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図書館

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澤田智也さわだともやは夏休みの間だけ図書館でアルバイトをしていた。
時給は安いが、電車で一時間かけて大きな街に通うのも面倒臭いなと思ったからである。
家から近いというだけで進学先の高校も決めた。
大学だけは近場にないので進学するのをやめた。
就職希望で受験生の夏というのも智也には無縁だった。
何事も面倒臭いかそうでないかで考える智也は図書館のアルバイトも母から勧められ近場だったので決めた。
智也の図書館のイメージはカウンターに座って貸し業務するだけ、というなんとも貧相なイメージだけだった。
しかし、働いてみると本の修繕や絵本の読み聞かせイベントやら新刊をラミネート加工してラベルを貼ったりとなかなかに忙しかった。
そんな中で唯一の智也の癒しは、くたびれたグレーのスウェットのお兄さん。
ヨレヨレのスウェットの首元にはちらりと首輪が覗く。
初めて見た時はこの世の中にこんな綺麗な顔の男がいるのか、と見蕩れてしまった。
お兄さんはいつも視聴室を借りる。
図書カードには『木下美樹きのしたよしき』の名前。
いつも視聴室で映画を一本見て帰る。
気をつけて見ていると映画を選ぶ基準はないようだ。
棚をぐるっと見渡し適当に取っているのがわかる。
板で区切られたブースに入るとヘッドフォンをつけて、椅子の上で体育座りしてその膝に顎を乗せてじっと見ている。
珍しく小さく笑った顔を見た時は心臓が止まるかと思った。
気になってお兄さんが帰ったあとこっそり視聴室の貸し出し表を見ると『MR.Bean』と書いてあった。
その夜は配信サービスで自分も『MR.Bean』を見た。
なかなか面白かった。

ある日、バイト終わりに駅に向かっているとお兄さんを見かけた。
白いシャツに黒いスリムなジーンズを履いて、髪はスッキリとセットされていた。そして、男みたいな女と手を繋いで歩いていた。
マジか・・・マジなのか・・・
お兄さんよりでかい。
え、あの男みたいな女はαなの?
失恋したような気分だった。

お兄さんは週に三度ほど図書館を訪れる。
目の保養だと切り替え、智也は相変わらずこっそりお兄さんを見ていた。
お兄さんは変わらず同じ体勢で映画を見ていた。
悪いと思いながらもこっそりバレないようにスマホで横顔を撮った。
一枚のポートレートのようなそれは智也のスマホの待ち受け画面になった。
ヨレヨレのスウェットなのになぁ、とそれを見るたび智也は思った。

そんなある日、視聴室の整理をしているとお兄さんがやってきてやっぱり棚をぐるっと見渡した。
もう夏休みも終わる、そう思って智也は思い切ってお兄さんに話しかけた。

「なにか探してますか?」

ん?と小首を傾げる寝癖の着いた小作りな頭。
智也は赤面するのが自分でわかった。
何がいいかなぁ、とお兄さんはまた棚に目をやった。

「あの、あの、これなんてどうですか?」

智也は焦り目の前にあったそれを渡した。
タイトルも見てなかった。
それは英語の授業で映画好きの先生が見せてくれたやつでホッとした。

「これはですね、身分違いの恋なんですよ。運転手の娘がね雇い主の息子に恋するんですが、引き離されるんですね。でも、時間を置いて出会ってもやっぱり恋に落ちるんですよ」

思わず早口であらすじを喋ってしまう智也。
パッケージを見るお兄さんの目は伏せられて長い睫毛が影を落としている。

「じゃあ見てみようかな」
「はい!はい!見てください!」

勢いに押されたお兄さんは目を丸めてそしてニッコリ笑った。
ありがとね、と言いながら。
智也は心中ガッツポーズしていた。
お兄さんはいつものブースに入り丸くなって画面を見つめていた。
智也のひと夏の思い出になった。


夏休みも終わり、智也は修学旅行で東京に来ていた。
二泊三日の間班行動必須ではあるが、自由時間が多かったので都内を満喫した。
女子が映えスポットだというカフェに連れ込まれた。
スマホでどうやって食べるのが正解なのかわからないパンケーキの写真を撮った。
都会はシュッとした人が多いね、等とつらつらと取り留めもないことを話していると、ガっと肩を掴まれた。

「君、これは?」

仰ぐと青ざめた顔をした女の人がいた。
スマホを見るとSNSの通知で待ち受けが表示されていた。
これ、これどうしたの!?と女の人にガクガク揺さぶられた。

「智也!」

友人の声に我にかえり智也は女からスマホを奪い返した。
そのまま友人に腕をとられ走って逃げた。
都会って怖ぇーと思った。




※作中の映画のイメージは『麗しのサブリナ』です。
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