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頭突き

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糊がパリッときいて折り目が付いているスラックスなんて初めて履いた。
白いシャツに小洒落たベストを着せられて、ジャケットも羽織る。
ネクタイの代わりに小さなリボンを付けられて七五三のようだ。
やったことないけど、と太郎は鏡に映る自分を凝視する。
鷹野がコーディネートした余所行きの服を着ている。
ふんふんと鼻歌を歌いながら髪をいじる鷹野を鏡越しに見る。
目が合うと目だけで笑うのを、冷めた目で見る。

「あんまり前髪あげてほしくないんだけど」
「なんで?」
「・・・べつに」
「太郎の目、好きだよ。だから、隠さないで自信をもって」

鷹野は今、自分がどれほどの事を言ったのかわかっているのだろうか。
この目が好きだなんてやっぱり変わり者だ。
6:4くらいに分けた前髪をあげて、サイドは毛先をくるくると捻ったり跳ねさせたりしている。
まるで人形になったような気分で落ち着かない。
並んだ二人を鏡で見るとアンバランス感が凄い。
似合う!可愛い!と抱きつかれて、グエェと声がでる。
パーティの準備だけで疲労困憊だ。

パーティ会場のホテルは鷹野に会わなければ一生縁が無かったろうな、というような場所だった。
ヒソヒソされながら受付を済ませて会場に入る。

「なあに?アレ」
「全然釣り合ってないわね」
「あなたの方がよっぽど綺麗よ」
「気まぐれでしょ?すぐに飽きるわよ」
「あの陰気臭い目、気味が悪いわ」
「素性がわからないんでしょう?」
「そんなのがこの会場にいるなんて嫌だわ」
「どうせお金目当ての卑しい子なのよ」

名前を呼ばれて見上げると眉を下げた鷹野が、気にするなと言う。
後で正式に抗議する、と言うのでそんなものはいらないと断っておく。

「気にしてないし。あんなことしょっちゅう言われてきたから、慣れてるし大丈夫」

悪口のセンス無いよね、と笑ってみせる。
壇上では鷹野と同年代と思われる男が線の細い可愛らしい男Ωの腰を抱いて挨拶している。

挨拶も乾杯も、キラキラ輝いているシャンデリアや着飾った人々を見ているうちにいつの間にか終わっていたらしい。
生のドレスって初めて見たなぁ、と見ていると睨まれてしまって申し訳なくなった。
鷹野の元にはひっきりなしに挨拶に訪れる人がいて、つまらない。
引き攣った笑みで挨拶してくる人も、興味津々のような顔の人もいる。
絶対に一人になるな、と言われてなければとっとと逃げ出しているところだ。
初めて飲んだシャンパンもよく味がわからなくて残念に思う。
柑橘系の好きな匂いなのに。

「やぁ、鷹野。来てくれてありがとう」
「あぁ、婚約おめでとう」

さっき挨拶してた人か、と視界に入ってないだろうが一応頭を下げる。

「そこのちんちくりんがお前の番か?」
鷲尾わしお、言葉に気をつけろ」
「そんな怖い顔するなよ、冗談だろ?」

鷲尾はこれみよがしに大声で笑った。

「いやぁ、しかしこれでまた俺の勝ちだなぁ」
「何の話だ?」

鷲尾はニヤニヤ笑いながら、グイッとグラスを空けた。

「お前、昔から俺に負けっぱなしだもんな?勉強もスポーツも。どんだけ努力してもかなわなかったろ?俺の母親も名家の出だし、俺の婚約者も名門篠宮しのみやだ。お前は負けい・・・」

鷲尾は最後まで言葉を紡げなかった。
何故なら、太郎が鷲尾のネクタイを引っ張り頭突きをしたからだ。
下から睨めあげる太郎は、その小柄な体のどこから気迫が生まれているのか。

「・・・てめぇ、俺のαになんて口聞いてんだ、あぁ?勝ち負けの前に、てめぇなんか相手にしてねぇんだよ!勝つか負けるかでしか相手を測れないようなダッセェ男じゃねぇ!肩書きでしか人を見れない小せぇ男でもねぇんだよ!努力なんか自分の為にするもんだろうよ!自惚れんなよ、クソ馬鹿アルファが!」

ネクタイを握って自分より大きな、しかもαに啖呵をきった太郎。
頭突きをお見舞いされた鷲尾は呆気にとられて声が出ない様子だ。
鷹野に両脇を抱えられて、足が宙に浮く。
ジタバタしながら太郎は続ける。

「覚えとけよ、俺のαを悪く言ったことを後悔させてやるからな!夜道にせいぜい気をつ・・・」

最後は鷹野に口を押さえられて、モゴモゴしか言えなかった。
離せよ、と見上げると鷹野は実に楽しそうに笑っていた。

「鷲尾、そういうことだ。俺はそんな風に思ったことなんかなかった。このことは好きに記事にすればいい。お前のとこの球団から契約を切られてもかまわない」

鷹野はそう言うといつものように太郎を縦に抱いた。

「俺のΩはかっこいいだろう?自分が何を言われても平気なフリをするくせに、俺に何かあるとここまで剥き出しの感情を見せるんだ。こんなΩはそういない。俺は幸せ者だよ」

好奇の視線を向けられる中スタスタと歩き去っていく鷹野。
未だバタバタして、もう一発殴らせろ!と騒ぐ太郎。

鷲尾新聞社の若き社長の婚約パーティは、一人のΩによって散々なものになって終わった。
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