不香の花の行く道は

谷絵 ちぐり

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アキラとユキ

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「ジュンちゃんがぁぁぁぁ!!」

腕の中のユキが大声を出して泣いている、うわんうわんと声の限りを上げて。
どうして、どうすれば、どうしたらいい?僕がもっと上手くやれていれば、中途半端にこの街に留まらなければ、あの時噛みつかなければ、あの時僕が先にあの男の首を捻ってやれば──泣き声に混じる悲痛な叫びをただ受け止めるしかできない。
あぁそうか、ユキはこんな風に泣くのか。
知らなかった、いや知ろうとしなかったんじゃないか?今、初めて生身のユキに触れた気がする。
自分はずっと幻想のユキを見ていたんだな、と頭をぶん殴られた思いだった。
ユキの作るご飯は美味しい、二人で食べることが楽しい、一緒に眠ると安心した。
そこには胸の奥底に沈めていた″″ことが詰まっている。
自分の理想をユキに押し付けてきただけか、これでは越野純となんら変わらない。
ユキの抱えているものを軽くしてやれたら、そう思っていたのに軽くなっていたのは自分だけだった。

「…ごめん、ユキ」

ジュンちゃん、ジュンちゃんと名前を呼びながらユキは泣く、縋りついて嗚咽を上げて背中に立てられた爪が痛い。
感情を爆発させたユキにかける言葉が見つからない、ごめん、ごめんと謝ることしかできない。
それがユキの耳に入っているのかもわからない、今ユキの心を占めているのは越野純だけだ。
あぁこれは歪んでしまうな、と晃はふと白井広樹のことを思った。

「君、誰かしら」

どこにでもあるようなグレーのパンツスーツに身を包んだふくよかなおばさん、緩くウェーブのかかった髪は癖毛のようで訝しげに送る視線は鋭い。
誰かしら?の問いかけに名前が知りたいわけではないだろうと思う。
晃とユキがどんな関係なのか、それを問うているのだ。
それになんと答えようか、晃はゴクリと生唾を飲みこんだ。
自分たちはなんだろう?友人?恋人?同級生?そのどれもが正解のようで不正解のような気がした。

「ユキ君のことを知っているの?」

ユキのことを知っているか、また晃は何も答えられない。
知っているようで知らないから。
こんなに感情を露わにして泣くユキを知らない、ユキがどう思って越野純の傍にいたか知らない。
何を思って自分と体を重ねたのかを知らない、ユキの表面をなぞるばかりでその心の内は爪の先程もわからない。
そんな関係しか築いてこなかったから、を押し付けてきたから。

「…君も、泣くのね」

ため息混じりのその言葉で自分も涙していることにようやく気づいた。
何も知らなかった、出来なかった、今だって何も知らない、できない。
そんな自分でもまだ何か出来ることがあるだろうか、図体ばかりが大きく育って自分は一人前なんだと勘違いした腑抜けた大馬鹿野郎。
けれど、ここまで自分の足で歩いてきた。
終わりだと、ゲームオーバーだと言われても心の内にはいつもひっそりと笑うユキがいた。

「…俺、俺は」

もう一度ゴクリと唾を飲み込む、見ず知らずのおばさんに言うべきことではないかもしれない。
でも、もしかしたらこの人は受け止めてくれるかもしれない。
泣くのね、と言った声音がだったから、子供は大人に頼ってもいいんだろう?

「…ユキの、傍にいたい」

しっとりと降りてきた夜が冷たい風を運んで舞い上がる髪を抑えながらおばさんは、いいわねと優しく言った。


それからおばさん改め坂口はA区のY南署の刑事だと名乗った。
A区?と首を傾げる晃に坂口は笑って、便利屋みたいなものよと言う。
坂口の運転する車はするすると走り、後部座席でユキは晃の肩にもたれて眠っていた。
緊張の糸が切れたのか、泣き疲れたのかユキは警察署の前でカクリと気を失った。

「うるさい二人は任せときなさい」

うるさい二人?とまた首を傾げる晃に坂口はころころと笑ってパチリとウィンクをして、花屋まで送ってくれた。


畳敷きの四畳ほどの小さな部屋、その中央に敷いた布団にユキは眠っている。
眠るユキを抱き抱えた晃を見た爺さんはこれでもかと目を見開き、今日は休めとだけ言った。
いらっしゃい、お客さんそんな値段じゃ百合は一本しか入れられない、こっちのミニブーケはどうだ?、若い蝶なら喜ぶもんさ、そんな声が階下から聞こえてくる。
出会った頃より爺さんは耳が遠くなった、大きな声は階上に響きそれが日常を思い起こさせた。
目の前のユキが本物だと、脳が見せる幻想じゃない、夢でもないと晃はじっとその顔を見つめる。
規則的に上下する胸、目の縁は赤く顔色は紙のように白い。

「…ユキ」

幾分か伸びた前髪をそっと指で払いのけると睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が上がる。
ぼんやりと定まらない視線が晃の視線とかち合った。
唇がアキと動いて、ユキが微かに笑ったような気がした。
固く固く結んだ紐がするりと解ける様なその表情にまた視界が滲んだ。




※遅くなりました。書く人がよく陥る『これ面白いか病』がありますが、私もそれでした。
面白いんか?ではなく、面白くないよと10の賞賛より1のそんな言葉が気になってしまって全く動けませんでした。
メンタルは強い方だと思ってましたが、そうでもなかったようです。
それでもぼちぼち頑張っていきます。
こんなでも読んでくださりありがとうございます!(´▽`)
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みんなの感想(7件)

nico
2023.09.28 nico

アキラもまだまだ若造でした値。
ユキとのいつかのために頑張ってる。
ストーカーだけど(笑)

作者様!
更新お待ちしてましたよ?
凄く凄く面白いですよ?
作者様💗
ガンバれ~💖 /◆
 ∧☆∧  /◆◆◆
(〃・∇・)/  ◆◆◆
.o/ つ○    ◆
_ しーJ_______
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

解除
nico
2023.09.06 nico

晃がもっと冷めた大人びた男かと思いきや、まるっと中身は普通の男子高校生だったんですね〜
ユキと結ばれて欲しいけど…
ユキは…
いきなり身体の関係から始まっちゃったから、あっさり切り捨てられちゃったのかな〜
ふふ、晃健気だなぁ(笑)
でもこのあとにじゅんくん事件?
みんなに幸せはいつか来るのかな。

解除
ciiiii0821
2023.08.04 ciiiii0821

谷絵様〜💦

お久しぶりです🙇🏻

事故から、心配しておりました😭
お加減いかがでしょうか💦

毎日暑いですね💦体調に気を付けて、ご無理なさらないでくださいね😌

こちらも、拝読させていただきますね✨

谷絵  ちぐり
2023.08.05 谷絵 ちぐり

ciiiiiさんありがとうございます😊

夏に全く相応しくない暗い話ですが、リハビリがてら加筆修正しながら投稿してます💦

解除

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