上 下
35 / 110

ネックレス

しおりを挟む
上田が発情期に入ったので今日の太郎は美山とコンビを組んでいる。

「乾君は仕事辞めないの?」
「辞めませんけど」
「そうなんだ。パートナーができると辞めちゃう子が多いから」

なんと言えばわからず曖昧に笑う。
鷹野はパートナーではない、今だけの関係だ。
お疲れ様です、と頭を下げて業務用エレベーターに向かう。
上田は今頃どうしてるだろうか、と思う。


いつもの場所へ行くと里中が待っていた。

「鷹野は今日遅くなりますので、冷凍庫のカレーをレンジで温めて食べるように、とのことです」

運転しながらそう言う里中に笑ってしまう。

「俺、なんか子どもみたい」
「だとしたら私はさしずめ親戚のおばさんですか」
「お姉さんでしょ」

あはは、と二人でひとしきり笑う。
カレー美味しいですか?と問われて、すごく辛いと答えてまた笑う。

こんなに穏やかでいいんだろうか。
あの日の狐塚のことを思い出すと苦しくなる。
真っ白な紙にポツンと染みができたみたいな、それがじわじわと広がっていくみたいな。


カレーはやっぱり辛くて、でも二人でヒィヒィ言いながら食べた時とは違う味がした。
ソファでゴロゴロしながらおすすめと出てきた映画を見る。
元CIAの黒人のおっさんがめちゃくちゃな強さで敵をバッタバッタと倒していく映画だった。

「ただいま」
「おかえり」
「カレー食ったか?」
「うん」

ネクタイを緩めながら冷蔵庫からビールを取り出すのが板についていて、なんだか悔しくなる。
大人の男だ、そう思う。
よいしょと、太ももの間に座らされて二人で映画を見る。

「めちゃくちゃな強さだな」
「なんでも武器にするのかっこいい」
「俺も鍛えればあれくらい・・・」
「なんで張り合うんだよ」

もたれている胸板は固くて広くて安定感がある。
小さく聞こえる心臓の音は一定でそれにも安心する。
ビールを飲んで胸が上下するのもいい。
この胸から出たらきっと痛いだろうな、とため息をつく。

シャラと耳元で軽やかな音が聞こえて首元がヒヤッとした。
人差し指でついとそれを持ち上げる。
細い金色のチェーンの先には外国のコインみたいなのが付いている。

「・・・なにこれ」
「プレゼント。ずっとつけとくんだぞ」
「なんで?」
「なんでも」

細いチェーンは引っ張ったらちぎれそうでコインには鼻の高い女の横顔が掘られていた。
腑に落ちないが、わかったと言うと胸が小さく揺れたので声を出さずに笑ったんだなということがわかる。
肌に触れた瞬間冷たかったそれはもう肌に馴染んで気にならなくなった。





「あの時のことをずっと謝りたかった」

鷹野は腕の中に閉じ込めた寝顔を見ながら思い返す。
峯田への訪問は一度は渋られた。
二度目にあの時のカフェの話をすると、会ってくれるという。
病室のベッドに座る峯田は頭に包帯を巻き左腕は骨折していた。
通りいっぺんの挨拶をして、太郎のことで聞きたいことがあると切り出す。

「その怪我は本当に不注意なのか?」

峯田はうろうろと視線をさ迷わせ、考えあぐねているようだったが決心したように顔を上げた。

「あの日、彼女がSNSにあげた写真に乾君が小さく写りこんでいて。それを鴨井、あ、鴨井先輩に見つかって、それで。鴨井先輩が乾君を探してるってのは聞いてました。でも、まさか僕なんかのSNSまで監視されてると思ってなくて」
「それがなんで怪我と繋がるんだ?」
「・・・大学の帰りに待ち伏せされてました。乾君の居場所を聞かれて、知らないって偶然会っただけだって言いました。そしたら、おまえの彼女可愛いなって。隠し撮りみたいな写真見せられて、それで・・・あなたのことを、あなたの顔形や背の高さやαだってことを話してしまいました」
「話したのに怪我をさせられたのか?」
「罰だ、と。また太郎を裏切った、そう言われて歩道橋から・・・」
「また?」
「中学では絶対に部活動をしなくちゃいけなくて、僕と乾君は写真部でした。幽霊部員ばっかりの活動もない部活でしたけど、文化祭だけは作品展示があって備品のカメラでそれぞれ写真を撮って・・・放課後、その現像を僕と乾君が押し付けられました」

そこではぁとため息をつき峯田は黙った。
じっと俯いて過去を振り返っているように見える。

「僕の家の帰り道に写真屋があったので、ついでだからと僕がデータを受け取って、乾君は先に帰りました。だけど、いざ写真屋に行くと鞄からなくなってたんです。確かに鞄に入れたのに、乾君もそれをちゃんと見ていた。なのに、無くなっていて。当然、責められました。けど、責められたのは僕じゃなくて乾君でした。元々、一人なことが多かった乾君はこのことが広まってますます一人になりました。僕は自分が責められるのが怖くて・・・何も言えなかった、いや、言わなかった。乾君も何も言わなかった。ただ、ごめんって謝ってた。謝るのは僕なのに」

だから謝りたくてつい声をかけてしまった、と峯田は震える手を握りしめて言った。

と鴨井は言ったんだな?」
「はい」
「その鞄は本当に写真屋に行くまで君の手元にあったのか?」

峯田は不思議そうな顔をしながらも考えて、あっと声を上げた。

「教室から出る時に先生が呼んでるよ、と声をかけられて鞄をそのまま教室に置いて職員室に行きました。けど、結局先生はいなくて鞄を取りに戻って帰りました。でも、それだけです。5分もかからなかったと思います」
「その呼びに来た生徒は、狐塚蘭子じゃないか?」
「え?なんで知ってるんですか?」


狐塚蘭子、お前は一体・・・と考える。
安らかに眠っているような顔をそっと撫でる。
擽ったそうにして胸元に顔を埋めるのを見てそっと抱きしめて夜が更けていく。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

可愛くない僕は愛されない…はず

おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。 押しが強いスパダリα ‪✕‬‪‪ 逃げるツンツンデレΩ ハッピーエンドです! 病んでる受けが好みです。 闇描写大好きです(*´`) ※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております! また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)

幼馴染から離れたい。

じゅーん
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

運命の番と別れる方法

ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。 けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。 浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。 そんな時にとんでもない事件が起こり・・。

浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした

雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。 遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。 紀平(20)大学生。 宮内(21)紀平の大学の同級生。 環 (22)遠堂のバイト先の友人。

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。 そこが俺の全て。 聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。 そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。 11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。 だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。 逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。 彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・

【完結】運命の相手は報われない恋に恋してる

grotta
BL
オメガの僕には交際中の「運命の番」がいる。僕は彼に夢中だけど、彼は運命に逆らうようにいつも新しい恋を探している。 ◆ アルファの俺には愛してやまない「運命の番」がいる。ただ愛するだけでは不安で、彼の気持ちを確かめたくて、他の誰かに気があるふりをするのをやめられない。 【溺愛拗らせ攻め×自信がない平凡受け】 未熟で多感な時期に運命の番に出会ってしまった二人の歪んだ相思相愛の話。 久藤冬樹(21歳)…平凡なオメガ 神林豪(21歳)…絵に描いたようなアルファ(中身はメンヘラ) ※番外編も完結しました。ゼミの後輩が頑張るおまけのifルートとなります

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...