」
「あぁ、もううるさい!セオはお黙んなさい!!」
ぺしりとベルフィールの両手で頬を挟まれたセオドアは黙った。
「どうせ僕が好きだからどうしようもなくて形だけの婚姻を結んだんでしょ?そもそも、もっと早くに僕に告げてたらあっさりフってあげたのに」
「あぁ、その、辛辣だな」
「だいたいね、なんでリュカだったわけ?下位のコックスヒルなんて眼中に無かったでしょう?」
「・・・セオ達の婚姻の日取りを発表したあの夜会で出会ったんだ。その、リュカも婚約解消されていて、それで、俺に色目を使わなかったし、あの時俺はベルが好きだったし、その、ちょうどいいかなって思って」
しどろもどろで答えるアイザックにセオドアは呆れ、ベルフィールの顔は真っ赤に染まった。
「傷心のリュカにつけ込んだというわけですか?」
「っ違う!違うぞ。リュカ達はそんな関係じゃないと言っていた!」
「では、なぜリュカなのです?体面だけを気にするならば他にもっといたでしょう?」
「その、屈託なく笑う顔がなんとなくいいなと思ったんだ」
セオドアは自分が叱責されているわけではないのに小さく縮こまっていた。
垣根のない幼馴染関係にあって、ベルフィールが丁寧語になる時は怒り心頭だということをよく知っている。
時間を作ってはリュカと茶会を開いていたベルフィール。
相手を敬う心に子気味良い返答、あどけない笑顔は好感がもてる。
子供らを物語で笑顔にしたい、というリュカの思いは清らかで美しい。
ベルフィールもリュカが好きになっていた。
「ザック、いいですか?リュカに契約を持ちかけた時点で、あなたの心はリュカに動いていたのです。でなければ、形だけとはいえ婚姻なんて結べるはずないでしょう!それにさえ気づけていれば、こんな馬鹿馬鹿しいことはなかった」
「で、では、受けてくれたリュカも少しは俺に心が動いたと?」
「そんなわけあるもんですか。コックスヒルが逆らえるとお思いで?」
ふんと上から見下げる視線は容赦なく、アイザックはしおしおと萎れた。
「グジグジいじいじと考えるのはおやめなさい。みっともない。軽蔑されたからなんだと言うのです?それ相応のことをしてきたのです。甘んじて受け入れなさい。それとも、軽蔑されたらもうリュカはいらないと?」
「・・・そんなことない。リュカが好きなんだ。リュカが喜ぶ顔はこっちまで嬉しくなる。傍に、いたいんだ」
「では、そのまま伝えなさい。それで軽蔑されても、そこから挽回する術を探しなさい」
「はい・・・」
ベルフィールの放った数々の矢に刺されたアイザックは満身創痍で城を後にした。
見送ったのはセオドア一人でその瞳には哀れみの色が浮かんでいた。
※次話もアイザックの話です。
ヘタレで、ほんとヘタレですみません。
アイザックは仕事もできるいい男なんですが、リュカの事になるととんと駄目になってしまって・・・
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