上 下
8 / 63

蜜柑

しおりを挟む
日が落ち、シャッターが降りた商店街をカツカツとヒールを鳴らし歩く。
商店街を抜け、家路に向かう。
ふと児童公園を見やると誰かベンチに座っている。
くたびれたグレーのスウェットの上下。
恐らく今日は髪に櫛をいれていないのだろう、寝癖がそのままついている。
何か小さなものをつまんでは口に放り込んでいた。

「忍、あんたなにやってんの?」
「ん?ママおかえり。みかん食べてる」

そう言うと忍はまた一房つまんで食べた。

「あ、こちらみかんをくれたおばあちゃん」
「寺田さん、いつ忍と知り合ったの?」
「あれ?ママ知ってるの?」

昔から住んでるしね、とママは言って忍の膝の上から一房つまんで食べた。
寺田さんはニコニコしている。

「このみかんね、一年ぶりのお礼なんだ」
「どういうこと?」
「ほら、僕がママに拾ってもらった日。あの日、電車でおばあちゃんがけっこうな大荷物で大変そうだったから僕がここまで運んであげたんだ。僕、暇だから。そしたら、おばあちゃんがお礼するからここで待っとけってそれで待ってたけど、おばあちゃん来なかったの」
「はぁ??おっ前はどんだけお人好しだよ」
「ママ、男に戻ってる」

忍がクスクス笑って、寺田さんもあらあらなんて言って笑った。

「しのぶちゃんは首輪してるってことはΩなの?」
「そうだよ」
「やっぱりΩの子って綺麗なのねぇ」

寺田さんは、ほぅと手のひらを頬にあてて小さく息を吐いた。

「私があと二十年若かったらねぇ」
「五十年の間違いだろ。んで、寺田さんβだろ」
「ママ、デート楽しかった?」
「あ?何言ってんのお前」

忍はニヨニヨ笑って見上げ、その隣で同じようにニヨニヨ笑う寺田さん。

「うるせぇ、帰るぞ」
「うん。おばあちゃん、またね」

みかんありがとう、とスーパーの袋を持ち上げた。
忍は差し出された手をとりそのまま手を繋いで帰る。
ヒュウっと風が吹き二人は身を竦ませた。
まばらに付いた外灯の下を二人で歩く。

「忍、お前まだ発情期こないの?」
「うん。薬飲まなくていいから楽チン」
「お前はそれでいいのか?」
「・・・なにが?」

忍が立ち止まり自然に手が離れる。
振り向くと忍は俯いていた。

「発情期がないってことはフェロモンもでてないんだろ?」
「・・・自分じゃわかんない」

ふるふると首を横に降ってズボンをギュッと握る。
外灯の光が届かない中では忍がどんな顔をしているのかわからない。

「おいで」

美樹のその声音はどこまでも優しく、暖かい。
忍はこくりと頷きまた手を繋いだ。
ガサガサとみかんが入った袋だけが音を発していた。



発情期がこない、フェロモンが出ないまるでβのような忍。
楽チンだと笑う忍。
首輪を取らないのは何故だ?
いつか突然、予期せぬ発情期が訪れた時の為か?
何にも執着しないと思ってきたけれど、Ωか?と問われ、そうだよとなんでもないように即答する忍。
あぁそうか、何の執着もないようなお前でもたった一つ捨てきれないものがあったんだな。
何もかも捨てたように見えてΩという性だけは捨てきれなかったんだな。
何がお前をそうさせたんだ、忍。
運命とやらがあるのなら早く忍を見つけてやってくれないか。
運命でなくても、誰か忍を見つけてやってくれないか。
寂れた街の片隅でひっそり息をしてる忍の手を誰かとってくれないか。
忍、私はお前のことを考えると何故か泣きたくなるよ。
何度も思うよ、お前のことが心配でたまらない。

しおりを挟む
感想 97

あなたにおすすめの小説

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...