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夏の終わりに

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大学四年の夏。
その年はとても暑く各地で最高気温をぬりかえていた。
うだるような暑さのなか空調の効いた部屋で発情期を乗り越えた僕は久しぶりに両親に会った。
両親は男αと男Ωの夫夫で、仲睦まじく僕にも優しいまさに理想の夫夫だと思う。

「稔、お前の婚約者候補だよ」

父が釣書を手に僕に微笑んだ。
母は困ったように、けれどこちらも微笑んでいた。
釣書とそこに添付された写真にはあの日僕を見上げた彼がいた。
彼にはあの腕を絡めていた男がいたはずだが別れたのだろうか、僕が思ったのはただそれだけだった。



老舗料亭の一室で彼と顔を合わせた。
時間通りに来たはずだが、彼はすでに待っており下座に座っていた。
そのまま僕は上座に座り、茶と茶菓子を出した女将は挨拶をしその場を去った。
それを見届けると彼はすぐさま土下座した。
将来を誓った恋人がいる、この話はなかったことにしてほしい、畳に頭を擦り付けながら謝罪した。
そういえば今までのαはここまでの謝罪はなかったな、と思いながら土下座する男を見下ろした。

「そういうことでしたら僕はかまいませんよ。僕があなたの匂いを受け付けないということにしましょう。正式に結んだ婚約ではないのですぐになかったことになりますよ」

できるだけ穏やかに聞こえるように僕は言った。
彼は姿勢を正し、僕を見つめもう一度申し訳ありませんと言った。
お茶を一口飲んだ彼はそのまま動こうとせず、いつになったら出て行くのだろうかと僕は考えていた。
そのまま沈黙が流れ、魔が差したのだと思う。
つい口に出してしまった。

「運命ですか?」
「・・・・・・え?」
「あぁ、いえ、すみません。忘れてください」
「・・・いや、運命かどうかは分かりませんが大切な人です」
「そうですか」

また沈黙する。静かなこの部屋には他に物音も無く僕は苦痛を感じてきた。

「あのっ、俺の前の三人はその・・・運命だったんですか?」

僕の三回の婚約解消は大学でも有名だ。
だから当然彼も知っているのだろう。
三回も解消されたΩ。
とんだ貧乏くじを掴まされたと思ったことだろう。
彼に恋人がいて本当に良かった。

「一人目は幼なじみと、あとの二人は運命に出会った、と仰っていましたよ」
「お、俺は、あなたをとても綺麗だと思います。覚えてないと思いますが、一度だけ大学であなたと目が合ったんです。あなたは二階の講義室で俺はその講義室が見えるベンチで」

よく覚えてるよ。

「みんな、あの俺の周りはみんなあなたがとても綺麗だと言ってます」

みんな言ってるってまるで子供みたいだな。

「みんな、高嶺の花だと・・・」

高嶺の花も手折られなければそれは誰のものにもならずそのまま枯れて朽ちていくんだよ。

「俺よりも、その三人よりももっともっといい人があなたには・・・」

なにも応えない僕に彼の言葉はどんどん萎んでいく。
僕は出された茶菓子の練り切りを掴んで口に放り込み、咀嚼し余ったお茶を一気に飲み干した。
礼儀のなっていないそれに彼は呆気にとられ目を丸くした。

「お幸せになってください」

それだけ言うと僕はその場を後にした。
長い廊下を歩き、外に出た時にはもう日が暮れていた。
そういえばで僕から去るのは初めてだな、と思った。
しかし、けれど、それでも、やはり、どうやったって置き去りにされるのは僕の方なのだ。
遠くでひぐらしの声がする。
暑かった夏も、もうすぐ終わる。
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