諦めない俺の進む道【本編終了】

谷絵 ちぐり

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説教

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腕時計をチラリと見ると10時を回っている。
どうしたもんかなぁ、と思いながら手元のペンをくるくる回す。

「副社長、電話とってください」

着信中のスマホ画面には、安野輝親と表示されている。
一度切れたが、またすぐにかかってきた。
安野の代打で来た多田ただは、書類整理の手を止めてじっとこちらを見ている。

「なんっか嫌な予感がするんだよなぁ」

回していたペンで今度は頭をかく。
プツリと着信音が切れ、ホッとする間もなくすぐさま着信音が流れて、げぇと顔を顰めてしまう。

「もしもし、多田です。はい、すぐにかわります。お待ちください」

あっと声を上げる間もなく電話をとられてしまった。
ほらほら、とスマホを差し出される。
渋面を作って見せるが、多田にはまるで効果がなかったので渋々電話を受け取る。

「もしもし?」
──あんた、何やってるんですか!

(あぁ、速攻でバレてしまった。
時間的に太郎が起きてなにか話したんだろう。
いや、しかしこれはもうαのさがとしか言いようがないんだ。
αと二人きりで無防備にも眠る方がどうかしている。
それにだ、勝手に鞄を開けて鍵を出して、これまた勝手に上がり込む訳にはいかないだろう?
しかもバイト帰りに連れ出して、食べ慣れないものを食べさせて、あまつさえ消耗させてしまったのだ。
その上、寝てしまったのを起こすのも忍びないではないか。
やはりスポンサー会議なんぞほっぽらかして家にいるべきだった」

──途中から声出てますよ。スポンサー会議は出なきゃいかんでしょ。それより、消耗って何したんですか。てか、同意があって一緒に暮らす事になったんじゃないんですか?あの子、そんなこと全然言ってませんでしたよ。どうなってんですか!

矢継ぎ早に詰める口調は部下のそれではないがここは甘んじて受け入れる。

──すごい早口であれこれ言ったみたいですが・・・あなた、耳に残りやすい最初と最後にわかりやすい、出来やすいこと言いましたね?

声が、声がとてつもなく低い。
以前うちが主催した少年野球大会の開会式に二日酔いで出席した時より怒っている。

「いや、しかし、あんな小突けば吹っ飛ぶようなボロアパートに住まわす訳にはいかんだろう?俺の運命の人なんだぞ」
──やり口の問題です。後々問題になると思わなかったんですか?

ぐうの音も出ないとはこの事か。
耳も痛いが、漏れ聞こえているのか多田の視線も痛い。

──あ、乾君。
「あのぉ、電話ちゅ──」

プツ・・・───
切られてしまった。
声すら聞かせてもらえないとはなんたる仕打ち。
すぐさま折り返すがコール音が鳴るだけで出る気配が全く無い。
さっきの仕返しをするつもりか。

「多田!」
「いけません」
「まだ何も言ってないだろう?エスパーか?」
「エスパーです」

そう言って多田は副社長室の扉を前に陣取った。




安野という男が部屋を出ていってしばらく経つが帰って来ない。
アイスティーも飲み終わったし、安野は怒ってるみたいだし、と太郎は早々に帰ることにした。
磨りガラスのドアを開けると廊下で安野が電話している。
やはり声音が怒っている。

「あのぉ、電話中すみません」
「・・・いえ、大丈夫ですよ。何かありましたか?」
「いえ、アイスティーありがとうございました。もう帰ります」

あとこれ、と電話番号の書かれた紙を安野に渡す。
失礼します、と頭を下げて出ていこうとすると引き止められた。

「バイトがあるのですみません」
「では、せめて送らせてください」

大丈夫です、と靴を履いて重いドアを開ける。
は?マンションだと思ったんだけど、小さいけど庭がある。
知ってるマンションと違う。
頭を振ってエレベーターを探す。
見つけた時には安野に追いつかれてしまって、結局送ってもらうことになってしまった。
交通費が浮くからまぁいいか、と大人しく安野についていく太郎。

「先程の紙は・・・」
「あ、俺の電話番号です。鷹野さんに渡してください。2週間後くらいに発情期なので相手してくれるなら連絡してくれるように伝えてもらえますか?」

よろしくお願いします、と腰を折る太郎に絶句する安野。
この子危うすぎないか?安野がそう思ったときには、静かにエレベーターが1階に止まっていた。


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