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失態

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鷹野寿人は考えていた。
なぜこんなことになっているのだろうか、と。
膝にちょこんと乗るのをすっぽり抱き抱えている。
こんな近距離ではダイレクトにペパーミントが襲ってきて正直クラクラしてしまう。



工場バイトのないこの日に狙いを定め、太郎君との時間を捻出する為に仕事を前倒しで片付け、面倒な接待も断った。
一目見て驚いた顔をして、瞬時になにか悟ったような顔で挨拶を返してくれた。

意識してもらうにはどうすべきか、と考えた結果ひとつの結論に達した。
そうだ、胃袋を掴もう。
あの安い寿司ですら美味しそうに頬張っていた。
ここはもっと美味しいものをたらふく食わせて、胃袋を掴んでついでにもう少し太ってもらおう。
我ながらいい考えだと、どこへ行こうかとリサーチする。
若い子は肉だな、と思い評判の高級焼肉の店にする。
個室もあるので、意識してもらうにはここ以外にないと確信する。

愛車に乗せると外よりも車内をキョロキョロと見渡していた。
やはり男はこういうスポーツカーが気になるよな、と自分の選択を褒めてやりたい。

目の前の色んな種類の付けダレに不思議そうな顔をしたり、辛タレには目をギュッと瞑ってすぐさま烏龍茶を飲んだり、箸休めのナムルは意外にもゼンマイが気に入ったようだった。
やはり個室で正解だったな、と思う。
バイト終わりで空腹もあったのだろうが、パクパクとなんでも食べる。
目を丸くしたり、嬉しそうにしたりと表情豊かなそれを他人に見られなくて良かった。
ペパーミントは丸くほわほわと滲み出ており、鼻先を擽ると甘いバニラになる。
本能だけでこんなに好ましいと思うだろうか。
まだ聞くのは早い、早すぎる。
急いては事を仕損じると言うではないか、と思うがどうにもこうにもソワソワして落ち着かない。
だから、聞いてしまったのだ。
考えてくれた?と。
まさか、あんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。

発情期だけ?
ちょっと突っ込んで出してもらえればいいから。
αなら誰でも。

脳が理解した時にはすでに手遅れだった。
全身の毛が立ち上がったのかと思うほど怒りのフェロモンが溢れてくる。

αはみんないい匂い。
教えてもらったから。


誰に教えてもらったと言うんだ。
この誰でも、というおかしな考えは誰かに刷り込まれたものなのか?
腹が立つ。
腹が立つ。
腹が立つ。
勢いに任せて、怖いと息苦しそうなのを膝に乗せて抱き込む。
逃げたい、と言うのを逃がさないと目の中をじっと覗きこむ。
薄茶の目の中には何もなかった。
そう、何も、何もなかった。
運命などいらない、と言った拒絶も、口にした怖いというのも。

正気に戻った時にはすっかり萎縮してしまっているのを、ごめんごめんと思いながら宥める。
浮かれていたのは自分だけで、始まってもいないのに裏切られたような気がして、その生い立ち故にゆっくり進めようと思っていたのに。
衝動に任せて抱きしめている。
大失態だ。
反省しているのに、鼻に入る匂いに下半身が反応しそうになって自分が嫌になる。
欲情している場合ではないのに、なんで、なんでこうなんだ。

はぁ、と大きなため息がでてしまってびくりと震える体にまた反省する。
だけれど離れ難いのも事実で、もうどうしようもない。
何をやってるんだ俺は、と今度はちゃんと息を飲み込む。




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