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目の前にはキラキラ輝いているいちごのケーキがあり、艶々のぶどうがてんこ盛りのタルトがある。
その向こうには真四角のいちじくのケーキと、かぼちゃプリンが並んでいる。
紫のうねうねしたクリームのタルトは紫芋だと鷹野が教えてくれた。


鷹野は休日になるとどこかへ連れて行きたがる。
それは美術館であったり、植物園であったり、動物園に水族館や自然公園。
そのどれもに出かけた事は無い。
絵も植物も動物も魚も見てどうするのか、と思うから。
人目を気にせず家でゴロゴロするのが好きだ。
なのに先日、つい期間限定と銘打ったパフェに釣られてしまった。
甘いものが好きな自分が恨めしい。
ただ、鷹野がいればどこでも大丈夫なのではないか?と思うのもまた事実であった。
地位も金も持っていて、顔も良くて図体もでかい。
こんな自分を気に入っている奇特なα。
上級αなのに大事にしてくれる。
自分がなにかになった気になってしまって面映ゆい。


これに行かないか?と見せられたカラー冊子。
めくると彩り鮮やかなケーキやタルトが見目麗しく並んでいた。
期間限定の栗や梨、ぶどうやいちじく。

「ビュッフェだから、好きなだけ食べれるぞ」
「ビュ?」
「あー、食べ放題」
「これを、全部、食べられる?」
「まぁ、食べれるなら」

さあさあ行こう、と着替えさせられ車に乗せられ立派なホテルに連れてこられ、そして今に至る。

初めて食べたいちじくはキンと甘い味がした。
喉と舌にいつまでも残る甘さ。
ぶどうは瑞々しくて口の中に果汁が広がる。
かぼちゃプリンはねっとり濃厚で添えられたクリームと食べるととても美味しい。
好きなものを好きなだけ食べていいと言うのでアレもコレも選んでしまった。

「鷹野は食べない?」
「甘いのはあんまりなぁ。でも太郎が食べさせてくれるなら食べる」
「アホか」

一緒に行くという鷹野を制して一人でおかわりを取りに行く。
甘くないのはどれだろうな、と甘いもの代表みたいな顔して並んでいるスイーツを見渡す。
ふと隣に人の立つ気配を感じて、邪魔かな?と一歩ズレたその時。

「たーろぉちゃん」

聞き覚えのあるねっとりした声。
耳から入って脳内をゾワゾワと這い回るみみずのような声。

「あんた、健康的になったねぇ」

真っ赤な唇がにたぁと横に大きく開く。
愉悦を帯びた目が太郎を絡めとり、クスクス笑う声は楽しくて仕方ないという風だ。

「前向いて、ケーキを選ぶフリしててねぇ?探したよォ。どこに隠れてたのかなぁ?」

あうあうと口がパクパク動いて、こめかみからは汗が流れ出る。
背筋が寒くて足がガクガク震える。

「アレ、あんたのαァ?いい男だねぇ。大事にされてるのォ?ねぇ?たろぉちゃん」
「なん、で?」
「なんでって、たろぉちゃんの罰ゲームまだ終わってないよォ?」
「おおお終わったから」
「それを決めるのはたろぉちゃんじゃないよぅ」

ニコニコ笑いながら、目の前のモンブランをヒョイと皿にのせる。

「あの奥にあるゼリーなら甘くないよォ?」

たろぉちゃんまたね、と耳元で囁いて去っていく女。
真っ直ぐな茶髪の後ろ姿はあの頃より長くなっていて、甘い毒のような声は変わらない。
そっと振り返って鷹野を見ると厳しい顔でスマホを見ていた。
こちらを見ていない事にホッとして、アップルパイを一切れ皿に盛ってテーブルに戻る。

「それだけ?」
「うん。はい、あーん」

驚きで目を丸くする鷹野にフォークを揺らして、はよ食べろと言う。
甘い、と言って蕩けるような笑顔の鷹野に同じように笑う。
上手くできた、そう思う。




太郎は甘いものが好きだ。
どこにも行きたがらないが、甘いものに弱いらしい。
小さな瞳の三白眼をキラキラさせながら、キョロキョロと並ぶ甘味を選んでいる。

家にある太郎だけのものは歯ブラシと箸と客間に置いてある東雲荘から持ってきた荷物だけ。
それも衣装ケース一つ。
冷蔵庫や扇風機、布団に食器類は捨てていいと言われたので捨てた。
大事なものはリュックに全部入ってると言う。
太郎の為に買った衣類は借り物と思っている節がある。
欲しいものはないか?と聞くとコンビニで買うシュークリームやプリンを強請られる。
冷蔵庫には麦茶とオレンジジュースが常に入っている。
ここにはなんでもあるから、と言う。
二人を繋ぐのは鷹野の指紋で外すことのできるネックガードだけ。

餃子を作った日から料理をしていると横に立ってじっと見ていることが増えた。
手伝わせると楽しそうにしている。
食洗機に食器を入れるのも好きなようだ。
積み重なる日常を大事に育てていきたい。
甘味を選ぶ小柄な後ろ姿を見つめながらそう思う。
もっともっと甘えてほしいと思いながら、スマホの画面に表示されたPDFファイルに目を落とす。

鴨井俊彦かもいとしひこ狐塚蘭子こづからんこ

この二人はお前になにをした?
つい険しくなる顔を必死に抑える。
太郎が食べさせてくれたアップルパイは甘くてサクサクだった。
上手く笑えた、そう思う。
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