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パーティのお誘い

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上田の母さゆりの料理教室は、喧嘩した次の日に行われた。
さゆりが夜勤で昼間空いているというので、太郎はいそいそと出かけた。
上田の仕事は15時からなので、二人でさゆりの指導を受けることにする。
第一回目の今日は『味付けたまご』だ。
包丁も使わずにできて、おかずにもおつまみにもなるとさゆりは胸を叩いた。
1パック丸々使ってまずは茹で卵を作る。
押しピンで卵のお尻に穴を開けると聞いた時は驚いた。
そうして茹で卵を作って密閉ビニール袋にタレを入れて味付け卵を作った。
鷹野は美味しいと食べてくれるだろうか、そう思いながら太郎は帰路につく。
何があってもタクシー移動と言われているが、上田と一緒に駅まで歩く。

「上田さんのお母さんって優しくていいね」
「でも怒るとスゴーイ怖いんだよ。そのうち乾君も怒られるよ?」

クスクス笑う上田にむず痒い気持ちになる。
上田もその母親も孤児だと知っても、知らん顔してくれた。
その事実がとても嬉しい。


味付け卵は本当なら一日漬け込むらしい。
けれど、ソワソワしてしまって結局夕飯の時に出してしまった。
鷹野はものすごく喜んでくれて、美味い美味いと五つある内の四つも食べた。
大きな口に半分に切った半熟の卵がするすると入っていく。
それを見ているだけで胸がぽかぽかして、鷹野はいつもこんな気持ちなんだろうかと思う。
後片付けも勿論自分でする。


鷹野がリビングで見守ってくれているのが役に立っているような気がして嬉しい。
並んでソファに座ると、よいしょと足の間に座らされる。

「ありがとう」
「どういたしまして」

腰に回る太い腕を撫でて、そこに生えている毛をゴシゴシと擦って蟻を作る。

「今度、パーティがあるんだ」
「パーティ?」
「そう、付き合いのある会社の若社長の婚約パーティ」
「へぇ。行ってらっしゃい」
「一緒に行くんだよ」

なんで?と顔ごと上を向いて鷹野を見る。
少しだけ首が痛い。
苦虫を噛み潰したような鷹野の頬を撫でてやる。

「お前を紹介しろってうるさいんだ」
「ふうん、嫌だけど」

パーティと言うからには大勢の人が集まるに違いない。
そんな場違いなところには絶対に行きたくない。
そう思い太郎は顔を下げて鷹野の腕にまた蟻を作る。

「・・・それは何をしてるんだ?」
「蟻を作ってる。男らしい腕で羨ましい」

蟻か、と呟いた鷹野にそうだよと返す。

「パーティ行ってくれたらなんでも言うこと聞くって言っても嫌か?欲しいものがあったらなんでも買ってやる」
「なんでも?」
「そう、なんでも」

太郎は上田と今日、話した事を思い出す。
スーパー銭湯の豪華版みたいなのがオープンしたらしい。
なんでも、母のさゆりが看護師仲間と行ったらとても楽しかった、と。

「スーパー銭湯に行きたい」
「いいぞ、いつ行く?」
「それは、上田さんと相談してみないと」
「待て、二人で行くのか?」
「そうだけど」
「駄目だ」
「じゃあパーティ行かない」

なんだよ結局駄目なんじゃないか、と太郎は不貞腐れる。

「いや、Ωが二人で不特定多数のいる風呂に行くなんて普通に考えたら駄目だろ?」
「Ω専用スペースがあるって」

それならまぁ、と鷹野は考えていや駄目だろと思い直す。
全裸で風呂に入るのも、風呂上がりの上気した肌を晒すのも嫌だ。
しかし、と鷹野は考える。
ここで機嫌を損ねるのも辛い。
考えあぐねた結果鷹野は了承した。
ただし、二時間まで。
Ωスペース二時間なら貸切も可能だろうと算段する。
くるりと体勢を変えて、ありがとう!と笑みを浮かべる太郎に鷹野は弱い。
いや、どんな太郎にもめっぽう弱い。
ぎゅうとコアラのように抱きついてくる小柄な体を抱きしめる。
キツめの三白眼がふにゃりと溶けるようになる笑顔が愛らしい。
そういえば整形外科と思い出し、また今度でいいかと思う。
外出した太郎からは色んな匂いがするので、塗り替えるべくそのまま抱き抱えて風呂に向かう。


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