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番外編 ちょっとした寄り道
クロスロード
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一穂と稔の喫茶店『Frey』を開店してから、当然ながらすぐに商売繁盛とはいかなかった。
「貯えがあるから大丈夫だよ」
そうは言っても稔は不安らしく、日々窓から外を眺めては小さなため息を吐く。
「稔、お客さんが少ないうちに美味しい珈琲の淹れ方を教えようか?」
「うん!」
そのうち、ぽつりぽつりと客足が増えてきた。とんでもない美人の店員がいる、と稔のことが噂になったようだ。
「ねぇ、一穂」
「ん?」
「お子さまランチ出ないね」
「まぁ、子どもが来ないからな」
むむぅと眉を下げて稔はきゅうりの浅漬けをポリポリと食べた。車の形をしたお子さまランチの器、それはまだ出番なく棚にずっと眠っている。
「大人でも注文していいですってメニューに書く?」
「そんなにお子さまランチ作りたいのか?」
「だって、りんごもうさぎにできるようになったし…」
拗ねたような声で言うと、今度は豚の生姜焼きに箸を伸ばした。相変わらず稔は料理が得意ではないが今日の生姜焼きは稔が作った。少し焦げてはいるが充分に美味しい。
「じゃあ、今出してるサンドイッチとかパスタにうさぎりんご添えるか?」
「んー…」
もぐもぐと口を動かしてごくんと飲み込んで、なんか違うと稔は首を傾げた。ペペロンチーノの皿にうさぎりんごがひとつコロンとあるのを想像して二人して笑った。
その日の風呂上がりは稔が剥いたうさぎりんごを二人で食べた。瑞々しくてシャキシャキで、このうさぎがいつかどこかの子どもを喜ばせることができたらいいなと稔は言った。
それからも車の形の器は日の目を見なかったが、いらっしゃいませ、と微笑む稔は大層美しく客が客を呼び、なんとか軌道に乗り暫くしてからのこと。一穂にとって思わぬ訪問者が現れた。大学時代の後輩で、当時はそれほど親しくした覚えはないが繋がりはあった。その後輩がこれまた見知った青年を伴ってやって来た。
「先輩のおかげです」
顔を合わせるなり勢いよく頭を下げた後輩、なんのこっちゃ?な一穂が稔を見ると稔は稔で見知った青年に目を輝かせていた。
「また来てくれて嬉しい!」
伏し目がちのこの青年後輩の番であり結婚を予定しているという。
「太郎、知ってるのか?」
「ちょっと…」
「ちょっとじゃないよ!すごくすごく良い写真撮ってくれたもん」
カウンターに飾られた写真、初めて稔をここへ連れてきた時の記念の写真、良い笑顔は一穂も充分気に入っている。この後、開店してから大分経ってから彼は友人と共に店に訪れたのだ。サービスのミルクプリンを食べる彼はキツめの顔がとろりと蕩けてなんだか嬉しくなったのを覚えている。
ついでにカウンターの中でスマホ片手に「似てる、可愛い!」とハシビロコウの写真を見せられたことも。正直ハシビロコウの可愛さは全くもってわからない。
後輩が言うには一穂が喫茶店を開店したと噂で聞き、しかもすこぶる美人の番もいると聞いて、思いつき半分興味半分でやってきたらしい。その他にも色んな偶然が重なったと言っていたが、そこで稔の言う″たろちゃん″と劇的な出会いを果たした、とは後輩の弁でたろちゃんは「ただぶつかってすっ転んだだけ」と言った。
二人は珈琲とマシュマロの浮かぶココアを楽しみ、また来ますと約束して帰っていった。
「しかし偶然って重なるもんなんだな」
「運命だって言ってたから、必然だったんじゃない?」
「…運命か」
″運命″というのは稔にとって好ましくない話題だと思うが、特に気にした風はない。短いアプローチを歩き去っていく二人を戸口で稔と一穂は見送った。
「たろちゃんは僕たちも運命だと思ってたって言ってたね」
体躯の良い鷹野の腕に小柄なたろちゃんは自分の腕を回して歩く。でこぼこな二人なのにその後ろ姿はとてもお似合いに見えた。
「俺たちだってそうだろ?」
一穂は稔の腰を引き寄せその耳に輝くピアスに小さく口付けた。
「こら、こんなとこで恥ずかしい」
「稔、赤くなってるぞ」
「そりゃそうでしょ」
クスクスと笑いながらパタパタと手で顔を仰ぐ稔が可愛い、世界一可愛い。
「お子さまランチの出番がくるかも」
「そうだな」
ふふふと嬉しそうな稔の頬にまた口付けて、馬鹿じゃないのと怒られる。
お子さまランチの出番はすぐそこにある。それはどこかの子どもではなく、二人にとって宝ものになる愛しい子が第一号だ。
二人がそのことを知るのはまだ少し先の話。
「貯えがあるから大丈夫だよ」
そうは言っても稔は不安らしく、日々窓から外を眺めては小さなため息を吐く。
「稔、お客さんが少ないうちに美味しい珈琲の淹れ方を教えようか?」
「うん!」
そのうち、ぽつりぽつりと客足が増えてきた。とんでもない美人の店員がいる、と稔のことが噂になったようだ。
「ねぇ、一穂」
「ん?」
「お子さまランチ出ないね」
「まぁ、子どもが来ないからな」
むむぅと眉を下げて稔はきゅうりの浅漬けをポリポリと食べた。車の形をしたお子さまランチの器、それはまだ出番なく棚にずっと眠っている。
「大人でも注文していいですってメニューに書く?」
「そんなにお子さまランチ作りたいのか?」
「だって、りんごもうさぎにできるようになったし…」
拗ねたような声で言うと、今度は豚の生姜焼きに箸を伸ばした。相変わらず稔は料理が得意ではないが今日の生姜焼きは稔が作った。少し焦げてはいるが充分に美味しい。
「じゃあ、今出してるサンドイッチとかパスタにうさぎりんご添えるか?」
「んー…」
もぐもぐと口を動かしてごくんと飲み込んで、なんか違うと稔は首を傾げた。ペペロンチーノの皿にうさぎりんごがひとつコロンとあるのを想像して二人して笑った。
その日の風呂上がりは稔が剥いたうさぎりんごを二人で食べた。瑞々しくてシャキシャキで、このうさぎがいつかどこかの子どもを喜ばせることができたらいいなと稔は言った。
それからも車の形の器は日の目を見なかったが、いらっしゃいませ、と微笑む稔は大層美しく客が客を呼び、なんとか軌道に乗り暫くしてからのこと。一穂にとって思わぬ訪問者が現れた。大学時代の後輩で、当時はそれほど親しくした覚えはないが繋がりはあった。その後輩がこれまた見知った青年を伴ってやって来た。
「先輩のおかげです」
顔を合わせるなり勢いよく頭を下げた後輩、なんのこっちゃ?な一穂が稔を見ると稔は稔で見知った青年に目を輝かせていた。
「また来てくれて嬉しい!」
伏し目がちのこの青年後輩の番であり結婚を予定しているという。
「太郎、知ってるのか?」
「ちょっと…」
「ちょっとじゃないよ!すごくすごく良い写真撮ってくれたもん」
カウンターに飾られた写真、初めて稔をここへ連れてきた時の記念の写真、良い笑顔は一穂も充分気に入っている。この後、開店してから大分経ってから彼は友人と共に店に訪れたのだ。サービスのミルクプリンを食べる彼はキツめの顔がとろりと蕩けてなんだか嬉しくなったのを覚えている。
ついでにカウンターの中でスマホ片手に「似てる、可愛い!」とハシビロコウの写真を見せられたことも。正直ハシビロコウの可愛さは全くもってわからない。
後輩が言うには一穂が喫茶店を開店したと噂で聞き、しかもすこぶる美人の番もいると聞いて、思いつき半分興味半分でやってきたらしい。その他にも色んな偶然が重なったと言っていたが、そこで稔の言う″たろちゃん″と劇的な出会いを果たした、とは後輩の弁でたろちゃんは「ただぶつかってすっ転んだだけ」と言った。
二人は珈琲とマシュマロの浮かぶココアを楽しみ、また来ますと約束して帰っていった。
「しかし偶然って重なるもんなんだな」
「運命だって言ってたから、必然だったんじゃない?」
「…運命か」
″運命″というのは稔にとって好ましくない話題だと思うが、特に気にした風はない。短いアプローチを歩き去っていく二人を戸口で稔と一穂は見送った。
「たろちゃんは僕たちも運命だと思ってたって言ってたね」
体躯の良い鷹野の腕に小柄なたろちゃんは自分の腕を回して歩く。でこぼこな二人なのにその後ろ姿はとてもお似合いに見えた。
「俺たちだってそうだろ?」
一穂は稔の腰を引き寄せその耳に輝くピアスに小さく口付けた。
「こら、こんなとこで恥ずかしい」
「稔、赤くなってるぞ」
「そりゃそうでしょ」
クスクスと笑いながらパタパタと手で顔を仰ぐ稔が可愛い、世界一可愛い。
「お子さまランチの出番がくるかも」
「そうだな」
ふふふと嬉しそうな稔の頬にまた口付けて、馬鹿じゃないのと怒られる。
お子さまランチの出番はすぐそこにある。それはどこかの子どもではなく、二人にとって宝ものになる愛しい子が第一号だ。
二人がそのことを知るのはまだ少し先の話。
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みいちゃん&いっちゃんストーリー、めっちゃ感動もので引き込まれて😊💞💞みいちゃんに素晴らしいダ-リンに出会えたことに安心&喜びハッピーになれました💐💐🍀🍀感謝感謝🎶💗💗 番外編も最高😃⤴️⤴️でした‼️😉番外編をもっともっと増やしてもらって、みいちゃん&いっちゃんのベビー👶編も読みたい📖👓と要望します🙇⤵️ 宜しくお願いします🙇💖 楽しみに待ってマッスル❤️❤️❤️😁
ミッキーリンさん✨ありがとうございます!
感動もの…すごく恥ずかしいですが、そう言っていただけて嬉しいです*ˊᵕˋ*
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