諦めない俺の進む道【本編終了】

谷絵 ちぐり

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追跡

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太郎は完全復活していた。
同じ施設育ちの兄とも言うべき晴臣にたっぷり甘やかされ、あの匂いは気の迷いと思うことにした。
新しいマッチンクアプリにも登録した。
運命だとか、番だとかそんなものはもういい。
薬代の節約の為のαがいればそれでいい。

いつも通り目を覚まし、シャワーを浴びてコロッケ蕎麦を作る。
外のプランターに飢えてあるネギの根元は残してハサミで切る。
今日は肉じゃがコロッケにする。
プチプチの白滝が入っていてとても美味しい。
豆苗はもう捨てた。
ルーティンは大事だ。
心を落ち着けてくれる。

ただ、いつもより早い電車に乗るべく家を出る。
念の為だから、と言い聞かせ駅舎に足を踏み入れる。
途端にふわりと香る柑橘系の匂い。
恐る恐るそちらを見ると何やらお洒落なカップに入ったレモネードを持った女性。
ほらー、ほら、そういう事だったんだ。
昨日のアレも多分そういうことで、と自然と強ばらせていた肩が落ちる。
現場に着いたらすぐに謝ろう、と意気揚々と一歩踏み出す。

「ちょっといい?」

ポンと肩に乗せられた手を見た瞬間、漂ってくるレモンとオレンジの混じった匂い。
肩に置かれた手は大きくて、それだけで震えがきてしまう。

「ひ、ひ、人違いですー」

置かれただけで良かった。
掴まれていたら逃げられなかった。
ポケットからICカードを出して改札を抜ける。

「ねえ、なんで逃げるの?」

並走する男を見て今度こそ太郎は声をあげた。

「昨日、尻もちついてたけど大丈夫?骨折とかしてない?」
「するかー!」

階段を駆け下りて、電車に滑り込む。
車窓からホームに取り残された男を見て気づく、あいつわざと乗らなかった。
こっちは肩で息してるのに、平然と息も切らさず走るなんて。
なんなの、あいつ怖い。
よろよろと座席に座ってリュックを抱きしめる。
あんな風にスーツを着こなしている人達をよく知ってる。
働くビルに出入りするα達。
あのセックス未満の副社長もあんな仕立ての良さそうなスーツを着こなしていた。
あれは吊るしのスーツなんかじゃなかった。
あんな上流の人間なんかに関わったっていい事なんて絶対、確実に、100%いいことなんてない。

「助けて、晴臣・・・はるちゃん」

リュックに顔を埋めて助けを求めるのはもう神様じゃない。





速度を上げて走り去る電車を見送ってほくそ笑む男が一人。
今日はここまででいいか、と顎を撫でる。
昨日はまさか逃げると思わなかった。
あの匂い、ペパーミントのようでいて鼻から抜ける時にはバニラのような甘い匂い。
昨日は俯いたままで顔が見えなかった。
あんな顔してたのか。
薄茶の小さな目は三白眼、目と同じ色の眉は並行で唇は薄く小さい、丸い鼻に極めつけはふわふわの濃茶の癖毛。
全体的に色素が薄く、吸い付きそうな白い肌。
あの髪に指を差し入れてぐしゃぐしゃに撫で回したい。
目を潤ませながら睨むあの三白眼。

「堪らないな」

ふふふと知らず笑いがこみ上げて、あっははと笑い声が止まらない。

「副社長、不審者で通報される前に行きますよ」
安野あんの見たか?俺の可愛い子」
「はいはい。かわいーかわいー」

なんだその棒読みは!、喚く大柄な男は細身の男にいとも簡単に引きずられてホームを後にした。
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