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確保

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溝端みぞばたぁ!確保ー!!」

ベランダの手すりに手をかけた鴨井は、死角から突然現れた男にタックルされてそのまま倒れ込んだ。
鷹野に抱きとめられながら呆気にとられる太郎の傍らを、確保と叫んだであろう女性が駆けていく。
小柄で小太りなのに素早い動きで、鴨井を起こしタックルした男と協力して教室の中へ引きずり込む。

「・・・あれ、誰?」
「俺にもわからん」

鷹野は着ていたジャケットを太郎の肩にかけた。
鴨井は坂口に後ろから抱きしめられて項垂れている。
溝端は窓を閉めてガシガシと頭をかいて、水分を飛ばしている。

「とりあえずここを出ましょう。着替えて温かいものでも食べて話を聞かせて?ね?」

こくりと頷いた鴨井に坂口は安堵し胸を撫で下ろした。
それをずっと眺めていた太郎もホッと息をついた。

「太郎も体が冷えきってる。早く行こう」
「・・・でも」
「でも?」
「──・・・鷹野、靴下がびちょびちょで気持ち悪い」
「どうしたらいい?」
「抱っ・・・」

言い終わらぬうちに大きな体にふわりと持ち上げられ子どものように抱き上げられる。

鷹野は太郎の背中をポンポンと叩いて、おかえりと優しく抱きしめた。

その太い首にぎゅうと抱きつき、溢れてきた涙を隠す。
肩口がどんどん濡れていくから、泣いてることなんてとっくにバレている。
こんなのは言い訳で、ただただ鷹野に抱きしめてほしかっただけ。
暖かく包んでほしかっただけ。
安心できる場所にただいまを伝えたかっただけ。
一度は諦めたのに顔を見たら自分の気持ちの在り処がどこにあるのかわかった。
多分、もうずっと好きだった。

安野が苦笑しながら鷹野に近づく。

「鴨井はなにを投げたんですか?」

あぁ、と鷹野はスラックスのポケットからUSBメモリを取り出して安野に渡した。
なんですかね、と安野は訝しげに眺めてから胸ポケットにしまう。
そして、ふとキョロキョロと辺りを見渡した。

「孤塚蘭子がいません」

その言葉にその場にいた者全員が戸口を振り返った。









孤塚蘭子はゆっくり階段を降りていた。
来た時とは逆に校舎の一番奥のランチルームへ向かう。

「やぁ、待ってたよ」
「あら、やっぱり来ていたのね。ここで何を?」
「出口を抑えるのは基本だよ」

孤塚は自分の傘を手に取り、それで?と冨樫徹に言う。

「鴨井俊彦の母親が事故死したことは知ってるね?」
「知ってるわ。俊くんかわいそうね」
「それがね、私には腑に落ちない」
「そう」
「鴨井のアリバイ。作ったのは君じゃないか?母親に成りすましたんだろう?」

冨樫はたっぷり余裕を装って孤塚を見据えて言う。

「俊くんが何かしたって前提で話すのね?ま、いいわ。仮にそうだとして、そんなことして私になにか得があるの?」
「鴨井の弱みを握れる。充分じゃないか?」
「うふふ、人の弱みを握るのは好きよ?でもね、俊くんはそんなことしなくても見てるだけで面白いの。だから、そんなことは何にもならない」

話はそれだけかな?と孤塚蘭子は傘をくるりと回して一歩冨樫に近づいた。

「探偵さんがもし、事実にたどり着いたとして、それが何になるの?俊くんは17、私は16歳。未成年だわね?」
「何歳でも関係ない。罪を罪として認識することが大事なんだ。君がいなければ鴨井は更正できたかもしれない。それと、私は探偵ではなく調査員だ」

そんなのどっちでもいいわ、と孤塚蘭子は冨樫の傍のドアノブに手をかける。

「また会いましょう?俊くんは私が思ってたより馬鹿じゃなかった。今、とっても気分がいいの」
「どういう意味だ?」
「雇い主に聞きなさいよ」

孤塚蘭子の薄く開いた唇、そこからチラリと覗く赤い舌。
どこにでもいるβの女は、狡猾な蛇のような目で笑う。
透明の傘をポンと開くとそのまま振り返らずに歩く。

その背中を見送りながら冨樫は今日一番の大きな溜息を吐いた。
カマをかけようとしたことも、証拠がないことも全てお見通しのようだった。
また会いましょう、その言葉通り冨樫はまた孤塚蘭子に会うことになる。
場所はY南署の取調室で微笑む彼女と対面する。

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