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後悔

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体がとても熱くてはふはふと浅い呼吸しかできない。
ただこの熱さは発情期ではないような気がする。
頑張って薄ら目を開ける。
喉も痛いし、目もなんだか霞む。
あぁ、でも・・・この匂いは・・・

「まだゆっくりおやすみ」

額に貼られた何かをペリリと剥がされ、次に冷たい何かをまた額に付けられる。
瞼に手のひらを乗せられその重みが心地よくてまたうとうとと眠ってしまう。




鴨井も太郎も満身創痍といった感じなので詳しい話はまた後日、と坂口に安野は話をつけた。
中学校には申し訳ないが、鷹野家から校長に対して圧力をかけた。
話は校長止まりで清掃員が後始末をつけ、何事も無かったように学校はまた日常を送ることとなる。


鷹野は熱い息を吐いている太郎を見ている。
細切れの息はとても苦しそうで、熱をもつ体は熱い。
緊張の糸が切れたのか、それとも雨で冷えきってしまったのか。

これ以上冷えないようにと抱え込み温めながら家路を急ぐ車内。
安野が心配そうにミラーをチラチラ覗いているのがわかる。
ねぇ、と太郎のか細い問いかけに安野がピクリと反応する。

「──愛して、ほしい人が、目の前にいるのに、愛してもらえないのと、愛してほしい人がどこの、誰かもわからない、のは、どっちが、いいのかな?」

ハッハッと浅い呼吸で細切れに話す。
赤くなった目元、上気する頬、口は半開きで閉じる様子はない。
時折、辛そうに唾を飲み込んでいる。

「ねぇ、どっち?」
「そんなものは比べるものじゃない」

いいからおやすみ、と背中をさする。

「どう、して、愛して、もらえなかったん、だろう。なにが、だめなの?なにが、ほかと、ちがうの?なんで、すてたの?」

なんで?どうして?と繰り返すのを聞いて、眠りに落ちるのを手助けする。
大丈夫ここにいるよ、ずっと一緒と耳元でずっと囁く。

「・・・寝ましたか?」
「あぁ」
「家ではなく、まず医師の診察を受けましょう」
「そうだな、赤石あかいし総合病院へ行ってくれ。そこのバース科へ」

ミラー越しに安野は頷いて、ハンズフリーで電話をかけ診察にこぎつける。
電話を切ると、そこからはまっすぐ前だけ見て車を走らせた。



病室の真っ白なシーツと真っ白な掛け布団。
ベッドの傍らには鷹野がひとり付き添っている。
細い腕には点滴が繋がれていて、ポトンポトンと薬液が落ちている。
熱は高く、時折眉間に皺が寄る。
薄く開いた口からは、うっうっと呻き声が小さく聞こえる。
その度に眉間を親指で撫でて、頬を撫でてやる。
前を向いていくには、きっちりケジメをつけないと終わらないと思った。
けれど、こんなことになるなら、こんな辛い思いをさせるなら会わせるんじゃなかった。
無理矢理にでも仕事を辞めさせて、ずっと家に居させれば良かった。
後悔ばかりが押し寄せる。
囲いこんで甘やかして、世界には俺しかいないと、そうすれば良かった。

「──お、かぁ・・・・・・」

込み上げてくる涙を拭い、傍にいるよと語りかける。
はくはくと小さく動く唇に耳を寄せる。

「あぁ、俺も好きだよ」

鼻がピスピスとなり始めて深い眠りに落ちたことがわかった。
そういつも通りそうやって小さく鼻を鳴らして寝ておくれ、と頬に小さなキスを落とした。




安野はぼんやりと明かりのついた病室を駐車場から眺めた。
雨はすっかりあがって、薄い雲の切れ目から月が覗いている。

「乾君、大丈夫です。君が憂うことのないように尽力します」

誰に言うでもなく言葉にする。
見上げながら胸ポケットを握りしめる。
鴨井から託されたUSB、ここにきっと鍵がある、安野はそう思う。
安野にとって太郎はすっかり弟のようなものになっており、鷹野を通じて知り合ううちに可愛らしいと思うようになった。
鷹野の都合がつかない時の送迎は密かに取り合いになっている。
多田も里中もあの小さな彼が好きなのだ。
あの三白眼がヘニョっと笑う様が愛しい。
あの笑顔と尊敬する上司を守る、と安野は薄い雲にぼんやり隠れる月に誓った。
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