上 下
43 / 110

真正面

しおりを挟む
「蘭子、お前尾行されてたのかよ」
「もしそうならもっと早く登場してたはずでしょ?俊くんが下手打ったんじゃない?」

クスクス笑いながら孤塚は太郎をじっと見た。
太郎はまだ呆けたように固まっている。

「・・・そうねェ、靴かしら?」
「はぁ?わかるかよ、んなもん」
「まずは俊くんの負けね」

孤塚は目を細め終始楽しそうだ。
鴨井は鷹野から隠すように座る太郎の前に立つ。

「君が鴨井か」
「・・・だったら何?」
「今日は君たちに釘を刺しに来たんだ。もう二度と俺たちの前に現れないって」
「俺たち?」
「俺とそこで君が隠してる太郎だよ」

ふっと鴨井が息を吐き捨て、次いで笑いだす。
腹を抱えてあははとさも可笑しそうに。

「毛色の違う猫が珍しいだけだろ?あんたの周りにゃもっと毛並みの良い血統書付きがいるんじゃないの?」

はぁはぁと笑い疲れた風で解放してやれよ、と吐き捨てるように言う。

「言いたいことはそれだけか?今なら不法侵入だけで済む」
「は?」
「誘拐・監禁罪も追加されたいか?」
「はっ、何言ってんだ。こいつは今縛られてるか?ここに鍵はかかっていたか?逃げようと思えばいつでもそう出来たんだ。それをしないってことは帰ってきたんだ、オレのところに」

カタンと小さな音がして戸口で安野が呆気にとられている。
注目を浴びたことで、何やってるんですかとハッとしたように歩みを進め鷹野に制された。

「乾君、見つかったんでしょう?だったらもう行きましょう」
「いや、それじゃ駄目なんだってことがわかった」
「は?どういうことです?乾君!迎えに来ましたよ、行きましょう」
「うるさいわね。外野は黙ってなさいよ」
「なっ、はっ?え?」

孤塚は安野を一瞥し、また視線を鴨井に戻した。
鷹野は、そういうことだと安野の肩を押して戸口に戻す。
その顔は真剣で安野はもうなにも言えなくなってしまった。

「あの、ごめんなさい」

我にかえって太郎が立ち上がろうとするのを鴨井が押し戻す。
黙ってろ、とは鴨井の言葉。
謝ることなんてない、とは鷹野の問いかけ。
二人の言葉を受け太郎はしどろもどろになってしまう。

「あらあら、これはまた俊くんの負けかなァ?」
「お前も黙ってろ!」

孤塚は首を竦め太郎にウインクして笑いかける。

「いつもそんな感じだったのか?」
「・・・なにが」
「そうやって押さえつけてたのか?」
「オレらのことにあんたは関係ないだろ?」
「関係あるから聞いている」
「はぁ?」
「委縮してるじゃないか」
「いつもそうよ。だって、俊くんはそのやり方しか知らないもの」
「っ蘭子!」

はいはい、と孤塚は両手をちょいとあげて降参した。
鷹野からは鴨井が邪魔して太郎の表情が見えない。
鴨井が見せまいとしようとしているのがわかる。

「俺の前では美味そうに飯を食うぞ。あと俺に対して文句も言うし、クイズ番組で先に答えると睨むし。そうだ、カリブ海が舞台の海外ドラマが好きなんだ。いつかそこへ連れて行く。知ってたか?酢豚にはパイナップルを入れて欲しがるし、餃子を包むのは下手だ。風呂上がりにはオレンジジュース飲むし、ただいまって帰ればおかえりって返してくれる。それにな、俺の前では笑うんだ。俺はすごく楽しい。太郎といると嬉しくてつい顔が緩むんだ」

君はどうだ?と鷹野は鴨井を見つめる。

「君の記憶にある太郎はどんな顔をしている?君は太郎にどんな顔をしていた?」

鴨井の顔からは表情が抜け落ち、孤塚はくつくつと笑っている。
雨は小雨になって、風が揺らす窓だけがカタカタと鳴っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【R18】番解消された傷物Ωの愛し方【完結】

海林檎
BL
 強姦により無理やりうなじを噛まれ番にされたにもかかわらず勝手に解消されたΩは地獄の苦しみを一生味わうようになる。  誰かと番になる事はできず、フェロモンを出す事も叶わず、発情期も一人で過ごさなければならない。  唯一、番になれるのは運命の番となるαのみだが、見つけられる確率なんてゼロに近い。  それでもその夢物語を信じる者は多いだろう。 そうでなければ 「死んだ方がマシだ····」  そんな事を考えながら歩いていたら突然ある男に話しかけられ···· 「これを運命って思ってもいいんじゃない?」 そんな都合のいい事があっていいのだろうかと、少年は男の言葉を素直に受け入れられないでいた。 ※すみません長さ的に短編ではなく中編です

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

処理中です...